第42話 堕とされた男
真顔で疑問を呈する神様の隣で、あたしは口を開く。
「ストレリティカ連合王国は新興国だ。連合王国の片方、ヨジェ王国は定住しない騎馬民族だったはずだ……土地に紐づいていない彼らが信仰してきた神じゃないのか?」
「いや。そうだとしても神格がおかしい……」
口元に手を当てた神様が、あっと声を出す。
「新興の精霊か。連合王国の象徴として人が何かを祭り上げて祈り、生じた精霊だ……だからここまで俺を弱体化させてもなお、魔鏡からこちらへ出られない」
「愚弄するなッ! 勝手なことを、ごちゃごちゃと」
顔に明らかな怒りを浮かべながら、ストレイシアは話を遮る。
「我は人に認められし神。旧神にして邪神、既に堕落した愚かな蛇神が知らずとも知れたこと!」
「まあ落ち着いてストレイシア。所詮あちらはただの子供と、人間レベルの弱体化した神さ」
隣の第二王子が恋人のように鏡に寄り添い、唇の端を吊り上げた。
「土地神カヤもおしまいなのは歴然としているだろう? 霊泉も枯れはて、泥沼の権力争いで教会の威光も聖女への畏敬もめちゃくちゃだ」
芝居がかった風に腕を広げ、さらに第二王子は言い募る。
「さらには僕が鏡から転移させたオークに人々は恐れ慄き、土地神カヤの神威も尽きたと確信している。聖遺物だって君のいう通りに霊泉から引き抜いて、この国と土地神カヤの関係も断ち切った。あれでオーク襲撃の治療をされてはたまらないから、先にムダ撃ちさせて聖女を壊してみせた。あのルルミヤの姿をみれば、どの聖女も聖遺物は使いたがらないだろう、……国は終わる。ふふ、君の時代はすぐさ、ストレイシア」
「……あの。殿下」
あたしは一歩前に出て第二王子を睨む。
「殿下ともあろうお方が、なぜそんな邪神に従っていらっしゃるのですか。国を壊そうとなさるのですか。土地の生まれじゃないのですから、洗脳されてるわけじゃないんでしょう?」
「洗脳? くだらない」
第二王子は鼻で笑う。
「僕は僕の本心として愛している、彼女を……」
彼は恍惚とした顔で語り始めた。
父の期待を胸に留学に向かった先で、サイティシガ王国の発展の遅れを痛感したこと。国の期待を背負った第二王子でありながら、ストレリティカ連合王国の貴族学校では実力でも家柄でも埋もれてしまった悔しさ。後進国の王子として悩み惑い、心細い日々を送っていたところで、神殿の奥で出会った彼女に惹かれたことをーー
あたしは話を聞き流しながら、聖堂内に聖遺物がないか探していた。それっぽいものはどこにもない。あちらにとっても重要なものだから、聖堂をぶっ壊して突入すればかばったり隠したり、なにかしらのヒントを出すと思ったのだがーーここにはないようだ。
あたしは熱を持って語る第二王子を無視して、神様と心の中で会話する。
(『なあ神様、霊泉は聖遺物なしに回復できるのか?』)
(今は土地神として断絶させられている。聖遺物とシャーレーンさえいればここでなくとも回復できるんだが……無ければ難しい)
(『くそ、何より先に聖遺物探さなきゃってことだな』)
「ええい、無視するな、貴様ら!」
「ああ、今はちょっとやめてくれません?」
「なっ!?」
「こっちは無菌室育ちの坊ちゃんの気の迷いの話を聞いてる時間はないんですよ」
「気の迷いだと!? し、失礼な!」
露骨に第二王子は嫌悪感をむき出しにする。
「そもそもなんだお前は! 名を名乗れ、無礼者!」
「名乗ってなかったか。確かにご指摘のとおり無礼でしたね」
あたしは姿勢を正して、名を名乗るーーもう、こいつには本名でいいだろ。
「元筆頭聖女、シャーレーン・ヒラエスでございます。第二王子殿下」
「シャーレーン……」
思い出したように、ハッと第二王子が目を見開く。
「貴様、どこをどう探してもいないと思ったら……姿を変えていたのか!」
