第23話 別視点/二人の王子と、複雑な心境

 庭園を散策するルイス王太子の元に、明るい女性の声が響く。

 振り返ると大輪の花のような笑顔を向けるシャーレーンが手を振っていた。


「よお、探したぜ、殿下!」

「……シャーレーン……! 生きていたのか!」


 ルイスが駆け寄ると、シャーレーンはひまわりのように明るい金髪をかきあげ、橙の瞳を細めて微笑む。


「あたしがそう簡単に死ぬわけないでしょう。誰だと思ってんですか、殿下」

「シャーレーン……すまなかった、僕は、君をもっと大事にするべきだった」


 大粒の涙で視界が歪む。涙をこぼすルイスを前に、シャーレーンは華奢な腕を大きく広げ、ルイスを受け入れてくれる。

 細い腰を抱き寄せると、優しい匂いがした。

 ルイスの頭を撫でながら、シャーレーンは優しく囁いてくれる。


「あたしもあんたに逢いたかった。あのまま別れておしまいなんて、できないですよ」

「シャーレーン……」

「ねえ、あたしの顔をみてください」


 望まれるままに顔をあげたルイスが見たのは、血まみれになったシャーレーンだった。

 血走った目で、引き攣ったように口の端を吊り上げて、シャーレーンは高笑いする。


「そうさ、あんたに復讐しないと死ねないのさ、あたしは!!!」


 ルイスを抱き寄せるシャーレーンの胸も、腕も、血まみれだった。

 生暖かい体液がルイスの顔を濡らす。ルイスは絶叫した。


「殿下! 殿下! お目覚めください! 殿下!」

「あ……」


 ルイスは目覚めた。天井を見上げるルイスを、数人の従者が押さえつけている。


 朝だ。

 全身が汗で冷えていた。ルイスはまた朝まで悪夢にうなされていた。


「……すまない、心配をかけた……」


 従者に促され身を清め、ルイスは薬と白湯を口にする。

 まだ手が震えている。シャーレーンの声が、まだ耳に張り付いているような気がした。


「シャーレーン……すまない……君を死なせてしまって……」


 涙が止まらない。がくがくと震える体でベッドにうずくまり、ルイスはひたすら詫びを口にし続ける。従者たちは顔を見合わせあう。そして遠慮がちにルイスへと声をかけた。


「恐れながら殿下。実は第二王子殿下からの魔鏡通信の連絡が入っているのですが」

「やはり……本日お話しなさるのは厳しいでしょうか」


 第二王子殿下ーーその単語に、ルイスは身を起こす。

 今年17歳になるケイゼンは、現在ストレリティカ連合王国に留学中の優秀な弟だ。

 母似である線の細い銀髪碧瞳のルイスとは対照的に、赤銅色の短髪に碧瞳を持つ、背が高く肉体的に恵まれた体格の溌剌とした弟だった。父によく似ていてーー父ははっきりと言葉にはしないものの、弟を本来の世嗣として見ている節がある。周りの貴族も皆、ルイスは中継ぎの王太子と侮っていたし、侮られて当然だとも、ルイスは思っていた。


「……身支度をする。せっかくの弟からの通信だ。準備をしろ」

「かしこまりました」


 従者たちに命じてルイスはベッドを降りる。

 ーー弟に、この青白い顔を見せるのが恥ずかしいけれど、逃げるのもまた兄として屈辱だった。


◇◇◇


 身支度を済ませ談話室に向かうと、すでに従者たちが魔鏡通信の姿見を準備していた。魔鏡通信は遠隔でやり取りを交わすための装置で、第二王子ケイゼンが留学先から贈ってくれた異国の魔道具だった。

