第16話 幼女な聖女、近場で過ごす?遠くに逃げる?

 ーーこれからどうするか。

 高級ホテルに泊まった夜、あたしは神様と今後について話し合った。


 聖女として教会に戻るのはもってのほか。

 国外に出るのは論外。かといって無銭飲食高級ホテル暮らしも気兼ねする。

 筆頭聖女あたしがいなくなった後、影響がどれほど国に及ぶのかも気になる。

 いくら無理矢理させられていた筆頭聖女職とはいえ、現状あたしは半端な仕事をして放り投げた無責任な状態だ。尻拭いはできなくても、結果から目を逸らすのも、どうにも落ち着かないし。


「それに……あたしを殺そうとした連中のこともある」


 神様が言うには、あたしを殺そうとした聖女護衛騎士(メイデンオーダー)の連中は、国内で生まれた人間の命の匂いがしなかったという。


「シャーレーンを殺させるわけがない。俺が感知できる、国内で生まれた魂に」

「そ、そうだよな……」


 んじゃあ国外のやつか? という線も厳しい。聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)はそもそも国内の身元が正しい健康な貴族男子しか就職できない職業だ。連中の身元を探りたかったが、教会から離れた今、迂闊に接触できなかった。


「シャーレーン。気になることがある。俺は彼らを殺したんだが」

「はっきり言うなよ」


 ゾッとするあたしの隣で、神様が手のひらを見つめながら呟く。


「人間の命の感覚がしなかった」

「なんだって」

「彼らの魂はもしかして、すでに……そして中に入っていたのは……」

「……入っていたのは?」

「まだ特定できない。色々考えられる。他国の干渉かもしれないし、仕掛けられた魔道具や魔術の可能性も否定できない。心を食らう魔物が潜んでいた可能性もある。……情報が必要だ」

「そうか」


 神様は珍しく、険しい顔をして黙り込む。神様にもわからないのなら、ただの派手な暗殺とは話が別だ。


「神様。しばらく街に潜伏して情報を集めよう。……誰が狙ってきたのかわかんないと、あたしも落ち着かねえし、今後の身の振り方としてはありだと思う」

「……すまない。すぐに解決できなくて」

「話はシンプルにいかねえもんさ。その代わりわかることがあればちゃんとあたしにも共有してくれ。悩むなら一緒だ」

「ああ。妻には余計な隠し立てはしない」


 神様はあたしの手を取ると、塗りつぶしたような漆黒の瞳でこちらを真剣に見つめながら言った。


「……シャーレーンには、もう指一本触れさせない。……何を犠牲にしても、俺が必ず守る」



◇◇◇


 そんなこんなで、墓参りから一ヶ月。

 あたしと神様はマケイドにて、しばらく流しの占い師として店を構えることにした。マケイドは鉱山も近く陸路と海路に通じた賑やかな港街。流れ者や新参でも柔軟に受け入れてくれる土地で、商工会が出してくれる営業許可証さえあれば誰でも露店を開ける。


 あたしたちが許可を得たのは、マケイドの市街地、その中心部を中洲にして左右に流れる運河沿い開かれた露店街の一角だった。

 ……営業許可証はどうしたかって? それはまあ……多少は神様のを頼って、ね。


 ーーあたしたちの朝は、行商人向けの宿屋(ゲストハウス)のベッドで、神様の腕から這い出すところから始まる。顔を洗って服を着替えて、女将さんから朝食のパンとミルクを受け取ったところで、ベッドでぼんやりする神様の隣で朝食をとる。元が変温動物だからか、神様は寝ていないのに朝は妙に動きが鈍い。


 ちなみに神様はカインズという名前で登録した。

 本当の名前はカヤだけど、それは書きたくないと言われた。

「名前を呼ばれると、くすぐったい感じがする。シャーレーンに呼ばれるのは気持ちいいけれど、他の人間は嫌だ」

 だ、そうで。


「神様。悪い、エプロンのリボン結んでくれないか?」


 あたしは古着屋で新調したワンピースの上からエプロンをかけたまま、神様に背中を向けた。装いは活動的な膝丈のワンピースを着て、汚れても洗いやすいフリルがいっぱいのエプロンをつけている。