「……なるほど。あたしを殺したのも、居所を探していた聖女護衛騎士(メイデンオーダー)も殿下とその女の差金ということで?」
「ああ。僕がこの国を変えるために彼女の力を借りたんだ。僕の旧知の仲間に僕と彼女の目的を『理解』してもらい、聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)や王宮医局に入ってもらったのさ」
「へえ?」
あたしは目を眇める。
「その旧知のお仲間さんたちが、魂を抜かれた傀儡になっていたと知っていて使っていたのですか?」
第二王子はぽかんとする。
「魂を? 何を言っているんだ。魔鏡での会話を通じて、僕と彼女の理想を伝えて『理解』してもらったんだ」
「…………そこの邪神女。本当のことを殿下に伝えてねえだろ」
「なにを言っているのかしら? 妾にはわからないわ」
ストレイシアがわざとらしく首をかしげて見せる。
確信した。こいつはーーわざと第二王子に伝えていない。
以前神様は言った。あたしを殺そうとした聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)は『人間の命の感覚がしなかった』と。つまり鏡越しに彼らはストレイシアの傀儡とされていたのだろう。魔鏡で魔物(オーク)を転移できるのなら、魔物に心を食わせることはできる。そして抜かれた魂はおそらく、魔物によって……。
「何人が犠牲になったんだ……」
あたしはぎゅっと拳を握りしめる。
今も外ではオークの騒乱が続いている。怒りと焦りで、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
外から聞こえてきた爆発音に、あたしは弾かれるように第二王子を見た。
「第二王子殿下。目を覚ましてください、そして今すぐに聖遺物のありかを教えてください」
あたしの言葉に答えたのは第二王子ではなく、隣の鏡のストレリシアだ。
「ご冗談! 彼があなたたちに渡すわけがないでしょう?」
あたしはストレリシアを無視しながら、神様に尋ねる。
(『神様、聖遺物があの鏡で向こうに送られている可能性は?』)
(ない。今の俺は弱体化しているが、あの聖遺物に込められた力は今の俺よりも神威が強い。鏡面からすら出られない、新興の下位神が転移できる代物ではない)
(『なるほど……どこにあるかはわかんねえよな?』)
(すまない)
(『あっちに行ってない、近場にあるというだけでも収穫さ』)
神様と話を終えたあたしは、第二王子を見た。
「……第二王子殿下。このまま国がその女に乗っ取られてもいいのですか」
「弱体化した土地神カヤよりよほどマシだろう。彼女と僕が手を組めば、この国をもっと豊かに繁栄させられる。それこそ先進国ストレリティカ連合王国のように」
「その女が土地神かどうかも、怪しいとしてもですか」
あたしは全てを見通しているかのように太々しく微笑み、鏡の邪神を睥睨する。
女が露骨に顔を歪めたのを見ながら、あたしは肩をすくめる。
「先ほど殿下がおっしゃいましたよね? 先進国ストレリティカ連合王国の貴族学校では、殿下でさえ『留学でやってきただけの、外国王族の一人』でしかなかったと。……失礼ですがそのような方が、国を司る神様に話しかけられるわけないのでは? なあ、神様どう思う?」
あたしが話を振ると、神様が静かに頷く。
「……大抵の名のある土地神は、土地の支配階級か、もしくはそれに準じる相手としか会わない。他国の第二王子と懇意にし、こうして常に側にいるというのは……よほど暇なのか。もしくは」
「騙ってるって、奴だな」
第二王子がカッと顔を赤くするのを、あたしは冷めた目で見ていた。
ーーあたしを睨むより、その隣の女が今どんな顔してるか見てみろよ? 図星突かれた顔してんぜ。
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