第37話 別視点/ホースウッド公爵家の父娘 父の末路
宰相・ホースウッド公爵は第二王子により王宮まで呼ばれていた。国王の体調不良や教会の混乱による現状に対する宰相としての意見を聞きたい、という名目だった。
「他の者の介入なしに、忌憚のない意見を賜りたい。決して僕があなたを呼び出したことが知られぬようお越し願いたい」
そう告げられていたホースウッド公爵は、公爵家所有ではない貴族議会用の匿名性の高い馬車に乗り、指定された待ち合わせ場所ーー王宮の中でもいくつかある離宮の一つまで向かった。
馬車の中で、ホースウッド公爵は考えていた。
なぜ己が呼び出されるのか。十中八九、娘ルルミヤのことだろう。
「なぜあの娘が一番、わしに似ておるのだろうな」
ホースウッド公爵には本妻との間に三人の子供がいる。
長男も次男も、娘も、誰に似たのか野心の弱い性格をしていて、父親には逆らわないものの必要以上に他者への対抗意識に燃えることもなく、和を乱さない日和見の性格だと、公爵の目には映っていた。
もっとも公爵に似ていたのは、本妻の娘と世代が少し離れる、16歳の娘ルルミヤだった。
彼女の母は数世代前に爵位を失った元子爵家の血を引く娘で、すでに血は平民と混ざり、ホースウッド公爵の所有するとある領地の屋敷で働くメイドだった。手をつけたのは、ほんの気まぐれだった。
それから数年後、認知せずに存在を無視していたが、ある日公爵邸に堂々と乗り込んできたのが幼いルルミヤだ。
彼女は母が心を病み、王都でホースウッド公爵の噂を捲し立てながら暮らしていると告げる。
そしてーー彼女は年齢に似合わない媚を含んだ笑顔で、首をかしげてこう言った。
「お父様の娘、もう使い終わったでしょう? わたしならこれからも役立てます」
ホースウッド公爵は考えた。母に似た美貌の娘は確かに都合がいい。
最近はやれ人権だ、やれ平民の自由だと世間がうるさくなり始め、それに迎合する貴族も台頭し始めた。己の貴族議会での権威を確保するため、都合の良い娘を一人持つのは悪くはない。
どんな娘だろうと最悪、切り捨てても何の痛みもない。
彼女は魔性の魅力でホースウッド公爵の傍に花を添え、聖女異能に目覚めてからは、ホースウッド公爵の権力拡充にも大きな影響を及ぼした。
だがーー結局娘は筆頭聖女となれる器ではなかった。ルルミヤの勢力は筆頭聖女就任の直後をピークとし、教会内部を混乱の渦に陥れる以上のことを成し遂げることはできなかった。
状況を引っ掻き回す異分子としては十分に役目を果たした。
後は最後の引取先をあてがって、表舞台から引退させるだけ。
ホースウッド公爵家にとってはすでに使い潰した駒だ。
「……第二王子殿下は顔が広い。今あてがう予定の相手以外にも都合の良い嫁ぎ先の当てがあるのなら紹介願おうか」
馬車を降り、ホースウッド公爵は従者もつけずに一人、離宮の奥に進んでいく。その背中はこれからの未来を、全く想定していない堂々とした余裕のあるものだった。
これが、ホースウッド公爵の最期だった。
◇◇◇
ーーそれから、一時間後。
ホースウッド公爵が向かった先の部屋で、第二王子ケイゼンが騎士を従え佇んでいた。
ケイゼンは目の前に転がるものを見下ろしている。
「国の最高権力者の一人も、剣の前では呆気ないものだね」
ホースウッド公爵はうつ伏せに倒れている。彼の下では毛の長いカーペットが、じわじわと鮮血で染まっていた。
ケイゼンの両脇には血に濡れた剣を携えた、甲冑姿の騎士が立っている。
顔にとんだ血飛沫を拭い、ケイゼンはうっとりと目を細める。
「一強として議会権力を握り続けたホースウッド公爵が倒れれば、貴族議会もしばらくは頭を失った烏合の衆となるだろう」
置物のように微動だにしない騎士を無視して、ケイゼンは一人、恍惚とした顔をして部屋を巡る。
「父は弱らせておいたけれど、まだ生かしておこう。迂闊に殺してしまえばやれ王位継承だの、王太子指名だので留学を数年休学することになるからね。……ここに帰省することさえ、僕は耐え難いのに」
芝居がかった調子で、ケイゼンはパチン、と一人手を叩く。
「さて、次は兄だ。……兄はどうしようか? あの人は敬虔な土地神カヤの信仰者だから、僕の言うことは聞かないだろうね……。とりあえず兄弟水入らずの時間を重ねた上で、今後どうするか考えようか」
ふと、なにかに気づいたようにケイゼンは虚空を見上げる。
にやりと微笑みながら、ケイゼンはここにいない誰かに話しかけた。
「どうやら始まったようだね。ルルミヤは本当に良い子だ」
ーー都合の良い、ね。
◇◇◇
その頃、大神官マウリシオは執務室の窓から精霊鳩を飛ばしていた。
王妃のいる辺境伯領から届いた聖女推薦の知らせに対する返信をくくりつけた鳩だ。
遠くに飛び去っていく鳩に向かって大神官は訴えた。
「早く王妃の元へ届いてくれ、一刻も早く……!」
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