第13話 神様の隠しごと

 歓楽街からマケイドの市街地に戻り、あたしたちはそこの真っ当なホテルに宿泊した。

 案の定神様を前にするとフロントは言いなりになって鍵を出し、最上級の部屋に泊めてくれる。


「ここまでの贅沢、ただで受けていいのかよ……」

「なに、すぐ慣れる」

「慣れたら人間として終わる気がするぜ。ってか、もっとランクの低い宿にできないのか?」

「……しようと思ったらできるかもしれないが、うまく加減ができない」

「何の加減だよ」

「こう……神の……力」


 手をわきわきしながら答える神様。ダーリンはどうも、説明が大雑把なところがある。

 とにかく、今日は神様の力に甘えることにするしかないーーどうかこの宿泊費分の祝福がしっかりホテルに入るように祈りながら。


「すっかり体も汚れちまった。汗流すか」


 バスルームを開くと、街に湧き出る霊泉から引かれた湯が既に張られていた。薔薇の花まで浮かべられていて、むせかえるような花の匂いにうっと眩暈を覚える。


「……贅沢がすぎる……」


 呟いて、あたしはドレスの襟のリボンを引き抜き、結った髪のリボンを解く。

 後ろに神様がついてきた気配がして、あたしは服を脱ぐ手を止めた。


「神様、風呂入るから出てくれよ」

「なぜ」

「なぜ、って……うわーー!!!!!」


 振り返ったあたしは可愛げのない悲鳴をあげた。神様がいつの間にか全裸で突っ立っていたからだ。

 細身でありながら均整の取れた体は見事なくらい美しくて、足も驚くほど長くて、まさに神の肉体といった様相だけれど。綺麗だからってそういう問題じゃない。


「裸はやめて! 見、……見せるなッッ!」

「蛇の時は全裸だったが」

「それとこれとは違うッ!! こっちの受け取り方が!」

「シャーレーンも早く脱いでほしい。服が濡れる」

「ぎゃっ!? ぬ、脱がせるな、ばかっ!!!」


 手を振り払うと、神様は傷ついた顔をしてくる。

 

「……俺は夫なのに? これまでも一緒に水浴びしていたのに」

「う」


 じっとりとした瞳で、こちらをみる神様。この目で見られるのにあたしは弱い。


「ま、前は神様、姿を見せなかっただろ! 見えない神様の前で全裸になるのは別だよ! つ、つーかこんなふうに本当に神様がいるなら脱がなかったし……」

「……」

「ごめんちょっと強く言いすぎた、その、……その顔やめて怖い」


 すったもんだの末、あたしが一旦体を洗ったあと、タオルで体を包んだ状態で、さらに泡風呂で体が見えないようにして入った。一緒に水浴びをする仲だったのにどうして今更別れて入る? と、あまりにしつこく壁に追い詰めてきたから、仕方なく、だ。


「落ち着かない……」

「俺は嬉しい。こうして一緒にまた霊泉を共にしたかったから」

「そ、そう……」


 広い浴槽だから肌が触れ合わなくて助かる。

 足を伸ばして天井を見上げ、あたしはふう、と肩の力を抜く。

 この国は神様の加護として、国のあちこちから温かな霊泉が湧き出ている。教会の聖堂から湧き出る霊泉は、すべての霊泉の大元と言われている(道中で神様に確認をとったけれど、この教義は正しいようだ)。

