第44話 別視点12/ルルミヤという末路 ※ざまぁ

別視点12/ルルミヤという末路 ※ざまぁ


 ーーシャーレーンが聖遺物を探している頃。

 いよいよ広場では重症者が溢れ、命の危機に瀕する者が溢れ始めていた。


◇◇◇


「聖堂の上からは剣まで降り注ぎ始めたらしいぞ!」

「何よ、誰が何をやってるのよ!」

「神よ……我が国を見捨てたのですか……」


 啜り泣きと悲鳴と怒号が四方から響く中で、聖女が耐えきれずに悲鳴を上げる。


「もう、なんとかして……ルルミヤ様、またあの奇跡を見せてよ……!!」


 その言葉に、ボロボロになっていた聖女が目を見開く。


「そうだわ、ルルミヤ様ならなんとかできるかも……!」

「そうよ! ずっと偉そうにしてたんだから、こういう時くらい役に立ってもらわなきゃ!」

「今どこに寝ているの!? 引っ叩いて起こしてくる!」


 先日見せつけられた奇跡の興奮と、日頃の憎しみがないまぜになって、聖女たちは次々とルルミヤの名を挙げる。彼女たちの興奮に釣られて医者も騎士も貴族も使用人たちも、次々とルルミヤに頼ろうと言い出した。


「ルルミヤ様は回復したのか!? もうずいぶんお休みになっているから、少しはできるかもしれない……!」

「早くあの女を引っ張り出せ! 奇跡を起こすくらいしか価値はねえだろ!」


 ーー第二王子は侮っていた。奇跡の再来を求める民衆の渇望を。

 ーー実際に目にしていないストレリシアは見くびっていた。土地神カヤと初代聖女の力のこもった聖遺物がどれほどまでの奇跡を呼び、人々を興奮させたのかを。


 ーーそして二人は忘れていた。

 ただの聖遺物の持ち出し要員、そして無駄撃ち要員として使い捨てられたはずのルルミヤが、異常なまでに自己顕示欲が強く、承認欲求が強い女であったことを。


◇◇◇


 ルルミヤが目を覚ますと、自分を見下ろしてくるいくつもの顔と目が合った。


「……ッ!?」


 驚くルルミヤに、皆一様に目を輝かせた。

 窓の外では遠く騒がしい音が聞こえる。普通の事態ではないとすぐにわかった。


「おお、目を覚ましましたかルルミヤ様」

「わたくしは……」


 ルルミヤは体を起こす。

 身の回りに集まった者たちは皆一様にボロボロに汚れ、血や土に塗れている。


「一体何が起きているの? わたくしはどれくらい眠っていたの? ここは……?」


 怪訝な顔をするルルミヤに、人々は口々に説明する。

 ルルミヤは教会の一角に設られた特別客室に丸一日ほど眠っていたこと。泡を吹いて倒れた彼女を短い距離の移動で安静にするために急遽、懺悔室に使われていた部屋にベッドを持ち込んで設られた寝室であるということーーそして。


「筆頭聖女ルルミヤ様。あなたさまにしかできない奇跡を今一度起こしていただくべき時です」


 老いた神官が絹に包み、不気味な笑顔で手渡してきたのは、長い錆びた棒状の聖遺物で。


「そ、それは……」


 目に入った瞬間、奇跡を起こした瞬間の感覚を思い出し、本能的な恐怖と嫌悪感が全身を震わせた。逃げようと視線を彷徨わせたものの、ベッドの両脇に集まった人々は、爛々とした眼差しでルルミヤに懇願する。


