第21話 聖女二人の思惑
落ち着いたのか、神様はベッドに座ってじっとしている。
「すまないシャーレーン。嫌がることはしないと言っていたのに」
「まあ……今夜ばかりは興奮してもしゃあねえさ。怒ってないよ」
「恥ずかしい。初代筆頭聖女の頃のシャーレーンにも、よく『興奮したからってすぐ口に入れんなッ』……と、怒られていた」
「まて。口に…………?」
蛇神に咥えられるって随分な恐怖体験では? つか興奮したら口に入れんのか?
愛玩破壊衝動(キュートアグレッション)か……? 怖……。
あたしは昔のあたしに同情しつつ、神様にハーブティ入りのマグカップを手渡した。
「ほら、飲みな」
「……あたたかい」
ありがとう、と言うと神様は目を細めて、両手でマグカップを大切に持ってお茶を飲む。
あたしも膝のあいだに座って口を潤し、つぶやいた。
「さー……これから、どうすっかな……」
「神様の加護を失って、霊泉が枯れて、このままだと国はどうなるんだ?」
「土地の力を失い国として保てなくなり、いずれどこかの国に征服されるだろう」
神様はサラリと恐ろしいことを言う。
「ゾッとしねえな。……じゃあ、神様は?」
「野良の神になる。いずれ他の土地神に命を狙われるだろうな」
「最悪なシナリオじゃねえか。神様、国の神様に戻るつもりはないのか? あたしのせいで国が滅びるなんて背負うには重すぎる」
「嫌だ」
「即答だな」
「あなたを大事にしない国を守るつもりはない。そもそもあなたとは離れない、絶対に」
何か名案はないのか。あたしは腕組みして唸る。
「たとえば……あたしと一緒に暮らしながら、神様が遠隔操作でこう……えいっと霊泉に加護を与えられないのか?」
「本来の自分なら可能だ。しかし今、俺は最低限の能力しか自分に残していない。……ただ」
「ただ?」
「霊泉に置いてきた初代聖女の聖遺物。あれを手に入れれば、俺とシャーレーンで分けた神の力を一つに纏めて行使できる」
「なるほど、媒体があれば遠隔で加護を与えられる、と」
神様の言葉を受けて、あたしは天井を見上げながら記憶を辿る。たしかに霊泉には、初代筆頭聖女が残した聖遺物として錆びてボロボロの棒のようなものが刺さっていた。
あれが必要なのか。
「うーん、どのみち一度は聖女に戻るしかないのか」
「だから言いたくなかった」
あたしの発言に、神様は露骨に嫌な顔をする。
「……シャーレーンを大事にしない国に、シャーレーンが戻って欲しくない」
「まあまあ。この国の混乱を収めたら丁重に扱われるだろうしさ」
「それにまた王太子と婚約させられる」
「ないだろ。だってあたしは野良なんだからよ」
「……シャーレーンと、こんな風に、四六時中一緒に過ごせなくなる」
「それは……」
神様は目を落とし、黙り込む。
「俺はシャーレーンと穏やかに暮らしたい。働いたり、いろんなところに一緒に行ったり、寝台を共にして、眠るシャーレーンを一晩中腕の中で感じたり……そういう生活を続けたい」
「う、うーん……」
あたしは気恥ずかしくなりながら、腕を組んで考えた。
「そりゃ、あたしも筆頭聖女の仕事はガラじゃないし、本当はやりたくないよ。でも……逃げた結果、国がダメになるのは、もっと嫌だ」
手のひらを見つめながら、あたしは父の背中を思い出す。
あたしは力の使い方を誤って、父を死なせてしまった。永遠に取り返しがつかない罪だ。……せめてこの生まれ持って与えられた力を正しく使うことで、父を死なせてしまった贖罪にしたい。
「思うことは山ほどあるけど、何の罪もない人々の平和な暮らしを壊したくないし、守れるなら守りたい」
「シャーレーン……」
