第29話 神の伴侶を殺す者
「……神の権能には神の権能をぶつければ、あるいは」
「神に、神を……?」
あたしは思い出す。そういえば神様は言っていた。
「『今の俺は神としては弱いただの蛇神だ。他国の土地神から襲われてしまえばひとたまりもない』……って、言っていたな確か」
「ああ。弱い蛇神だ。だからその弱い蛇神が国の守護として構築していた結界など、他国の神ならば本神(ほんにん)が直接手を下さずとも、神威を込めた魔道具などを使えば……ヒビを入れることくらいは可能だろう」
「じゃあ他国の神がホースウッド公爵になんらかの手段を使って接近し、そそのかしたのか。少しくらいヒビを入れたら色々有利になるぞって」
ホースウッド公爵は、この国の軍事力を上げ他国への侵略を目標とする宰相だ。
異国の神にそそのかされ、国の結界にヒビを入れるのは一見反しているように感じられるがーー違う。異国の神と、ホースウッド公爵の利害が一致していたらいいのだ。
あたしと同じことを考えたのだろう。目が合うと神様は頷いた。
「神様。……うちの国が攻め入るとすれば、魔物が出て面倒な北側でも高山で塞がれた西でもない。東だ。もっとも侵略しやすい東には隣国ターエが接している。そしてその向こうに、広大な国が広がっている……ストレリティカ連合王国が」
「シャーレーンと過ごす日々の中で新聞を読んで、その国名は知っている。俺が聖堂の外を知っていた数百年前には存在しない国だったから……連合王国の神については俺は知らない」
「そうなんだ」
「ただ想像するに……土地に根ざした蛇神の俺と、あちらの信仰は大きく異なるだろう。連合王国というくらいだから、神の形も複雑になり、神のあり方も違うはずだ」
「なるほど。とにかく……ストレリティカ連合王国としてもその神としても、うちと隣国ターエが衝突するのは歓迎ってわけか」
ホースウッド公爵がストレリティカ連合王国(もしくはターエ以外と思われる他国)と繋がり、結界にひびを入れたのはわかった。しかしまだわからないことは山積みだ。
あたしが疑問を呈する前に神様が口を開いた。
「シャーレーン。その説をとるならホースウッド公爵なる男がここ数ヶ月の間に、どこか他国の神と接触する必要がある。しかも遠方の。彼は接触ができるのか?」
「他国の神との接触って難しいのか?」
「シャーレーンも俺以外の神には会ったことは無いだろう」
「ないな」
「国の神はどんなに自由でも、国外に移動できない。国と契約しているから」
「なるほど。神様が神殿から動けなかったのと同じだな。んじゃ、国内に入ってきた外国人とは?」
「……国との契約次第によるが、接触できるとみていいだろう」
「そうか……うーん。しかし想像の域を超えないな。本当に会っているか確かめられねえ」
「今の情報で想像できるのは、『ホースウッド公爵が他国の神と繋がっている可能性が高い』ことと、その相手としてはストレリティカ連合王国の神が最有力候補、ってことだけか……」
あたしはベッドに体を投げ出した。
この辺境伯領にいるかぎりは神様の権能(せんのう)を使っても、あくまで想像の域を出ない。
王都で王侯貴族や神官に接触すればホースウッド公爵がどの筋で他国の土地神と繋がったのか暴くこともできるだろうがーーあたしはあくまで筆頭聖女としての後始末をしたいのと、父と自分を殺した相手を突き止めておきたいだけだ。それ以上の問題は手に余る。
考えすぎて眠くなってきた。心は18歳でも体は8歳だ。おそらく脳の体力も。
そういえば、と思った。
「国の神に戻ったら、あのヒビも治るのか?」
「ああ」
「そっかー……なおのこと早急に教会総本山に行かねえとな……」
神様と一緒に国を守って、志なかばだった筆頭聖女としての役目をスッキリさせて、そして神様とのんびりだらだらできる道を探す。それがあたしの目的だ。
だからそれ以上のことは問題点を任意の偉い人に『シャーレーン様のありがたい言葉』として投げて、聖女シャルテちゃんは逃げればいい。逃げても許されたい。
あくびをしていても、神様はまだ座ってじっと考え込んだままだった。
あたしが眠そうにしているとすぐに絡みついてくる神様が珍しい。あたしは半身を起こした。
「神様? ……何かまだ気になることがあるのか?」
「……なぜ他国の土地神が、この国の要人に接触しているのか目的を考えていた」
「それは……あれだろ? うちと隣国とをドンパチやらせて漁夫の利狙うためだろ?」
「それはそうだ。だが……おかしい」
「おかしいって?」
「俺が国の神を続けていれば、神の権能で結界に干渉されれば流石に察知できる。弱体化したただの蛇神とはいえ、神に直接の攻撃ならともかく人間ごときが持ち込んだ魔道具の権能などにはやられない。……
神様はあたしを見た。瞳が金に輝いている。
「思い出してほしい。俺が国の加護を辞めた理由を」
「それは……」
言葉にしようとして息を呑む。
神様は、あたしが殺されそうになったから国の神を辞め、あたしを守ってくれた。
そもそも、あたしは誰かの密告により、出自を暴露され地位を追われていた。
あたしを
それでも神様が神をすぐに辞めなかったから、あたしに危害を加えることで神様を動かした。
神様は言った。あたしに危害を加えた聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)は、人間の命の感覚がしなかった、と。
「シャーレーン」
「……ああ、わかった」
神様とあたしは顔を合わせる。雷光のような閃きが、あたしたちの間を伝播した。
「神様にとってあたしが伴侶(つがい)ーー神様の魂を分けた特別な存在だということは、他国の神でもわかるんじゃないのか。もし、そんな『特別』なあたしが殺されそうになったら」
「当然だ、俺は絶対に許さない」
神様とあたしは身を乗り出す。神様とあたしの言葉が重なる。
「神の伴侶(あたし)を殺そうとすることで」
「この国の神の加護を、意図的に壊すことができる」
ーーこの国は、他国の土地神に狙われている。
「待て。ってことは……国王の体調不良も、それが影響してるんじゃ」
「可能性は高い。国の中枢である宰相、教会内部に影響を及ぼしている神が国王だけを逃すわけはない」
「……国がどうなってもいい、あたしの責任じゃねえと思いたかったが……ハメられて奪われて黙って泣き寝入りなんて、冗談じゃねえな」
「許さない。国を奪うためにシャーレーンに危害を加える神など」
あたしたちは頷きあった。侵略を目論む神の思い通りになってたまるか。
◇◇◇
その頃。
王都では第二王子帰還を前に、王太子が国王の寝所に呼び出されていた。
筆頭聖女ルルミヤ・ホースウッド公爵令嬢との婚約についての話だ。
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