第33話 邂逅

「シャルテちゃん様、気をつけてね」

「心配してくれてありがとう! がんばるね!」


 馬車に乗せられて国境までやってきたあたしと神様は、見守る騎士団の皆様から離れ、結界に向かって歩いていた。


ーーあたしはあれから王妃様に『シャーレーン様のお告げ』として、結界のヒビ割れを伝えた。


 国の人々は本当に『神様』がそこにウロウロしているとは思っていない。大抵概念的なものだと思っている。結界は初代聖女が神様との契約で築いたものとなっているので『神様が言ってた!』よりも実際の筆頭聖女のお告げにした方が、現実味(リアリティ)を持って聞いてもらえる。 

 そして辺境伯が動いてくれて、隣接するホースウッド公爵所有領の中まで入る許可を得られたーーというわけだ。

 辺境伯だけでは働きかけにくくとも、『聖女のお告げ』と言われると無下にできなかったらしい。


「結界見るの、生まれて初めてだ」


 あたしは神様の背丈より少し高い、半透明の結界を見上げる。それの向こう側には鬱蒼とした森が広がっているーー魔物の森だ。結界は地平線から地平線まで長く続く城壁のようで、厚みはペラペラで、手で触れるとプルッと揺れて通り抜ける。草木の先もサラサラと風にそよぎ、壁に触れては通り抜けている。

 けれど不思議と魔物は通れないらしく、蝙蝠型の魔物が遥か頭上を通り抜けようとしては、べチンと音を立ててぶつかり、向こう側に消えていく。視認できない場所も張られているらしい。


 ヒビが入っている場所はわかりやすかった。ピンク色に淡くピカピカと光っていたからだ。亀裂の大きさはあたしの体ほど。ここにヒビがある! と思って見るとすぐ見つかるけど、広大な結界の中では見つかりにくいだろう。

 神様が言う。


「手順は馬車の中で教えた通りだ。祈れば、結界全部が修復されるーー他の場所にヒビがあっても直せる」

「ああ。任せとけ、神様」


 あたしは手のひらをパンと叩き、結界に手のひらをつけ、目を閉じて祈る。

 結界と意識が繋がる。情報量に負けないように意識しながら、小さく呟く。


『結界修繕(ラシアヌ・ク)』


 ーーピリッと、全身に痺れが走る。

 瞼の向こう、結界全体が光った。目を開けば結界は綺麗に元通りになっていた。


「うおおお! シャルテちゃんさま! ありがとう!」

「さすがだぜ!!」

「わーい! 見守ってくれてありがとう!!」


 あたしは8歳児の笑顔で彼らに手を振る。神様が隣で後方亭主ヅラで腕組みして頷いている。


「シャルテが信仰されるのは嬉しい」

「……あんたが信仰されなきゃ意味ないだろ神様ぁ」


 呆れながらも相変わらずだなと、あたしは肩をすくめて笑う。


ーー今日で、国が狙われていると発覚してから一週間。

ーー結界に関しては順調だ。結界に、関しては。


◇◇◇


 王妃様からの伝言を持ってきた侍女の言葉をぶりっこ笑顔で受けたあたしは、侍女が去るなりボフッとベッドに寝っ転がってぼやいた。


「で、今日も辺境伯領から出れずじまいか……」


ーー急いで王都に行かなければ国が危ない。結界が壊れているのがその証だ。


 そういった内容を直接的に間接的に、日々訴え続けているのだけれど、王妃様も辺境伯もあたしの王都行きに難色を示す。それだけの危険が迫っているのなら、まずは王都の関係者でしっかり調査するべきだと。王都には火急の相談がある旨は伝えているから待っていてほしい、と。


「慌てなくとも聖女には推薦するし、シャルテの言葉は信用しているわ。あなたは聖女で『シャーレーンの御使』なのは十分知っているけれど、王宮と私たちを信じて」


 王妃様直々にこう諭されてしまえば、正攻法で打つ手はない。そもそも王妃様と辺境伯の判断としては至極正しい。一人の胡散臭い8歳児の言葉を受けての反応としては、これ以上にないくらい真っ当だ。この国も安泰だと思えるほど真っ当だ。