「お願いします。聖女になってください、ルルミヤ様」

「外には怪我人が溢れています。ルルミヤ様の聖女異能を今こそ知らしめる時です」

「でも……わたくしは……」


 ルルミヤが目覚めたことを聞きつけたのだろう、次々と人が集まってくる。人々が口々に懇願し、筆頭聖女ルルミヤにしかできないことと願ってくる。

 その熱気に次第に、ルルミヤは先日の苦しみが遠いもののように感じてきた。


「そんなに……みなさん、わたくしの力が必要なのですね」

「急いでください! あなたなら助けられるんです!」


 怒り、焦り、涙、懇願。その熱気のうねりに、すっかりルルミヤは本気になった。


「承知いたしました。わたくしが筆頭聖女として皆様をお救いいたします!」


 立ちあがろうとして、ルルミヤはずるりとベッドから崩れ落ちる。その時目に入った自分の手が、妙に細くパサパサとしていることにルルミヤは気づかない。


「立ち上がれないのなら、俺が運びましょう」


 騎士が出てきてルルミヤを横抱きにする。

 そのまま気が変わらぬうちにと、人々はルルミヤを怪我人が集まる広場まで連れて行った。


「……なんですの、これは……」


 笑顔だったルルミヤも、教会を出て現状が見えてくると言葉を失った。豚のきつい臭いがする。血と臓物の臭いがあちこちから漂ってきた。


「危ない、ルルミヤ様!!」


 魔術師が叫び、空に向けて防御壁を展開する。

 空からはあちこちから剣が降り注いでいた。


「あの剣はなんですの……!?」

「どこからか襲撃されているようです。魔術師たちでも場所を特定できず、防戦一方のようで……」

「なんてこと……」


 広場にたどり着いた時、ルルミヤは杖を握りしめがくがくと震えていた。

 それでも騎士は下ろさないので、この場を逃げることはできない。


「ルルミヤ様が来たぞ!」

「ルルミヤ様……!」


 広場に集められた怪我人たちは死者がいないというのが奇跡とも思える状態だった。視界の端から端まで、目を背けたくなるような光景が広がっている。

 ルルミヤの姿を見ると、遠くに離れていた人々も次々と集まってきた。オークから逃げながら走ってこちらまでやってくる者までいる。


「さ、ルルミヤ様。お願いいたします」

「あ……」


 皆の視線が一身に集まっている。

 恐怖で萎えかけていた心が、注目をされることで再び力を取り戻した。


(そうよ。わたくしは筆頭聖女ルルミヤ・ホースウッド……奇跡は何度でも起こせるわ。この聖遺物さえあれば……!)


 ルルミヤは覚悟を決め、深呼吸をした。


「皆様……わたくしがこれから癒します! 『神よ、善き信仰者に治癒の祝福を』……!」


 杖を持ち、ルルミヤは高らかに叫ぶ。

 周囲の人々はルルミヤに期待の眼差しを向ける。その注目を心地よく感じながら、ルルミヤは悲鳴を堪える。身体中の力が根こそぎ杖に吸い上げられる。内臓が口から出てきそうな苦しみに、ルルミヤは歯を食いしばる。


(お願い、お願い、お願い……お願い!!) 


 称賛の声を待っていた。拍手喝采を待っていた。

 けれどもいつまでも苦しみに耐え続けても、ルルミヤの周りは静まり返っていた。


「聖女様……?」

「ルルミヤ……様……?」


 目を開いて辺りを見まわし、衝撃を受ける。

 苦痛に歪む怪我人の表情は変わらない。ルルミヤが苦しいばかりで、ちっとも治癒ができていない。元々のルルミヤの治癒異能でも治せるようなかすり傷すら、治せていない。


「ああああああッ!!! お願いッッ!! お願いッ!! 治ってえええええ!!!」


 口と鼻から血が吹き出す。目からも出血し、視界が遮られる。

 ルルミヤを抱き上げていた騎士が吐きそうな呻き声を漏らす。


「ルルミヤ様、もうおやめください!」


 誰かが泣きそうな声で止めてくれている。

 けれどルルミヤを案じる声の何倍も巻き起こるのはーー哀叫と罵倒と怒号だった。


「筆頭聖女なんだろ!? 奇跡起こしてくれよ! 頼むよ!」

「痛いッ……痛いよおおおッ……! なんとかしてえ!」

「おい! そっちも苦しいだろうがこっちは何倍も苦しいんだよ!」

「こういう時くらい役に立ってよ! 馬鹿女!!」


(どうして。どうして。どうして)


「ダメだ、やはりもう聖女の力は……!」

「もうおしまいだ!!」

 

(わたくしは筆頭聖女、わたくしは奇跡を起こせるの、わたくしは努力をしてきた這い上がってきた絶対誰にも負けはしない美しく強く全てを手に入れる、わたくしはわたくしはわたくしは、)


「あああああああああッ!!!!」


 ーーぷつり。

 何かが切れた音がして、ルルミヤの体から力が抜けた。

 音も遠くなっていく。痛みや苦しみ、そんな感覚が全て遠くなった。


(わたくし……死んでしまうの……? わたくしは負けたくないのに、絶対に、わたくしは……)

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