第2話 まず一歩
人生、やりたいことなんてうまく行かない。
ノアがお金に物を言わせ、全てを配下にしようと思ったのも、分かるような気がした。
初恋のキャラに会いに行くにしても、今のままの俺じゃダメだ。
だから努力をすることにした。まずは人並み程度の実力を付けなければ……金で人を雇って、自分の力にするような人間じゃ、ゲームのノアと変わらない。
「無理だ~……」
俺は大の字に倒れた。
「ノア坊っちゃま……この辺でご休憩を」
「ううん、もう一回やるよ」
俺はセバスに頼み、フランシス領土で一番の魔法使いを呼んでいた。
この世界には魔法がある。
火属性やら水属性やら……でも、その多くは才能によって左右される。
ノアは魔法の才能が非常に低く、魔法使いの先生に苦笑いされる始末だ。
「ファイア!」
ポッとライター程度の火がでる、数秒だけ。
魔力はすぐに切れてしまうし、この程度じゃまともに使えない。
魔法が使える……! って目をキラキラさせてた俺はもう彼方へ消えたよ。
どれだけ才能が無い人間でも、魔法はボール程度のサイズは使えるらしい。
問題は持続時間で、相手に当てるまでの間が維持できないことだ。
確かに、ノアが魔法を諦めた理由も頷ける。
こんなんじゃ、努力したって無駄だと言われてしまう。
でも、そこで諦めてしまったら俺はゲームのノアと何も変わらない。
「ファイア」
ボッ
変わらない……。
「ファイア!」
ボボッ!
おおっ!? ケツを締めて踏ん張ったら少し出た!
うおおおおおおっ! 絞り出せぇぇぇっ!
「ファイア!!」
バタンッ
ノアが倒れる。
「ノア坊ちゃまぁぁぁっ!」
魔力の使いすぎで倒れたらしい。
ステータスとか、そういうの表示出来たら楽なんだけどなぁ……。
「ステータス」
残念ながら、口にしてもステータスは出ない。
はぁ……魔法の訓練は時間が掛かりそうだ。
そう思い立ち、今度は剣を握ることにした。
素人の俺が握った剣は、魔法同様に下手くそだった。
練習相手に手練れの冒険者を連れてきたものの、惨敗どころかまともに剣を振れなかった。
異世界……とはいっても、厳しさは現実と変わらないらしい。
「はぁ……」
破滅する未来を回避するだけなら、この屋敷から離れて遠くで生活するのが良いのだろうけど……そう簡単には行かない。
庭でため息を付くと、俺に少女が飛び掛かってくる。
その理由の一つが、向こうからやってきた。
同じ黒髪で、可愛らしい顔立ちの少女だ。
「お兄様ぁ~!」
「キアラ、飛びつくのは危ないだろ?」
ノアには妹が居た。
作中ではほとんど登場しないものの、お兄ちゃんが好き、という設定で存在している。
会うまでは俺も忘れていたのだが、ここまで好かれているとは思ってもみなかった。どうやらノアは、妹にだけは優しくしていたらしい。
そういう一面を本編でも出していたら、サイコロノアちゃんなんてグッズで爆笑されたり、『ざまぁw』と言われたりしなかったのだろう。
逆に可愛い妹が居て許せない!って言われそうな気もしなくはない。ハハ……。
「お兄様、少し変わられました?」
「そうかな」
「はい! 前は運動だってお嫌いでしたし、魔法も勉強も逃げていたじゃありませんか」
うーん……キアラにとってのノア像が容易に想像できる。
「やりたいことができたんだ」
その言葉に、キアラは驚いた様子を見せつつも、俺に顔をうずめる。
「私はどちらのお兄様でも好きですよ~」
「はいはい……そろそろ魔法の時間だから、離れてくれ」
「もう! 訓練と私どっちが大事なんですか!」
なんだその面倒臭い嫁みたいな台詞は。
俺の前世だと妹は居なかったから、新鮮だとは思う。
キアラは可愛いし、好かれていて悪い気はしない。
ノアが大事にするのも分かる。
「終わったら遊んであげるから」
「やった! 約束ですよ、お兄様!」
全く……と思いながら、セバスに声を掛ける。
「セバス」
「はっ」
「訓練が終わったら、お茶の用意を頼むね」
「はい、ノア坊ちゃま」
あれから、セバスの態度は一変した。
一体何があったのか俺には知る由もないが、セバスの中で変化があったのだろう。
その日の一日も、大変だった。
気を失うまで魔法を撃ち続け、目覚めたらまた気を失うまで……それを何時間も繰り返す。
すると徐々に火の玉が大きくなっていった。
このゲームをクリアしたことのある俺は知っていた。
使い続ければ使うほど、魔法は強く大きくなっていく。基礎体力を付けることも忘れない。
朝早く起きたら毎日庭園を二十周、最初はまともに走れなかったし、諦めそうになった。だからセバスに頼んで、朝は一緒に走ることにした。
その後は剣の稽古だ。忘れちゃいけない。これも辛くて、身体にアザがたくさんできた。貴族を傷つけることなんてありえない話なのだが……俺から頼み込んだ。
剣を強くなるには、痛みを感じる方が早いと思ったからだ。
俺の剣術を見てくれる冒険者は、フランシス領土で最も冒険者ランクの高い【影法師のリオン】という人物だった。
リオン先生はAランク冒険者で、王国ではかなり名を馳せている冒険者らしい。
「本当に宜しいんですか? アザなどできても、困るのでは?」
「大丈夫です! 屋敷から出ないので!」
もっと筋骨隆々な人物が来るのではないかと想像していたのだが、意外と普通っぽい人が来てくれた。
それから数日ほどはアザだらけだったが、次第に剣で受け流すことを覚えてアザも少なくなって行った。
もちろん、身体作りも欠かさない。
腕立て伏せを繰り返すたび、筋肉がビチビチと音を立てた。
最初は恐ろしくて、腕が痛いとも思ったが、次第にこ、これが筋肉が強くなって行く音……! と快感を覚えるようになっていった。
剣術や筋肉を付ける必要はあるのか? とキアラに聞かれた時は『魔法ばかりに頼っていると、そのうち痛い目を見る。モンスターに魔法封印を使う敵がいるからだ』と教えた。
冒険者でも目指しているのかと聞かれたが、その通り。
将来、もしもフランシス家が没落したら冒険者になる道も備えておく。
誰かがキアラを守る必要がある。
ノアの妹でも、今は俺の妹でもある。
兄が守るべきなのは当然だ。
訓練を終えて、妹のキアラと一緒にその日はお茶を楽しんだ。
それから、三か月が過ぎた。
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