「だけどさぁ〜真っ当じゃねえ奴らにぐちゃぐちゃにされちまったら終わりなんだよお〜」


 あたしはベッドの上でじたばたと行き場のないモヤモヤを発散する。

 ベッドに座っていた神様が、あたしの髪を撫でている。


「イライラしてるシャーレーンも可愛い」

「そりゃどーも……」

「やはり俺が命じるべきでは」

「だめだ。洗脳はどこで矛盾が生じるかわからないし、あたしたちはそもそもが胡散臭い存在なんだ。ここまでうまく潜り込んでおいて綻びを出すわけにも行かない。……洗脳した相手がどこでどんな動きをするのか、それに接した人間がどんな反応をするのか全ては把握できないんだから」

「難しいな。元の力があれば、手順を踏まずとも全てに『命じる』ことができたのに」

「まあまあ。神様が力を分けてくれたおかげで、あたしは一緒にいられるんじゃないか」


 天井を見上げ、そして窓の外へと目を向ける。赤紫色の夕暮れだ。

 神様は蛇を放ち、城の中であちこち情報収集してくれているけれど、やはり進捗は良くないようだ。


「……明日には何か動くといいんだけど」


◇◇◇


 あたしの願いが届いたのか。

 翌朝、神様がベッドで身起こし蛇を腕に絡めたままあたしに告げた。


「王都から馬車が到着するらしい。王族の精霊馬を使っているようだ」

「ってことは……まさか」


 あたしは固唾を呑み、急いで身支度を整える。隠そうとしているものの侍女もそわそわとしていて、あたしの髪をいつも以上に丹念に整える。

 朝食を終えたあたしの元に王妃様からの言伝が届く。侍女が去ってからあたしは窓辺に立つ神様をみた。


「……王太子殿下が来る」

「馬車が見えてきた。良い精霊馬だ。ここまで4、5日で来たのだろう」

「……バレるかな」


 あたしは姿見に写った自分を見やる。鏡の中にはふわふわの金髪を両耳の上で羊巻き(シープシニヨン)にしてリボンを巻いた愛らしい8歳児の姿があった。自分で愛らしいというのもなんだけど、愛らしく見える装いをしてもらっているのだから仕方ない。8歳児だし。

 服は王妃様が用意した黒地に白い刺繍とレースがあしらわれた上品なドレス。リボン型の金ボタンがアクセントになっている。


「……シャーレーン時代とは全然違う格好だし、なんとかなるか……? なあ神様どう思う?」

「可愛い」

「いやそうじゃなくて」

「俺は人間ではないから、容姿で判別がつくかはわからない。シャーレーンならいくつだろうが、爪の先だけ見せられて判断をあおがれようがシャーレーンだと分かる。しかし人間は魂で人を判別できないのだろう? ならばわからない」

「そうだよなー……いっそ髪を切ってイメージ変えるか?」


 下ろした部分の髪を掴むと、神様が露骨に嫌な顔をして首を横に振る。


「短いのも可愛いと思う。だが他の男(オス)のためごときに切るのは嫌だ」

「……そう言うと思ったよ」


 そんなこんなでそわそわとしたまま午前中が過ぎ、ついに昼食の前に王妃様に呼ばれた。

 連れて行かれるのは、今まで入ったこともない城の中心の、さらに奥。歩けば歩くほど豪華になっていく家具にめまいを感じながら、ついにあたしたちは特別な応接間に案内された。

 赤を基調とした豪奢な部屋。その中心、ソファーに座る辺境伯家一同の前に、懐かしい後ろ姿があった。

 王妃様があたしを見た。


「来たわね。紹介するわ。彼女がわたくしの推薦する聖女ーーシャルテよ」


 王太子殿下はこちらをふりかえる。以前より幾分か痩せているが、銀髪も肌の白さも以前と変わりない。

 顔を見てしまう前に急いであたしは淑女の辞儀をする。

 形式的な挨拶を口にして顔をあげると、口をぽかんと開けて立ちすくむ殿下の姿があった。


「シャーレーン……?」


 冷や汗が背中を流れる。

 8歳児の姿でこのふわふわの髪、この服装ならわからないと当然思っていた。

 そもそもシャーレーンの時だって、あたしは殿下と、ひと月に一度ほどしか会ってないのに。


「違うわ、その子はシャルテよ」


 王妃様が口を挟んでくれる。ナ、ナイス〜!

 しかし殿下はこちらをじっと見たまま、王妃様の言葉も耳に入っていない様子だった。

 殿下は熱に浮かされた様子であたしに近づいてくる。


「………………少し、この子をお借りしていいですか、お母様」


(ばれたのか? ……ばれたのか??)

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