第5話 王国最強の剣士
俺はステータスを見ながら、ニヤニヤしていた。
──────────────
New!!
『瞬歩』 Lv2
『気配察知』Lv1
『並列思考』Lv1
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ふふ~ん。どうやら、スキルが上げる方法は他にもあるようだ。
『瞬歩』なんて一度も使ってないけど、もうLv2だ。つまりランニングで上がったんだ。
他のスキルも身体強化で余裕ができて、並列しながらやっていたことだ。体力に余裕がある分、他の事に意識が向けられる。
それを繰り返していたら、気付いたらこんなにもスキルを取得していたとは。
『気配察知』は文字通り、人の気配を感じるものだ。人以外にも魔物や動物も感じられる。日常生活で使うことはあまりないだろうけど、便利なスキルだ。
『並列思考』も簡単に言うと「今日の晩飯何かな」と「剣捌きはこうやって……」的な感じで二つのことを同時に考えられるスキルだ……ちょっと分かりづらい例えだな。
でもこれが一番苦労した……どうやら、俺は二つの事を同時にこなすのが苦手らしい。
物事に優先順位を付けることで、ようやく少し使えるようになった。
リオン先生が『ベテラン冒険者は戦闘時に複数の事を考える』と言っていたが、それもスキルの恩恵だろう。
うむ、戦闘では必須だ。
よし、俺のステータスを確認しよう。
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【ノア・フランシス】 レベル:6 年齢:14 性別:男
体力 :C+
攻撃 :C+
魔力 :D+
素早さ:B-
知能:不明
【スキル】スキル
『鑑定』Lv2
New!!
『瞬歩』Lv2
『気配察知』Lv1
『並列思考』Lv1
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「ノアお兄様、ちょっと顔がふにゃってますよ」
「そ、そうか。ごめん」
よだれを拭う。
妹の前で醜態を晒してしまうとは、恥ずかしや。
でも、嬉しいんだ。自分の努力がこうしてステータスに現れるというのは、何よりも喜びだ。
元の世界だと、どれだけ努力してもその成果ってのは分かりづらくて辛かった。
ステータスに目を向けているとキアラが顔を覗かせた。
頬を膨らませ、憤慨しているようだ。
「ノアお兄様、ここ数か月ずっと私の相手してくれませんよね!」
「そうか? ちゃんと訓練後はお茶はしてるし、眠れない日は寝るまで傍に居てやってるだろ」
「お茶した後はすぐに訓練じゃありませんか! 私が眠った後も部屋に戻って筋トレしてますし! 起きるとお兄様が居なくて寂しいんですよ!」
何が不満なんだろう……お願い事はできる限り聞いてるつもりなんだけど……。
俺が回答に困っていると、キアラは立ち上がる。黒髪が広がった。
「お兄様! メイド達からはお兄様が変わって『筋肉バカ』になられたと噂されているんですよ!? セバスも『ノア様には負けていられませぬ!』とか言って、暇さえあれば筋トレしているんです!」
き、筋肉バカ……。
自分の肉体を見る。
意識したことはなかったが、確かに筋肉付いてるな……。
実際、毎朝ランニングやら部屋にトレーニング用の器具持ち込んだりして、筋肉バカと言われても良い訳できないんだけど。
「で、でもキアラ? お兄ちゃん、前とは違うだろ?」
ゲームのノアじゃなくなったんだ。
妹からの評判も上がったはず……そうだよ!
心なしか、屋敷全体の空気も明るいし! メイド達もよく笑顔を見せるようになった!
うん、良い方向に転んでるはず!
