第27話 辺境伯領での日々と急展開
そして様子見の一週間が過ぎ、「聖女異能の証明」として城中の辺境伯家一同、また全ての使用人の怪我や病気を癒やしたところで、いよいよ王妃のあたしへの信頼は厚くなった。
聖女異能の代償ーー肉体疲労や寿命の短縮に関しては、神様曰く「シャーレーンは気にする必要がない、無尽蔵に使って大丈夫だ」とのこと。神様の力を半分以上注ぎ込まれた体は、生まれつき片足神様に足を突っ込んだ魂をしているそうな。いや、チートじゃん。
そんな最強聖女シャルテちゃんことあたしは今日も午前中に複数人の治療を済ませたのち、王妃様から昼食に誘われた。
風通しの良い食堂のテラス席で、王妃様は風に目を細めながらあたしをみた。
「怪我をあえて隠させていた者から、持病に気づいていなかった者の治癒まで……あなたは本物の『シャーレーン様の御使』ね、シャルテ」
「褒めてくださってありがとうございます! 王妃様」
一週間の間に王妃様の態度は随分と軟化していた。そして同時にあたしも辺境伯家の状況について理解が深まっていた。
離縁での出戻りではなくあくまで『静養のための別居』扱い。その立場ゆえ辺境伯の中でも王妃様は腫物扱いされていて、城内の一部の敷地しか出歩くことがないようだ。辺境伯は王妃様のお父上で、他に嫡男である長男の兄上一家がくらしている。
紅茶を飲みながら、王妃様がやつれた顔でため息をつく。
「あなたは……礼儀作法もしっかりしているし、幼いのに聖女としての心ばえも素晴らしいわ。最初に胡散臭い子供と疑った自分を恥じたいくらいよ」
「とんでもないです王妃様。あやしいのはわたしが悪いので……もし怪しいと思われたら、なんでも聞いてください!」
「ふふ。あなたのことはもう信用しているわ。わたくし実は娘も欲しかったの。なんだか昔から知っている子みたいに、とても話しやすいわ」
「えへへ……」
ーーそうです、実はシャルテちゃんはシャーレーンで、昔はあなたの長男の婚約者でした。
そんなことを思いながらえへへ、と子供らしく恐縮すると、王妃様は最初よりすっかり柔らかくなった笑顔を見せる。
「ほら、遠慮せずにいただきなさい」
「ありがとうございます。いただきます!」
王妃様は子猫を見るような慈愛の眼差しで、紅茶を飲むあたしを見つめている。野良猫(シャーレーン)としての地を出さないように可愛い8歳児をし続けるのはなかなかに大変だ。
王妃様は寂しい日々を過ごしていたらしく、話し相手になる8歳児がいることは心の慰めになっているようだ。
時々王妃様は、あたしに着せ替えをしたり髪の毛を編んだり、刺繍やお絵描きなど、女の子らしい遊びをしようとさせた。
もちろんあたしの動向を見て育ちを見極めようという意図もあったのだろう。それでも8歳児を前にした王妃様はどこか、何かを懐かしんで噛み締めるような切なそうな微笑みを浮かべていた。
(子供が恋しいのかもな。……確か、十年前にはもうすでに王宮を追われていたから……)
ルイス王太子10歳、第二王子5歳の時から離れて暮らしているということだ。時折会うことはあるとはいえ、日々成長する息子たちと離れて暮らす日々の寂しさはいかばかりだろう。
そういえば教育方針の違いで国王と険悪になったのだから、王子二人を国王の元に置いておくのも彼女としては歯がゆいだろうーーああなるほど、だから8歳児のあたしに教育熱心なお母さんっぽい行動が出るのか。彼女の中では子供というのはその年齢で止まっているからーー
「どうしたの、ぼーっとして」
「あっ……王妃様と一緒にお茶をいただけるなんて、夢なんじゃないのかなって思ってました」
「うふふ、夢じゃないわよ。お食べなさい」
「はーい」
かわいこぶってクッキーに手を伸ばした、その時。
身動きした弾みでしゅるりとお腹にくすぐったさを感じて、あたしは身を捩る。
「ひゃあ……ふふっ」
「あらどうしたのシャルテ」
「あっ……はしたない声を出してごめんなさい、ちょっとお腹がくすぐったくて。可愛いお召し物をいただいたので、緊張しちゃってるんです」
恥ずかしそうにはにかみながら、あたしは冷や汗が流れるのを感じていた。冷や汗で滑る肌を、しゅる、と蛇が動く。
(神様ぁ、ちょっとやめてくれよ……!)
