第7話 刀


「刀……ですか?」

「はい。俺はその方が合いそうな気がして」


 リオン先生に、違う武器を申し出ていた。

 この提案は俺が新たにスキルを獲得したことに起因している。


 ──────────────


 New!!

 『刀術』Lv1


 ──────────────

 

 この世界にも武器として刀はあるものの、まさか刀術をスキルで手に入れるとは思っていなかった。


 でもどうやって手に入れたのかな……スキルの取得方法って意外とランダム? 人に聞いても良いのだが、普通の人はステータスとか知らないし、見えないようだった。

 

 まぁ、日本人の俺にとっては剣よりも刀の方が馴染みある。

 

 スキルはかなり優秀だ。

 その人物の象徴と言っても過言ではないほどに。


 刀術が手に入ったということは、俺は剣よりも刀の方に才能があると言えよう。


 だから刀が欲しかった。


「こちらを使ってください、ノア様」


 リオン先生が用意してくれた刀を手に持つ。

 すると、自動でスキルが発動した。


「……」


 上段から素早く振り下げ、構え直す。中段、下段と繰り返す。  

 剣よりも軽い……動きも滑らかになった。


 なるほど……これは便利だ。


 今までは剣に意識を割いて振っていたけど、これなら別の事に意識を向けられる。

 

 刀身を眼前まで持ち上げる。

 刀、カッコいい……。


「ノア様……いつのまに刀術など……」


 驚き、唖然としているリオンに対してハッシュバルト達が嘲笑を浮かべた。


「へっ、今の時代、刀なんざド田舎の剣士しか使わねえよ。そんなんで魔物が斬れっか」


 なにっ!? そうだったのか!?

 古臭い……だが、使い勝手が良いと思ったのも事実。


 周りの意見じゃなくて、自分に合う物をしっかりと探して選び取るべきだ。


 俺は刀が良いなと思って握ってみた。


 そしたら、剣より良かっただけの話。スキルの恩恵かもだけど。

 リオンが呟いた。


「軽い素振りだけど、剣よりも筋が良い……まさか、ノア様に刀術の才能があったとは……今度からやってないこともやらせてみようかな……」


 うん? なんか厄介事が増えそうな気配を感じた気がする。


 それからしばらく歩いて、依頼のあった場所に到着する。

 村への説明を済ませて、俺たちは森林に足を踏み込んだ。

 

 道中でも俺は常に『気配察知』のスキルを使っていた。


 魔物はちょこちょこ感じるけど、これと言って強そうには思えない。


 『気配察知』を使っていたお陰か、俺にはハッシュバルト達の耳打ちがしっかりと聞こえていた。


「ハッシュバルト……こんな子どものためにここまで来る必要あったのかい……?」

「馬鹿かお前。相手はフランシス家の嫡子だぞ。わざわざ護衛一人で外に出てきて、隙を見てヤっちまっても問題ねえさ」

「でも、そんなことしたら……」

「よく言ってるじゃねえか! クズが生きててもしゃあねえって……! みんなあのガキには死んで欲しいと思ってるのさ!」


 あぁ……これは、ゲームの世界だからこそ起きるヘイトか。

 ノアはヘイトを向けられるべくして作られたキャラだ。


 だから、その世界から嫌われて当然の人物。


 そうか……だから屋敷から出ることは禁止されているんだな。

 やけに使用人が化け物揃いだと思ったよ。俺とキアラを守ってくれていたのか。


 俺はこの世界で嫌われている存在だ。


「ノア様……!」


 リオン先生の声で、俺の足は止まる。


「ノア様なら絶対にできます! 私は、信じてますよ」


 ……っ!

 

「ふふっ……はい、リオン先生」

 

 初めて外の世界の人から得られた信用だと思った。

 ハッシュバルトが言う。 

 

「あぁん……? おかしいな、ワイドウルフの生息地はこの辺のはずだぜ? 獣の足跡すらねえってのは、変じゃねえか……っ!?」


 全員の足が止まる。

 鬱蒼としていた森に、静けさが訪れた。

 魔物に俺たちは囲まれていた。


「グルルゥ……ッ!!」


 数体のワイドウルフとその指揮を執っている一匹の角付き。


 それを見た冒険者たちの顔色が変わった。

 もはやノアの命どころではない。自分たちの命の危機だ。


「お、おい……まさかあれ、変異種じゃねえか?」


 ハッシュバルトが思わず尻餅をつく。

 変異種は長年生きた魔物が、次第に力を強めて特別な種へと進化すること。

 

 ワイドウルフの変異種は推定Aランク近くの魔物だ。

 リオン以外が相手するのは難しい。

 

「討伐しなかった期間が長すぎて、発生しましたか!! ノア様、ここは一体私たちが……ノア様?」

 

 ノアは静かに前へ進む。


(リオン先生が約束した。俺なら出来ると信じて、ワイドウルフの討伐を任せてくれたんだ。変異種が出ようとも、約束は守る)


「まさかお前……本当に一人でやるつもりか!? 馬鹿じゃねえか!? Bランクの冒険者でさえ、太刀打ちできないって言うのに……」

「問題ありません。こんな敵、屋敷のみんなと比べたら大したことない」


 リオンは止めることはしなかった。

 ノア本人がやると言った。彼はやると言ったら必ずやる男だと知っている。


 リオンが不敵に笑う。


「ノア様……」


 ノアが刀を抜く。


 空気が変わる。


 *


「ひっ──────!」


 誰かが悲鳴を上げた。

 先ほどまで好青年だったノアの眼付きが、鋭く冷徹な物に感じた。


 数体居たワイドウルフは、いとも簡単に土の肥やしとなっている。


 『並列思考』と身体強化、さらに『刀術』や『気配察知』を使ってカウンターに専念する。

 隙を見れば『瞬歩』で詰めて、斬り伏せる。


 腰を抜かし、尻餅をついていたハッシュバルトが叫んだ。


「な、なんだよこのガキ……! 聞いてた話と違うじゃねえか!」


「ノア様は、毎朝早く起きて五十キロのランニングを二周。腕立て訓練セットを百回。その後に魔法の訓練と剣術の訓練を何時間も行う。もはや人間の範疇に収めて良いのかすら分からない……その努力の塊が、ノア様だ」


 自慢げにリオンが告げる。


「あ、あのガキは人間じゃないのか……?」


 ハッシュバルトの言葉を無視し、リオンは熱くなって語る。


「ノア様は誰よりも自分が劣っていると思っていらっしゃる……私はそれが少し気に入らないんだ。ノア様は誰よりも素晴らしく、優しい方なんだ……そんなお方を、私はクズとは言わせない」

 

 時に行き過ぎた努力は、人を魅了する。

 リオンは、その魅了された一人だった。

 

 *

 

 変異種に向かって、刀を振るう。


 先ほどのワイドウルフと違って、ひと段階素早いな。

 しかも、俺の動きを先読みしようとしてくる。


 まるで対人戦をしている気分だ。


 でも……リオン先生より弱い。

 経験値の問題だろうか。


「バウッ!?」


 『瞬歩』で距離を縮め、刀を振り下ろす。

 あまりに早すぎる動きに、ウルフの動体視力をもってしても追いきれない。

 

 咄嗟の動きに対応できないんだろう。経験値が少ないからだ。


 リオン先生なら、この程度の速さは対応して見せる。

 屋敷のみんななら、もっと強い。


 刀身を僅かに傾け……確実に頸を刎ねる。


 スパッ──────。


 美しい音が森に響いた。




  

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