「屋敷は明るくなったのではなく、暑苦しくなったのです!」
おや、口に出ていたようだ。
「ノアお兄様は確かに変わられました! でも、バカが筋肉バカになっただけです!」
「なっ……!」
「筋肉バカ!」
そう言って、キアラは駆け出してしまう。
……妹よ、悪いが筋肉を育てることはやめられない。筋トレの楽しさを知ってしまった。成長の楽しさを知ってしまったのでは手遅れなんだ。
まぁでも、不満が溜まっていたんだろうな。急に鍛え始めて、自分を構ってくれる時間が少なくなったのなら、キアラも鬱憤が溜まる。
この屋敷には親がいない。家族は兄の俺だけ。使用人とは血は繋がってないし、どうしても距離を感じる。
キアラがノアに甘えたい気持ちは、親に甘えたい気持ちと一緒だ。
だから、精一杯甘えさせてやるべきだな。寂しい思いはさせない方が良い。
筋肉バカって言われても筋トレはやめないけど、へへっ。
傍目で見ていたリオン先生がやってくる。
「ノア様、良いのですか?」
「ええ、リオン先生、大丈夫です。いつものことですから」
「仲が良いのですね。筋肉バカと言われていたのに、ふふっ」
「キアラは可愛いんです。ああは言いつつも、夜になったら寂しくて俺の部屋に来ますから……ただ今は、時間が必要なんです。急に俺が変わりましたから」
思わず達観した様子でそう言うと、リオン先生と目が合う。
一瞬、何やら値踏みされたように感じたのだが……気のせいか?
「ノア様は時折、とても大人びたことを言いますね」
「そうですか?」
「ええ、そうです。年齢にそぐわない、達観したことも仰います」
ふむ……まぁ、実年齢はもっと上だけど。
「さて、そろそろ訓練の時間です。ノア様、よろしいですか?」
「えぇ、もちろん。お願いします」
俺は立ち上がり、木剣を構える。
今日こそ、リオン先生から一本取って見せる。
身体強化もだいぶ安定してきた。
スキルも増えたことだし、ここで俺の全力をぶつけてみよう……!
俺は息を吐き、呼吸を整える。
「はぁ……」
剣を握り直し、リオンを見つめた。
微かに、リオンが笑っていた。
*
『リオンside』
私は正直、ノア・フランシスのことを見下していた。
最初はこの依頼を受けた時、最悪だと思った。
私を指名で、しかもこのフランシス領土の嫡子だ。性格は最悪、領民からの評判もゴミ以下。なんたって、奴隷を何人も斬首していると聞いた。
噂では『唾が服に飛んだ。斬首』と命令したこともあるらしい。
だから、もしも私にそういう命を下そうものならば、逃げ出そうと思っていた。
別にこの王国でなくとも、冒険者はどこでだって食っていける。
はぁ……それにしても気が重い。どうせ貴族様の気が向いた一時のお遊戯だ。まともに訓練したって意味がない。
学園への準備って名目だが、実際はお金で試験をスルー出来てしまう貴族には関係のないこと。
子どもの子守りとあまり変わりませんね……退屈です。そう思っていた。
だが、私を待っていたのは予想外な出来事だった。
「よろしくお願いします!」
貴族の少年は、私に頭を下げた。
思わず戸惑った。貴族が頭を下げることなんて、初めて見たからだ。
彼は……いや、ノア様は私の言う事をすべて頷いて聞いた。
しっかりと理解し、反映し、動いて見せた。
ノア様を育てながら、飲み込みの速さに私は驚いた。一度や二度じゃない、何度もだ。
剣を交えるたび、鋭くなっていく。楽しく、笑顔で剣を振るう彼に私は戸惑った。
(聞いてた話と違う……とても素敵な少年じゃないか……)
斬首、なんて言葉とは程遠い。
どうすれば強くなれるのか、どうすれば相手を倒せるのか。ノア様はそれを何度も聞いて、研鑽してきた。体力作りに、勉強もこなしている。
なんと……なんという努力の塊だ。
あの噂は嘘だったのか……そのことを領民や仲間たちに話したが、誰も信用してくれなかった。
誰もノア様を認めていない。
クズ、カス、ゴミ。その言葉ばかりがノア様の評価だ。
違う……! ノア様はそんな人ではない!
