ゲーム悪役貴族に転生した俺は、チート筋肉で無双する

昼行燈

第1話 クズに転生しました


「へっ?」


 目が覚めて、自分の体が縮んでいることに気付いた。

 知らないベッドに、俺のことを心配してくれる人々。


 俺はさっきまで自室でゲームをやって……クリアしたから喜んでいたばず……そしたら気が遠くなって。


「ノア坊ちゃま……! お怪我は大丈夫ですか!?」

「ノア……?」


 おでこに僅かな傷を負っていた。

 ここから見える姿見で、自分の姿が変わっていることに気付く。


 うん? あぁ、これ俺か。黒髪に、鋭い目つき……それに名前はノア。

 ……え? ノア?


 数秒の逡巡、今の俺にとっては熟考に値する時間が過ぎたのち、俺は気づいた。


(コイツ、悪役貴族じゃね?)


 間違いなく、その姿は学園ゲーム【アブソリュート・オブリージュ】に登場する悪役キャラ、ノア・フランシスであった。


 信じられない状況に困惑する。

 

「嘘だろぉ……」

「ノア坊ちゃま……お怪我していらっしゃるのですから、もう少し横になられては……」


 メイドの一人が心配してくれる。

 きっと、ゲームのノアであれば『うるさい! 俺に指図するな!』と言うのだろう。


 だが、残念!

 なぜだかコイツの身体にやってきたのはこのゲームをクリアした俺だ。いくつかのルートしかクリアしてないけど……。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ」


 そう言うと、メイドが口元を押さえて小さな悲鳴を上げる。


「ノ、ノア坊ちゃまが……やっぱり頭を打ってから変わってしまいました……! お医者様を呼ばないと!」


 うんうん、変な縛りもないみたいだし。

 俺は俺として生きられるみたいだ。


 バタバタと屋敷が騒がしくなる。


 ふふ……ならまず、やるべきことは決まっている。


「……ごくんっ」


 お前のことは、一発殴りたいと思っていたんだ!


 拳を握り、自分に向ける。


「おらぁっ!」


 自分を自分で殴る。


 いったぁっ!!


「ノア様! お医者様を……いやぁぁぁっ! ご自分でご自分を!!」

「乱心よ! 乱心されてしまったのよ!」


 ゲームをプレイ中に、一回で良いからノアを殴りたいと思っていた……。

 ……やりたいとは思ってたけど、これって自分を殴るのと変わんないんだよな。


 とにかく、一発殴った。

 ちょっとスッキリした。このために転生したと考えれば十分な収穫だ。


 ゲームのノア・フランシスは、ここから新しくスタートするんだ……あれ、なんかフラつく。

 そこで俺は視界が暗転した。


「「「ノアお坊ちゃまぁぁぁっ!」」」


 その日、二度目の気を失ったノアによって、屋敷中に叫び声が響いた。



 状況を整理しよう。

 俺の姿は完全にノア・フランシスだ。


 これは異世界ファンタジーを売りにした学園ゲームで、何百ものシナリオルートが存在する。それはヒロインの多さに比例するからだ。


 メインヒロインのルートだけでも5つもあったりするから、とにかく量だけは多い。


 そこに登場するクソ外道の悪役、それがノア・フランシス。フランシス卿は大富豪で、お金で何もかも自由にできた。


 だが、王都の学園で初めて世界が自分を中心に回っていないことを知る。それに憤慨し、学園を自分の手に収めるため、汚い手を使って学園を支配しようとした。

 不正、汚職、先生の買収、とにかくあらゆることをやって学園の1位になろうとしたが、全て失敗に終わる。


 勇者主人公に許嫁を横取りされたり、魔王に手を貸したりと……同情の余地はあるものの、とにかく嫌な奴に変わりはない。


 口は悪いし、魔法の才能もない。お金で全てを解決しようとする悪者権力者だ。


 和解ルートもなし、どのルートでも必ずノアは魔王に殺されてしまう。

 重力魔法で四角形に押しつぶされる最後は悲惨だった……思い出すだけでも回避したい。


 公式からもサイコロノアちゃん、なんていうグッズまで出されて……散々な扱いは受けていた。


 だが、それだけなら俺はコイツを嫌いにならない。だって、どんなゲームでもお話でも悪役というのは存在するからだ。


 コイツの一番嫌いなところ……ところ……! それは、俺が一番好きだったヒロインを襲ったことだ!


