第45話 ハリボテだったもの、本物だったもの

 オークが暴れる、剣が降ってくる危険な場所を8歳児の姿で走り回っていると当然目立つ。

 一人の神官があたしを必死の形相で追いかけてきた。

 

「そこの子供! なにやってんだ! 危険だぞ!」


 神官は自分の怪我は構わず、あたしが怪我をしていないか確認する。

 彼の優しさにじんとしてる場合じゃない。あたしは訴えた。


「神官さん助けて! 神様が言ってるんだ、『聖遺物を探して』って!」

「聖遺物……ルルミヤ様が使っていたあれか!」

「うん、あれがあれば、みんなを助けられるって神様が」

「神様……君が言っているのは土地神カヤのことなのか?」


 あたしたちの姿にまた一人「危ないぞ!」と声をかけて人が集まる。


「それが、この子が聖遺物を探さないといけないって、神のお告げを受けたって」

「神のお告げだと!?」

「あっ、その子わたし見たわ! さっきシャーレーン様みたいに、みんなを癒してた子ね!」

「シャーレーン様のような……!?」

「おい、神のお告げっていうのももしかして……!」


 次々と人が集まってくる。遠くから魔術の爆音が聞こえる。

 全員顔を見合わせ、心を一つにする。


「オークが来るぞ!」

「とにかく、この子を守るのよ!」


 そうして集まった服装も年齢も違う大人たちは、あたしを抱き上げて庇いながら逃げてくれる。

 あたしの代わりに、次々に周りに声をかけてくれた。


「あのルルミヤ様が使ってた聖遺物は!?」

「知らない! でも教会じゃない!? ちょっとわたし探して来る!」

「城の方なら俺が探すぜ! お前らも手伝え!」

「そっちにメイドたちが行くなら、オークはこっちで引きつけるぞ!」

「おー!」


 王宮、貴族議事堂、教会。国の中枢とも言える場所があちこち崩れ去り、空からは剣が降ってくる。全てはめちゃくちゃでおしまいのようなのに、みんな、必死で自分が今できることをやっている。


 年嵩の修道女が、神官に抱き上げられたあたしの頬を拭ってくれた。


「よく頑張ったわね。大丈夫よ。土地神カヤ様はあなたを見守ってくれているわ」


 彼女の優しい声と、柔らかな手が、あたしを撫でて微笑む。


「わたしのこの右手はね。昔事故でちぎれていたのだけれど、あのシャーレーン様が治してくれたの。……あなたもあの人とよく似ているわ。神様に愛されているのね」


 榛色の透き通った瞳に、あたしの顔が映っている。

 ーーだめだ。泣くにはまだ早い。あたしは目を擦り、笑顔を作った。


「あたしシャルテ。王妃様推薦で聖女になる予定だったんだ」


 一部の神官がどよめく。あたしは頷いてみせた。


「噂には聞いていたぞ、君だったのか」

「この国を憂いたシャーレーン様が遣わした『御使』……!」

「聖遺物を探して。あれを正しく使えば、みんなを助けられるんだ!」


 ーーあっという間だった。

 人々はあたしを守りながら、人海戦術で次々と聖遺物捜索に協力してくれた。

 そしてついに、一人の聖女が息を切らして走ってくる。


「聖遺物なら、さっきあの人が持って行ったみたい!」

「誰が! どこに!?」

「ルルミヤ様にまた奇跡を起こしてもらうためにって、一部の神官と聖女たちが……!」

「そうか、重症者の手当てをしている連中か! 気持ちはわかる!」

「急ぐぞ! ……シャルテちゃん、俺の全力疾走に乗ってくれるかい?」

「もちろんだよ、お願い!」


 筋骨隆々な騎士はあたしを肩車すると、全力疾走してあたしを聖遺物の場所へ運んでくれる。


「うおおおおおおおおッ!!!」


 速い。揺れる。すごい。

 あたしは興奮しながら兜の頭にしがみつく。馬に乗っているかのような速度で、あたしたちはついに目標を捉えた。

 抱えられたまま叫びながら錆びた聖遺物を掲げるルルミヤだ。

 その姿に興奮が一瞬冷める。美しい女だったルルミヤがあまりにも悲惨な状態になっていた。

 穴という穴から血と体液を垂れ流し、蠱惑的だった体は痩せ細り、甘ったるいミルクティ色だった髪はほとんどが白髪になっている。

 あたしは唇を噛んだ。


 ーールルミヤは愚かだ。

 人を人と思わず、蹴落とすことと成り上がることばかり考えて。

 愚かで、利己的で、貪欲で、身の程知らずの哀れな女。

 同情の余地はない。けれどーーその結末がこれなのは、あまりにも。


「……大丈夫かい、シャルテちゃん」


 ルルミヤの状況を見て、騎士さんが足を止めてあたしを見た。あたしがああなるのだろうと、心配してくれているのだ。


「いくらなんでも、筆頭聖女でもないただの女の子が……」

「ううん、あたしは大丈夫。……みんながあたしの言葉を信じて、手伝ってくれた気持ちに応えるよ」


 運んでくれた騎士にお礼を言い、スカートをパンと叩いて直す。あのルルミヤだとしても早くなんとかしてやらなければ寝覚めが悪い。駆け寄ろうとしたところで、騎士があたしの腕を引っ張って止めた。兜のバイザーの合間から見える目が強く、あたしを静止する。


「やっぱり俺はやらせたくないよ。あんな危ないこと。この国が滅茶苦茶になっている責任は、俺たちにあるのに……こんな幼い女の子に、聖女だから……国を救えなんて……」

「……優しいね、騎士さん」


 跪いた彼に微笑むと、あたしは手をほどく。顔はわからないがまだ若いのだろう。

 あたしはまた一つ思い出す。教会に攫われて聖女として祭り上げられて、悲しくて寂しくて、それでも笑って求められる聖女としてハリボテを被ってきた日々を。


 ーーあの日々を務め上げられたのは、こういう人たちがいたから。立場上反発はできないながらも、幼女(こども)を利用することに悩んでくれた人たちはいた。


 あたしのは、異世界からやってきた聖女の幼女(こども)だった。


 そんなあたしを「なんとかして元の世界に帰してやれないのか」、「こちらで自由意志を奪って祀りあげることが正しいのか」と苦しんでくれた人たちの優しさを、あたしは騎士の苦悩で思い出した。聖遺物を見つける間、力を貸してくれたたくさんの人々の想いで胸がいっぱいになる。


 あたしはハリボテの聖女だった。

 けれどだからこそ優しかった大人たちを守りたいと思ったんだーーあたしの持つ、聖女という力で。


「大丈夫だよ」


 あたしは兜のバイザーを上げ、素顔の騎士に微笑んでやった。


「あたしは神に愛されし聖女ってやつだから。全部なんとかする、任せて」

「シャルテちゃん……」

「騎士さん、ありがとう」


 強く頷いて見せて、あたしはルルミヤまで駆けだす。

 周りの邪魔が入る前に、あたしはルルミヤの胸に置かれた聖遺物をパッと奪い取る。

 もう、時間はない。

 ーー最後に、ルルミヤに一瞥を向けた。


「……随分なザマだな、ルルミヤちゃん」

「あ……」


 ピクリとルルミヤは動く。これ以上は時間がない。

 あたしは彼女を抱えた神官に労いのウインクをした。そしてルルミヤに最後の言葉を告げる。


「あんたは最低だが、一つくらいは褒めてやる。派手な声出して聖遺物抱えて、出てきてくれてありがとな」

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