第6話 冒険者ギルド
「今日も一日~?」
「「「筋肉ハッスル!」」」
俺たちの早朝ランニングは、次第に人数が増えて行った。
最初は俺とセバスだけだったものの、料理長のアンバー、屋敷警備隊長のオルガと言った感じで、男集団が増えてた。
もちろん、みんな筋骨隆々でガタイが良い。
掛け声もしっかりしてて、声を合わせてランニングする。まるで野球部の走り込みだ。ただ違う所は……無茶苦茶速い。
俺は常に身体強化を使って走り込むようにしているが、それでも追いつくのがやっとだ。
冗談だと言ってくれ……俺は身体強化で走ってるんだ。なんであんたら余裕で追い越すんだ……なに、身体強化使ってるの?
使ってなくてそれだよね。異常だよね。
「ハハハ! ノア坊ちゃまは若いのに凄いな! 俺たちに付いてこれるとは! 筋肉!」
おい、筋肉を見せつけてくるな。その上腕二頭筋は要らない。
「これでも……全力なんだけどね……はぁ……」
なんで息一つ上がってないんだコイツら……。
それから何週かして、その日のランニングが終わった。
ボディケアも欠かさないようで、ランニング後は全員で服を脱いで筋肉を確認する。
「今日も仕上がってる……ふふっ。マイ・ハニー」
「オウフ……負荷が足りないかい。オウフ……」
「もっとだ……もっと負荷を……」
あぁうん。
ちょっとドン引きしつつも、俺も胸板を確認する。
数か月前と比べたら、仕上がって来ている。
ふふっ……ふへへっ。
「筋肉バカ……」
またも隅で見ていたキアラから言われる。
「キアラ、そんな気になるなら一緒に走らないか?」
「無理です! 明らかに人間の速さじゃありません!」
「そ、そうか……」
残念だ。
キアラも一緒に走ってくれれば、楽しいと思ったんだけど。
あっ、恥ずかしいのか。
うんうん……分かるよ、その気持ち。
誰だって最初は恥ずかしい筋肉って思うよな。
俺もまだまだ、って思うし。
そこへ、馬車がやってくる。
「……うん? 珍しいな」
フランシス家の家紋だ。
父が帰ってくる連絡は受けていないし、帰ってくるとも思えない。
セバスを見ると、首を横に振った。
何も知らないらしい。
静かに待っていると、馬車から使者が降りてきた。
そうして、手紙を渡してくる。
「……なんだろう?」
封を切ってみると、随分と上質な紙でこう書かれていた。
『ノア・フランシスへ お前の婚約者が決まった。お相手はセシル・エドワード様……』
俺はその先の文章が目に入らなかった。
あぁ……このタイミングだったか。
ノアは学園に入る前に婚約者がいた。
学園で勇者に惚れて、婚約破棄されてノアは捨てられる。そこで激高し復讐しようと色々と模索する……その過程で二人はより深く結ばれて……というのが大筋だ。
……婚約。
いや、ちょっとそれは困るぞ。
だって、どうせ振られるんだったら婚約したくない!
俺の過去に嫌な思い出がある。
年末に実家へ帰って、親戚が気を遣って彼女が居ない俺に……偶然居合わせた従妹の女友達を紹介してくれたが、『全員彼氏持ちなんで』って言われて、俺は告白してないのに振られた気分を味わって辛かった。
あんな気持ちは二度と御免だ!
「かと言って、破棄することも難しい……話によれば、父上がセシルに婚約の話を申し込んだからな……」
あくまで、今の俺は貴族の立場にある。
下手に無礼を働いて、父の機嫌を損ねてしまえばフランシス家から追い出される可能性がある。
*
それから、俺は書斎で考え事をしていた。
ゲームの世界では、学園に入学した時点でノアとセシルは仲が悪かった。
婚約破棄したい! と思ってしまったが……婚約したまま会わないで学園まで行けばゲーム通りじゃないだろうか。
もしくは嫌われるようなことをする……流石にそれは、俺が良くてもセシルが可哀想だ。嫌な思いはあまりさせるべきじゃない。
うーん……難しいな。
学園入学まであと二年……セシルとはそれまで会わずにいよう。
セシルは俺を嫌ったまま学園に入学して、勇者と恋に落ちる。
うん、悪くない筋書きだ。
セシル・エドワードか……。金髪美少女で、才色兼備、お淑やかでユーザー人気票でもNo.1を取ったこともあるメインヒロインの名に相応しいキャラだ。
作中ではノアを初めて平手打ちした相手でもあり、ノアが惚れていた女。
「魅力的なんだろうけど、今の俺には関係ないな」
*
今日の剣術の訓練は、課外授業だった。
リオン先生が外で魔物を倒すことも授業のうちだと言って、外の世界を見せたいと言ってくれた。
俺とキアラは基本的に屋敷から出てはいけないのだけど、俺の実力と陰でセバスが護衛してくれるとのことで、特別に許可が下りた。
ハハ……ノアってフランシス領土の息子だもんな。外に出て攫われでもしたら大事だ。
冒険者ギルドへ向かう途中、リオン先生が問いかけてきた。
「ノア様、魔法の訓練は進んでおられるのですか?」
「いえ……これがあまり順調とは言えなくて。やってはいるんですけど、うまく成長しないんですよね」
そう、あれから魔力のステータスは成長していない。ちょっとは伸びているのだが、やはりノアの才能として魔法は向いていないのだろう。
ため息を漏らすと、リオン先生が恐る恐る聞いて来る。
「……あの、使える魔法をお聞きしても?」
「えーっと、火、水、風、土、雷です」
「えっ!? 五属性を同時にやってるんですか!?」
「は、はい……」
だって、魔法が使えるのなら全部使いたいし。
均等に伸ばして行けば……はっ!