「神様。一時的に聖女に戻ること、許してくれないか。そして力を貸して欲しい。……せめてこの騒動が落ち着いてから引退して……一緒に、だらだら楽しく暮らす方法、考えても遅くないだろ?」
「シャーレーンはそんな人だ。わかってる……だから、愛している」
神様が愛おしむように目を細め、あたしの指先に口付けた。
「んじゃ、いったん国の問題を解決するって方向でいいな?」
「仕方ない。そうしよう」
さて、とあたしはお茶を口にしながら考える。
教会に戻ること、そのものはシンプルに簡単だ。
若返っているのをいいことに、あたしが『偶然たまたま聖女異能に目覚めましたシャルテちゃんです!』と、全く別人のふりをして正面から乗り込めばいいのだ。
「だが教会にはあたしを殺した勢力が乗り込んでいる。神様でさえ気づけなかった相手だ」
「面目ない」
「いいって。……それにあたしの父さんを手にかけたかもしれない教会の言いなりになるのはごめんだからな」
実家のあった空き地の焼けこげた土を思い出す。怒りで頭が真っ赤になりそうなのを深呼吸で宥め、あたしは思考を続ける。
「そもそも自分より目立ちそうな幼女を、ルルミヤは放っておかない。あいつはすぐに締め殺しに来るだろうな」
「俺が先に」
「殺すなよ? ……なんにせよ、あたしを守ってくれる後ろ盾が必要だ。教会もルルミヤもおいそれと手を出せない後ろ盾……」
王族はどうだ。王族は教会と宰相・ルルミヤ父娘に対抗する力には協力を惜しまないだろう。しかし王族を後ろ盾とするには、一介のシャルテとして王族への接触がそもそも難しい。
神様に頭を撫でられながら、あたしは思考する。
外もいつしか真っ暗闇となり、背中を寄せている神様だけがじんわりとあたたかくて心地よい。
「……神様、あったかくしないで、寝ちゃいそう」
「寝たほうがいい。シャーレーンはあくまで今は子供だ。眠らないと体に障る」
「神様にしちゃ正論じゃねえか。……ふあ……そうだな……寝るか」
神様はベッドに寝そべると、いつものようにあたしに腕枕して抱きしめてくれた。額にキスを落とすと、子供にやる手つきであたしをぽんぽんと寝かしつけてくれる。
瞼が重くなる。あたしは尋ねた。
「神様いつ……こんな寝かしつけかた覚えたんだ……?」
「露店で仕事中に見た。疲れた子供をベンチで寝かせてやる親がこうして子供を叩いていた」
「……はは。神様は父さんがわりかよ……ありがとな……きもち……い…………」
気持ちがほろほろとほぐれ、あたしは心地よく眠りに落ちていく。
そして眠りに落ちていると名案がよぎりやすいもので。
(親……そうか…………親が、いた…………)
◇◇◇
シャーレーンが己の魂の秘密について知った一方。
ルルミヤは聖女審議会に召還されていた。シャーレーンが糾弾され筆頭聖女を解任された、いわば断罪の場だ。
磨き上げられたマホガニー造りの重厚な議場の中心にルルミヤは立っていた。
彼女を見下ろす位置にはそれぞれ、大神官と大神官派、神官ルルミヤ派、そしてルルミヤの父であり宰相のホースウッド公爵と関係者が顔を揃えている。
審議会の意見を取りまとめ、公平な判決を下すため、判決神官も十名、所定の席に並んでいる。
厳粛な儀礼を済ませたのち、大神官マウリシオはルルミヤを見下ろし告げた。
「大神官の名において、筆頭聖女ルルミヤ・ホースウッドの解任を求める」
堂々と筆頭聖女の装束を纏ったルルミヤは身動ぎもせず、壇上で背筋を伸ばして立っていた。
ーー己以外の誰が、筆頭聖女になれようか。そんな絶対的な自信と余裕と気概を、その甘い桃色の双眸にこめて。
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