 鏡の中には、また一層精悍になった第二王子ケイゼンの姿が映っている。留学中の貴族学校の制服姿で、ルイスを見て嬉しそうに歯を見せて笑った。


「お久しぶりです。父上と兄上、お二人のご調子が悪いとのお話だったので心配で連絡しました」

「ケイゼン、ありがとう。心配をかけているね。……父上とは話をしたかい?」

「はい。しかし……厄介ですね。医者でも原因がわからない病にふせっていらっしゃるとは」

「そうか。お前にももう伝わっていたか」


 父は数日前から急に食が細くなり、連日寝込んで公務を休んでいる。持病とも違う父の具合の悪さに医者は首を捻り、薬も出せない状況だ。ケイゼンの話によると多少は会話ができたものの苦しげで、あまり長く話ができなかったという。


「申し訳ありません。兄上に全ての公務を押し付けてしまっている状況で……」

「何を言う、僕は王太子だ。ケイゼンは留学が今の役目だ、お互いやるべきことを今は果たそう」

「……父上の危機なのにお側にいられず心苦しいです」


 ケイゼンが凛々しい眉を歪めて辛そうにする。その男らしい顔立ちが羨ましいと思う。

 父の代行としてルイスが公務に出てはいるが、周りからの「王太子か……」というがっかりとした眼差しを日々浴びてルイスも精神的に辛くなっているところだった。


(皆、ケイゼンのような王太子だったらよかっただろうに……)


 ケイゼンが「そういえば」と話題を変える。


「噂では、土地神カヤの加護が切れかけていると聞いています」

「……お前は随分とよく知っているね」

「ええ。伏せられる前の父上とも書簡で定期的に連絡をしておりましたから。僕の友人も、何人か城の中に手伝いに来ていると思いますが、役に立っていますか?」


 遠方にいながら役に立っている弟にちくりと胸を痛ませながら、ルイスは笑顔を作る。


「ああ……そういえばルルミヤが言っていたな、教会や城にケイゼンが人員を送り込んでくれていると」

「よかった! 使ってくれているのですね!」

「ああ。大神官派とルルミヤは仲が悪いし、前筆頭聖女のこともあるから……正直聖女護衛騎士団だけに防備を任せたくなかった。とても助かっているよ」

「嬉しいです。兄上も困ったことがあったら言ってくださいね。ストレリティカ連合王国の王族の方々も協力してくれるとのことですので」

「ありがとう」


 ストレリティカ連合王国は、サイティシガ王国より東に位置する王国で、広大な土地を持つ異文化の国だ。違う神を信仰する王国同士が婚姻で繋がり、国王と女王を配した国になっている。近隣諸国の動向が不穏な時代、肥沃な土地と霊泉を持つサイティシガ王国は危険がつきまとう。敵の敵は味方ーーということで、遠いストレリティカ連合王国との交流を深めているのだ。

 第二王子でありながら、重要な友好国に留学に行き、人脈を広げるのは弟の役目。


(僕は……何のために、王太子としているのだろう)


 暗い気持ちになりかけたのを振り払い、ルイスは笑顔を作った。


「とにかくこちらのことは、僕がなんとかするよ。ケイゼンも気遣いはとても助かるけれど、くれぐれも気をつけて。自分のことを一番に考えなさい」

「わかりました、兄上。でも一時帰国はしますので、その時にお互い意見交換しましょう」

「もちろんさ。道中気をつけて」

「……兄上」

「ん?」

「兄上も、父上のように……僕を頼りにしてくれているんですね?」

「ああ、そうだよ、もちろんさ」


 兄の信頼を言葉で確認すると、ケイゼンはにかっと歯を見せて笑う。


「それではまた」


 会話を終えると魔鏡は急に真っ暗になる。

 急に寂しくなった気がして、しばらくルイスは弟が写っていた鏡を眺めた。


「……あいつ、随分とこちらのことを気にかけているな。留学は大丈夫なのか?」


 口にしながらルイスは思う。

 自分が不甲斐ないから、ケイゼンがあれこれと手を回してくれるのだと。

 それが役に立っているだけにーー兄であり王太子でもあるルイスは、虚しさと無力感を感じずにはいられなかった。



◇◇◇


 一方その頃、シャーレーンは馬車で、辺境伯領へと向かっていた。

 二人の王子の母親である王妃イシュリアが王都を離れ、長年静養している土地だった。

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