 しかも、あろう事かレイプしかけた‼︎


 未だに覚えている……『デュフフ……僕に逆らったお前は、一生の傷を負ってもらう』。絶対に許さねえぞ!! ノア!


 未遂だったから良かったものの、それから俺はコイツを親の仇のように嫌いになった。絶対に許さん、今は俺だけど!


 許嫁のヒロインも可愛いが、あまり好きじゃなかった。ちょっと計算高くて、かなり頭が良い。ダメな点が一つもなく、完璧なヒロインすぎたからだ。ノアのことも最初から嫌ってたみたいだし。



 目が覚めてしばらく経った俺は、特に問題もないと医者が診断してくれた。 

 そうして、執事のセバスが用意してくれた食卓に座っていた。

 

「ノア様、あの奴隷はいかが致しましょうか」

「あの奴隷?」


 食事を取りながら、俺は執事に聞く。

 フランシス家は父親しかおらず、その父もノアに干渉することはない。金だけを与え、育児は乳母やメイドたちに任せていた。


 これがノアの性格が悪くなった原因の一つとも言えるのだが……どの世界でも毒親はいる。せめて愛を与えてやれば、ノアは変わったのかもしれない。


「ノア様がお怪我された際、椅子にしていた奴隷です。奴が態勢を崩さなければ、お怪我をすることも……斬首でよろしいでしょうか?」


 いやいや! その人のお陰でノアが救われたんです!

 殺すなんてダメ! 絶対ダメ!


 しかし、今の俺は貴族だ。


 口元を拭きながら、優雅に冷静な声音で言う。

 

「その者は今日から奴隷を解き、仕事を与えてくれないかな」

「えっ……? いつもでしたら、斬首と……」


 俺は尻目に執事を見る。

 この執事、実は裏の設定だが、元々暗殺者でかなりのやり手だ。大金で雇われ、俺の身を守っている。フランシス家に仕えて長く、ノアが斬首を命じても殺すことなく隠れて奴隷を逃がしていることも、俺は知っている。


 将来的にフランシス家を裏切ることになるのだが……裏切られても仕方ないようなことはたくさんしている。


 そういう小さな芽は摘んでおくべきだろう。


「我が屋敷には使ってない土地があるはず。あそこで畑を耕して、報酬を与えてくれればいいよ」

「は、はぁ……畏まりました。ところでノア様……恐れ入りますが、口調が変わりましたか?」


 え? 

 あっそっか。ノアの口調ってこういう感じじゃないのか。

 

 もっと高圧的に喋れば良いんだろうか。威圧的……? いいや、できないことは無理にするもんじゃない。


「今までのノア・フランシスはもういないよ。ところで執事……いや、セバス。俺に隠れて奴隷を逃がすのも構わないけど、ちゃんとその後の面倒も見てるの?」

「っ!?」


 セバスが一瞬、固まった。

 まるで浮気がバレた夫みたいな反応しないでよ……。


「彼らも仕事がないのなら、一緒に畑を耕させて。提案した土地の立地は良いはず」


 フランシス家はたくさんの土地を持っているが、そこを貸したりはしない。農民に提供すれば、飢餓や飢えを少しでも減らせるというのに……。


「か、畏まりました……」


 非常に焦った様子で、セバスが頭を下げた。

 

「そうだ、セバス。一つ、お願いが」


 セバスが首を傾げた。


「お願い、ですか……?」


 俺はこの世界で、悪役……クズのまま死ぬつもりはない。重力魔法で圧死なんてしてやるものか。

 サイコロノアちゃんなんて言わせない。


 俺のやるべきことは分かってる。


 ・好きな、俺が初恋とも言えるキャラと会うこと。

 ・破滅ルートを回避すること。


 その一歩を、ここから始めよう。

 

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