 リボンを丁寧に結んでくれながら、神様がつぶやいた。


「前の服も可愛かったが、今のも愛らしい」

「あの派手な格好で仕事はできなかったしな。こっちの方があたしも気楽だよ」

「……可愛い」

「おいこら、腰抱き寄せんな。ハグすんな猫にするみてえに吸うな。そういうことしてる場合じゃないだろ」


 そんなこんなで夜明けと同時に宿を出て、運河沿いに借りていたテントに向かう。テントを組み立て掃除して準備をして、行商人仲間と雑談しながら連絡事項の共有をすませ、なかなかに忙しい。

 そうこうしているうちに太陽はすっかり昇り、開店時間になる。


 、占い師役は神様、あたしは雑用担当だ。


「あの……よろしいですか?」


 黒いローブを被った神様が骨董市で手に入れたガラス玉を前に座っていると、客がふらりと引き寄せられてやってくる。今日は若い女だ。

 代金を受け取ったあたしは後ろの衝立の裏に座り、客の言葉が聞こえる場所で待機する。

 椅子に座った女はさっそく身の上話を始める。ひっくり返した砂時計が終わるまでが、1回あたりの鑑定時間だ。


 真剣な顔をして話に耳を傾ける神様に、女は夢中になって悩みを吐露する。

 神様は勝手に喋らせると、

「仕事先の人間が嫌い? いかなければいいのでは」

「好きな人がいる? なぜ告白しない? 人間の繁殖期は短いだろう?」

 など、人類には早すぎることをアドバイスしだすので黙っていてもらっている。


 今日の女は職場のトラブルに悩んでいるようだ。指先の分厚さや身なり、言葉選びからして酒場のホールガールとみて間違いないだろう。男関係ではなく女同士のいがみ合いのようだ。ならば、指名量での揉め事か。

 お茶を出すふりをしてさりげなく彼女を詳しく観察した上で、あたしは裏に回って神様に念じた。

 

(神様、『辛かっただろう。だが売り上げがもっと上がるから、悩みも解決に向かうようだ』って言ってやってくれ。できるだけ優しく、笑顔で目を見て、な)

(わかった)


 神様があたしの言ったことを一言一句そのまま伝えると、女は目を見開く。


「どうしてわかるのですか? そうなんです、最近売り上げが上がり始めてから面倒になってきて……」


 その続きも神様の口を介して答えてやる。女は涙ぐみながらうんうんと頷いて聞いてくれている。占い師じゃなくとも、相手の話と見た目を真面目に分析すれば、納得してもらえる鑑定結果は導き出せる。筆頭聖女時代に懺悔室でやっていた仕事と同じだーー元気が出て、前向きになってもらうのが一番だ。


「よかった、やっぱり私のやり方が間違ってないんですね! ……ああ、体も軽くなってきたわ。このハーブティも美味しいし」


 あたしは裏から出てきてニコッと笑う。


「おいしいですか? えへへ、うれしいです」

「まあ可愛い看板娘ちゃん あなたが入れてくれたの?」

「はい。占いを受けてくださったかたに、ティーパック一袋からお安くお譲りしているんです。今日の鑑定のお守りがわりによかったらいかがですか?」

「ふふ。癒されたし、せっかくだからお守りに買っていこうかしら」

「ありがとうございます!」


 女は足取り軽く去っていく。

 茶葉の袋にはここで営業している日程も書いてあるので、また悩んだらきてくれるはずだ。お茶だけを買いに来てくれても嬉しい。


「俺も茶がほしい」

「ん? 飲めるのか神様」

「シャーレーンの淹れたお茶なら口にしたい」

「お、おう……」


 あたしはお茶を淹れる。神様はありがたがるようにして丁寧に飲んでくれた。


「おい兄ちゃん。占いやってるかい」


 休む暇もそこそこに、次は商売人らしいおじさんがやってくる。

 そんなこんなで働いていると、昼下がりにはそれなりの稼ぎになった。


 1日の売り上げから契約金を渡して、そして宿へと向かう。


「もっといい宿もあるのに」

 

 公衆霊泉で湯浴みを済ませたあたしを狭いベッドで抱き寄せながら、神様がぼやく。

 あたしは神様の胸板に顔を寄せながら目を閉じた。


「あまりいい宿にいると目立つよ。こういうところなら、子連れの胡散臭い男がいても目立たないし」

「子連れじゃない、妻だ」

「……やばい駆け落ちだと思われて、通報されても面倒だろ」


 こんな話をしながら眠り、そしてまた朝になると、商売に出る。

 ささやかながら平穏な暮らしは、あたしにとって贅沢な自由だった。

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