第43話 聖女異能もなにもない、ただの8歳の子供だとしても

「殿下、心細い時に親切にされれば心を惑わせることもあるでしょう。あらかた……『第二王子の自分は本当は期待されていないから溺愛されている』だの、『王太子殿下は期待されているから手元に置いて厳しく扱われているだの』……自分を留学させてくれた祖国を信じられなくなるような言葉を言われ続けたんでしょう?」


 肩がこわばり、露骨に動揺をみせる第二王子ケイゼン。

 あたしは目を見て訴えた。


「とにかく。今悩んでいれば取り返しのつかないことになります。これ以上被害が拡大する前に、あたしに聖遺物を渡してください」

「……もう、引き返せるわけがないだろう」


 第二王子の肩が震える。

 唇を振るわせ、彼は剣を抜いた。


「ッ……!」


 神様があたしを背に庇う。次の瞬間、鏡の中から大量の魔剣が次々と飛び出した。

 防御壁を築こうとすると、神様が叫ぶ。

 初めて聞いたと思うほど珍しい、神様の大声だった。


「シャーレーン、魔術はやめろ!」

「ッ……」


 次の瞬間、神様の前に次々と蛇が現れ壁となり、魔剣を弾き落とす。それでも蛇は傷つき、その身から輝く光を散らす。痛覚を共有しているであろう神様が険しい顔で唇を噛んだ。


「神様出るなよ、あたしが魔法でやればいいんだから」

「駄目なんだ」

「どうして」


 神様があたしを振り返る。とても苦しげな顔をしていた。

 鏡の中で、ストレリシアが甲高く笑う。


「言ってやりなさいな蛇神。国との接続を失ったお前は、土地神としての力を急速に失っていると。その筆頭聖女が使っていた魔力も、国との接続が途絶えてからはお前の力を分けていたんだろう?」

「……なんだって」


 神様は黙っている。その背中が何よりも肯定を示していた。

 精霊馬に乗っていた時も、その後も。聖遺物が抜かれて接続が途絶えたあとは、全部神様が、自分の力をあたしに分け与えていたのか。


「神様……どうして」

「ここまで弱っているとは想定外だった」


 神様が背を向け呟く。


「シャーレーン。……今の俺ではもう、あなたをあの日守ったようなことができない」

「そんな、」


 なにも知らず行使していた力が、神様の力を削いでいたなんて。

 少し考えればわかったはずだ。それなのに。


 ストレリシアは高笑いする。


「土地神カヤをただの人間程度の男(オス)に堕としてくれてありがとう」

「……ハッ、人間程度に堕としたって、あんたのために身内すら手にかけてる第二王子は人間じゃねえか。本音がはみ出してんぞ」

「口が達者ね。何度でも何度でも刺し殺してあげる」


 鏡の中から、次々に剣が飛び出してくる。

 もう魔力は使えない。


「逃げろシャーレーン」

「駄目だ、あんたも一緒じゃなきゃ!」


 あたしは立ち塞がろうとする神様の腕を引き、走る。

 ひょいっと神様に抱き上げられ、神様はあたしを抱いて逃げる。異能を使わなくとも、8歳児の足より神様の方がもちろん速い。


 剣があたしたちを嘲笑うように、ギリギリの場所で刃を振るう。


「ほらほら、二人ともどれくらい逃げられるのかしら!?」


 追いかけてくる剣。にやにやとこちらを見つめる第二王子。

 外からは鳴り止まぬ騒乱が聞こえ、神様はどんどん弱っていく。


 あたしたちはなんとか破壊した聖堂の壁の残骸に隠れる。

 第二王子の足音が近づいてきた。


(シャーレーン、頼みがある)

(なんだ? 神様)

(俺が時間稼ぎをする。……この場から逃げてほしい。)


「なっ!?」


 思わず顔を見る。神様は真剣な目をしていた。

 袖口からこっそりと、あたしに蛇を出す。今まで見た中で一番小さな、手のひらサイズの小さな蛇だ。


(俺が俺(この体)で食い止める。その間に、その分身をつれて逃げてほしい)


 あたしは神様の意図がわかった。


(……つまり、あたしに逃げながら、聖遺物を探してほしいってことだな!)


 神様は強く頷いた。

 コツコツと足音はどんどん近づいてくる。

 腰を浮かせながら、神様は私に伝えた。


(聖遺物と蛇と、魂を分かち合ったシャーレーンさえいれば……がどうなっても俺は負けない)

(わかった。……すまない、任せることになって)


 神様が立ちあがろうとする。あたしはその腕を引いた。


(まって。……顔、こっちに)


 神様の袖を引き寄せて、頬に手を添える。

 あたしは神様の頬に、触れるだけのキスをした。


「シャーレーン、」

「この姿じゃこれが限界だ。……頼んだぜ神様(ダーリン)」


 いよいよ第二王子が近づいてくる。

 神様は最後の力を振り絞って、あたしを抱き上げーー聖堂の外、丘の向こうの空に向けて、思い切りぶん投げた!

 第二王子が驚いた声を上げた。


「なッ……!」

「お前たちの相手は俺だ。……シャーレーンは、俺が守る」


 自由落下をしながら、あたしは鏡に向かって走っていく神様を見つめていた。

 神様に大量の剣が降り注ぐ。神様が、ーー見ることなんてできなかった。


「……ごめん、神様……!」


 あたしは蛇を胸元に抱きしめて、丘の真下ーー教会の方へと真っ逆様に落ちていく。

 最後の受け身を取る魔術くらいは使えそうだ。


「っ……と……」


 魔術で衝撃を和らげ、あたしは教会の裏手に着地した。

 聖堂の悲壮な別れも、オークの騒乱も嘘のようにしんと静まり返っている。きっと全ての者が籠城や救援に出払っているのだろう。

 あたしは立ち上がり、胸に抱いた蛇の赤ちゃんを見た。


「神様、大丈夫か?」


 蛇はぐったりとして動かない。呼べばぴくりと動くので意識はあるようだ。


「しばらく我慢してくれよ。……すぐに聖遺物を探すから」


 蛇を胸にしまって、あたしは辺りを見回した。

 強いことを言っても、正直あては絶望的だった。体に力を込めても魔力は使えない。聖女異能は少しは使える気配がする。けれどーーおそらく何か土地と神様の仕組みが変わってきているのだろう、どこかしっくりとこない感覚がした。

 聖女異能は聖女の体と、土地の治癒能力が結びついて生じると言われている。今まではその間に中継地点として土地神様(かみさま)が入っていたのが、そこだけすっぽり抜け落ちた状態なのだろう。


「魔術も使えねえ、聖女異能も上手くできない……ただの8歳児、か」


 手のひらを見ていると、急に十年前の攫われたあの日の無力感が蘇ってきた。

 あの時は、ただ己の愚かさと無力さばかりが胸を打った。

 そして教会を飛び出して故郷に帰って、父の人生を変えてしまった罪を感じた。

 今日もまた、神様に身を挺して助けられた。

 ーー今度こそ、大切な人を助けるんだ。


 あたしは駆け出し、人が多く集まる場所へと向かう。

 今は幸運にも身分や職業問わずにさまざまな人々が集まってオークに対抗している。その中で聞き回るのが一番近道だろう。あんな錆びついた棒を第二王子が持ち歩いていたら、きっと覚えている人もいる。


「まってろよ神様! ……あたしが、絶対助けるからな!」

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