 初代筆頭聖女と神様が契約したことで、国は他国の脅威から守られ、霊泉が溢れる豊かな土地となっているらしい。


「なぜそんなに離れる?」

「そりゃ、さすがに妻とは言っても、子供(ガキ)の体であんたにくっつくわけには行かないだろ」

「気にしないが」

「こっちが気にすんだよ!!」


 叫んだところで、あたしはふと思い出す。


「そういや、この体について聞いてなかったな。あたしはこれからどうなるんだ?」

「これから、とは?」

「子供(ガキ)からもう一度年齢を重ねることになるのか? それとも、どっかのタイミングで元の年齢の姿に戻ったりするのか?」

「…………それは…………」


 あたしの質問に、神様は少し考える間をあけて答えた。


「戻ると言えば戻るし……戻らないと言えば、戻らない」

「どういうことだよ」

「…………」


 神様は珍しく、口を閉ざす。隠しているというよりも、どう説明すれば良いのか、と思いあぐねている感じだった。再び考え込んだのち、神様はあたしを見て尋ねた。


「……シャーレーンは、

「え」


 あたしの反応に表情をほんのすこし翳らせると、神様は湯に目を落として話を続ける。


「……戻る方法はある。聖堂の霊泉の吹き出し口に刺さった初代聖女の聖遺物をシャーレーンが引き継ぎ、魔力を発動すれば戻る。しなかった場合は、年齢を重ねるしかない」

「そうか」

「今のところでは……そうとしか言えない」


 神様はそれきり目を逸らして黙り込んでしまった。

 あたしはその横顔を見ながら思う。


 神様は、あたしに出会った時から時々、妙に寂しい眼差しをあたしに向けてくる。

 なんでも率直に口に出す神様なのに、隠そうとしているのが不思議だった。

 あたしにとって都合が悪いことなのだろうか?

 あたしが元の姿に戻るための条件と、神様が隠している何かが関係しているっぽいけれど、神様はそれを今は、言いたくないようだった。

 沈黙が続く。あたしは、神様の顔を覗き込んだ。


「……ねえ、神様。あんたあたしに隠し事あるだろ?」

「………………」

「黙ってるのが答えだな」


 目を逸らす神様に、あたしは思わず笑ってしまう。


「さすがだな、『夫は嘘をつかない』を守り通してくれて」


 湯に顔を半分沈めた神様にあたしは言った。


「いいよ、言いたくないことは今は言わなくて。……言いたいタイミングが来たら教えてよ」

「シャーレーン……」

「……神様が、あたしに不都合なことを隠すなんて、思えないからさ。あたしは信じてるよ。あたしのダンナサマをね」

「シャーレーンはずるい」

「何がだよ」


 神様の耳が赤い気がする。変温だから湯のせいだろうか。神様が湯に半分沈んだまま、半眼でじっとあたしを睨むような目で見た。


「俺は人間の理(ことわり)はわかっている。シャーレーンが嫌がることはしたくないと思っている」

「はあ」

「今のあなたに性交を求めるつもりはないのに、そんな愛しいことを言われては困る」

「ッ!?!?!??!?! ゴホッ、ごほごほゴホッ!!」

「シャーレーン、泡を吸い込むとむせる」

「だ、抱き上げるなぁ……!!」


 大きな浴槽で溺死しかけたあたしを掬い上げた神様は、あろうことかあたしを膝の上に座らせた。もうだめだ。八歳の子供と成人男性。社会的になにもかも終わっている。あたしの貞節も終わった。


「お嫁に行けない」


 両手で顔を覆い呟くあたしに、神様はじとっとした顔で不平を言う。


「俺以外の男(オス)の嫁(つがい)になる気か?」

「ならねえよ言葉のあやだよ。でも頼むそれ以上やめて生きていけない」

「わかっている、俺はシャーレーンの嫌がることはしない」

「じゃあ風呂を上がらせてくれダーリン、あたしはもう限界だ」


 逃げるように風呂をでて、あたしは体を拭く。

 ふう、と息を吐いたところで、音もなくまた隣に神様がいた。


「ぎゃー!!!」

「風邪をひく、髪を乾かすのを手伝う」


 神様が髪を手櫛で梳くと、濡れ髪がすぐにふわふわのさらさらに乾く。


「ありがたいけど、服着るまで待ってろよ」

「なぜ気にする」

「気にするに決まってんだろッ!!! さっきみたいなこと言われたら余計にッ!!!」


 あたしはタオルを神様の顔に押し付けると、服を掴んでさっさと脱衣所を出て寝室に鍵をかけて服を着る。


「すまない、怖がらせてしまった」


 足元についてきた蛇が神様の声で謝罪する。


「すまないと思ってるなら!!! 着替えてるところに入ってくんなッ!!!!!」


 そんなこんなで騒いでいるうちに、あっという間に夜がふけていく。

 神様と一緒にベッドで寝そべり(別れて寝ると言ったらいつもの顔になったので、もう疲れて抵抗はやめた)あたしは天井を見上げながら考えた。


 さて、これからどうしようか。



◇◇◇


ーーその頃、教会ではルルミヤが早速教会を自分に都合の良いものに作り変えようとしていた。

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