俺が答えに気付くと、リオン先生がそれを補足してくれる。
「一属性に集中して伸ばした方が、魔法は伸びしろが良いんです! その中で得意な魔法を訓練する。これが習熟のコツなんです」
「で、ですけど魔法の先生は一度もそんなこと……」
「ノア様の熱量と成長速度に言えなかったんでしょう……分かります。ノア様は成長が異常ですからね。どれくらい伸びるのか見たい気持ちも……」
そんなことないと思うけど……でもそうか。
得意な魔法を伸ばした後に、苦手な物を伸ばすか。
水魔法が一番伸びしろが良い。先にこちらを集中して伸ばすか。
「ノア様、どの依頼をお受けしますか?」
冒険者ギルドに到着して、依頼掲示板を眺める。
今回はリオン先生がいるということで、登録が要らずに受けられるらしい。
冒険者ギルドからも信頼が厚く、フランシス領土でも最高位の冒険者ランクは違うな。
心なしか、リオン先生はソワソワしている。なんで周りをよく見てるんだろう?
俺が酷い人間だという噂は領民の間でも知れ渡っていることだ。リオン先生の評判に傷が付くことはないと思うけど……。
ふと、一つの依頼が目に入る。
「あの、この古い紙って」
「あぁ、それは誰も受けたがらない依頼ですよ。報酬があまりに低くて……」
村に出たBランクの魔物、ワイドウルフの討伐か。
ふむ……ここから遠くない。
報酬は、かなり少ないな……。冒険者が宿で三泊できる金額程度だ。これなら近場の依頼を受けた方が良い。
「これにします。報酬は別に良いので」
「分かりました」
リオン先生はそう言って、依頼書を持って受付まで向かう。
Bランクの魔物かぁ。どのくらい強いのかな。
一応、ステータスも上昇しているし倒せないこともないだろうけど。
「おい」
どこからか声を掛けられた。
その方向へ振り向くと大柄な男が立っていた。その後ろに数人の冒険者。
「お前がフランシス領主の息子、ノアか?」
「え、えぇ……そうですが」
前ならば萎縮してしまっていただろうが、屋敷の男集団と比べると貧相な肉付きだと思ってしまう。筋肉の質が荒っぽいんだ。愛情を持って育ててないな、貴様。
「クズと噂の貴族が、どうしたって俺たちの街に来てんだ?」
クズ。その言葉に周囲がざわつく。
あくまで貴族で、領主の息子に向かって罵倒など不敬罪に問われる。
「リオン先生との授業なんです」
「へぇ……リオンが『優秀な子、とてもいい子』って言うもんだから、試しに会ってみたかったんだよ。何十人も奴隷を殺してきたあんたの顔をな」
そこまで言うと、リオン先生が駆け出して俺の前に立つ。
「おい……! なんのつもりだハッシュバルト!」
「リオン。お前、なんでガキの子守りなんかしてんだ? しかも、わざわざ金にならねえ依頼まで受けて」
「ノア様の糧になるのなら、私はなんだってするさ」
おや、これはかなり危ない雰囲気だったりするのだろうか。
ふむ……試しにハッシュバルトとやらのステータスを見てみるか。
ふふんっ、俺はあれから鑑定のレベルがLv2→Lv3に成長したんだ。
まだ見れないセバスとか料理長とかいるけど、大抵の人なら鑑定できるようになったのさ!
ほい、【鑑定】!!
──────────────
【ハッシュバルト】 レベル:15 年齢:32 性別:男
体力 :B-
攻撃 :B
魔力 :E-
素早さ:D-
知能 :D-
【スキル】スキル
『怪力』Lv2
──────────────
ふむ……なんか普通? 俺よりもちょっと強い所はあるけど、魔法とかは使えないみたいだ。
見た目通り荒っぽい戦い方をするのだろうか。
素早さでは俺の方が圧倒的に上だ。
俺がハッシュバルトのステータスに集中していると、話がまとまったようでリオン先生が俺の肩を持った。
「ノア様の素晴らしさを証明してやろう!」
「はんっ! ガキがBランクの魔物、ワイドウルフを一人で討伐できる訳がねえ!」
「できるさ! ノア様ならできる!」
えっ……え?
いつの間にそういう話になってたの?
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