笑顔で誤魔化しながら毒づく。神様と離れている時、護衛としてあたしのドレスの下には蛇が絡み付いていた。原理はよくわからないが神様の分身らしい。
ちなみに神様本人はというと、「シャーレーン様への祈りを捧げるため一人にしてほしい」という大義名分を作って、いつも部屋に籠ってもらっている。神様一人放っておくと色々危ないので苦肉の策だった。
神様は神としての権能で、あまり人の印象に残りにくいらしい。望む望まないかかわらず、常に遮蔽魔術がかかっている状況ーーというか。
王妃様をはじめとして誰も彼もが、成人男性である神様よりあたしの方を主として相手しているのはそれが理由だ。
「シャルテ。これから聖女として王都に行くのだから、絹のドレスもなければなりませんよ」
「はい!」
蛇のあたりをこっそり掴みながらピシ、と背筋を伸ばす。
王妃様はこの一週間で、あたしを聖女として教会に推薦してくれると約束してくれた。王妃様の後ろ盾があれば教会も迂闊な手出しができない。いくら追放されたお飾りの王妃様とはいえ、彼女への不敬は国王、王子二人と辺境伯家への不敬でもある。ルルミヤと教会から自分を守る盾としては最強だった。
腹の中で計算するあたしの前で、王妃様は話す。
「いずれあなたには筆頭聖女になってもらいたいの。今のあなたには難しい話かもしれないけれど……王都は今、大変なことになっているから。静養の名目で追放されているとしても王妃として
、できることを果たさなければ」
「王妃様……」
あたしは食事の手をとめ、王妃様を見て訴えた。
「王妃様。信頼していただいたおかえしに、わたしがんばります。シャーレーン様もきっと、王妃様の力になるように……この地で奇跡を起こしなさいとご命じになったんだと思います」
「シャルテ……そうね。前筆頭聖女も今の状況を知れば、御使を遣わすくらいのことはするでしょう。何せ、ルルミヤは筆頭聖女としては難の多い聖女。そして何より……」
ここで王妃様はハッとして、笑顔で取り繕う。
明らかに一介の聖女には話せないことを漏らそうとした態度だった。
「さ、これ以上日差しの良い場所にいると日焼けするわ。また夕食の時に会いましょう」
「はい! 素敵な時間とお食事をありがとうございました」
立ち上がった王妃様と一緒に立ち上がり、あたしは辞儀をして王妃様と別れた。
あてがわれた部屋にさっと戻ると、神様が豪奢なソファに横になっていた。
音もなく身を起こすとあちこちから蛇が集まって神様に収束する。あたしの腰にからまっていた蛇も、しゅるしゅると神様に帰っていった。
「ひゃひゃひゃ くすぐったいくすぐったい」
「シャーレーン。王妃が先ほど隠した話は見当がつく」
両手にからませた蛇から話を聞きながら、神様が言う。
「国王が原因不明の体調不良で寝込んでいるらしい。それに合わせて第二王子も帰国の路についていると」
「……第二王子まで呼び寄せてるってのは、色々深刻だな」
第二王子は国王に溺愛される優秀な王子で、政略結婚が決まっている遠い異国に留学に行っていたはずだ。あたしも顔を合わせたことがほとんどない。神官トリアスが語ってくれた頃よりもかなり国は悪くなっているようだ。
「あと」
「ま、まだ何かあるのか」
神様は言った。
「もっとも近くの国境、魔物の侵入を防ぐ結界が綻び始めているようだ。辺境伯領の騎士団が討伐に向かっているが……何度も討伐が続くようならば、騎士は疲弊しいずれ国境は魔物に破られるだろう」
「な、なんだって」
隣国との間には帯状に広がった魔物の森が存在し、神様の力により国境より中に魔物が入れないようになっていた。交易の時の都合で少数の魔物が侵入することはよくあると聞いていたけれど、騎士団が団体で討伐に向かうレベルなんて聞いたことがない。
「……だから、城の中は妙に静かだったのか……」
「それに」
「まだあるのか!?」
「……俺の加護が消えても、普通はすぐに結界が綻びることはない。綻びが生じるとしても十年はかかるものだ」
「異変が起こってるってことだな」
神様は無言で頷いた。その瞳は金色ーー彼の心が緊迫している証だった。
「……想像以上に騒がしいことになってるみたいだな? おい」
あたしは生唾を飲み、笑うしかなかった。
さあ、あたしにできることは何だ。
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