誰も信じてはくれない。だから私は、本来は教えるのが無茶な身体強化の魔法をノア様に教えることにした。
身体強化はベテラン冒険者でも習得が難しく、上級冒険者でようやく使えるのがポツポツいる。くらいの物だ。もちろん、難易度は教えない。教えてしまったら、難しいという先入観が入ってしまうからだ。
でも身体強化が使えれば間違いなく学園でもトップの成績を取れる。ノア様が負けることもないはずだ。
ノア様ならば学園入学前にモノにできるはずだ。そうすればきちんとした評価が貰えると思った。
私は先生として、みんなにノア様を認めて欲しい。
これまで育ててきた生徒の中で、最も素晴らしい生徒だ。
こんなにも素晴らしい生徒を持てたことを、私は誇りに思っているんだ。
*
「身体強化──────『並列思考』」
ノアが魔法を使い、スキルを発動させた。
すると、風が吹く。
「『瞬歩』」
ノアが地面を蹴り、大きく砂埃が舞った。
木剣を振り上げる。
(ノア様……! 速い!)
ノアとリオンの木剣がぶつかる。
フランシス家の庭園で、静かにカァァァンッ! と音が響いた。
「身体強化はマスターしましたね! こんなにも早く習得するとは! どうやったんですか?」
「ランニングと一緒に使うことでマスターしました!」
(はい……? え? 身体強化はとてつもない集中力が必要なのに……え? 無謀だと思ったあの提案を本当に実践して?)
リオンが僅かに混乱した隙を狙い、ノアが踏み込む。
「ッ!」
(まずい……! 押し負ける! 離れないと!)
剣の戦いは、威圧で押し負ければ例え実力差があろうとも負ける。
勝利の流れがノアに傾きつつあり、リオンは警戒して距離を取る。
しかし、その動きはリオンがノアに教えたこと。
ノアが小さく、呟いた。
「『瞬歩』」
距離を取ったリオンの真後ろに、ノアが現れる。
「な──────ッ!」
(あまりにも早すぎる……! なんですかその動きは!)
身体強化と『瞬歩』による高速移動。
これを体現するために、ノアはずっと考えていた。
どうしても身体強化を使えば、集中力に思考を割いてしまってスキルが使えない。ならば、『並列思考』でスキルを使えばいいのだ、と。
その結果が生み出した最速の動き。
リオンの背中に向けて、一閃が走る。
(無理だ、回避できない!)
リオンが叫んだ。
「『影法師』!!」
突如、ノアの目前からリオンが消える。
「ふぇっ!?」
ノアの斬撃は空を斬り、体制を崩す。
そのまま地面へ転がった。
*
俺は完全に勝ったと思った。
リオン先生の背後を取って、この一撃は外さないとも思った。
だけど、突然リオン先生が影に消えた。
「今回も私の勝ちですね。ノア様」
「なんかセコくなかったですか」
「あら、そうですか?」
飄々とした様子で、リオンは俺に手を伸ばす。
その手を掴んで起き上がった。
「私はAランク冒険者、【影法師のリオン】ですからね。一応、影魔法の使い手なんですよ」
「影魔法……!」
「こればかりは血統なので、教えても習得できませんよ」
「そうなんですか……」
ちょっと落ち込む。
カッコいい、いいな、覚えたい。一瞬でもそう思ったが無理なら仕方ない。
あ、そういえばなんかゲームでも居たっけ。
特別な血統のキャラクターが、専用技持ってたりしたな。
「ノア様、一度休憩にしましょうか」
「え? まだ時間にしては少し早いような」
「いやぁ……訓練中も、陰からずっとキアラ様がこちらを見ているので……」
そう言われて、リオンと同じ視線の先を向く。
木影から、少し泣きそうな顔でキアラがこちらを見ていた。
……あれは『筋肉バカ』って言ったのを謝りたいと言いたげだな。
もう寂しくなったのか?
仕方ない……休憩にしよう。
「休憩しますか」
俺はその場を離れる。
ノアの後ろ姿を、リオンが眺めていた。
「参りましたね……剣術だと、ノア様にもう教えることはありませんね。彼に相談してみましょうかね……」
リオンは静かに空を見上げて、一人の人物を思い描いていた。
勇者に剣術を教えている人物。
王国最強と名高い剣士を──────。
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