第11話 追討者と疑念
「やめろ、殺すな」
あたしの制止に、神様も蛇もぴたりと動きを止める。足元から生えてきた白蛇たちも、一様にこちらを金の双眸でじっと見る。
「なぜ止める」
本当に殺すつもりだったのだと、あたしは背筋が震えるのを感じた。
「人を殺すのはやめてくれ、なるべく。……あたしが寝覚め悪いんだ、頼むよ」
「シャーレーンがそう言うのなら」
不満げではあるもの、神様は大人しく蛇を引き下げる。
「だがシャーレーンに危害を加えたら、容赦しない」
「わかったよ、あんたに殺させないからさ」
「……」
「そんな顔するなよ神様。あんたは邪神じゃなくてカミサマなんだろ」
あたしは身支度をすませて一階まで降り、彼らが何をしているのか聞き耳をたてる。玄関ホールで、彼らは店主に詰め寄っている様子だった。
「だ、だからあ、同伴なしで一人で身売りに来るような娘がいたら、絶対覚えてますって」
「隠しても無駄だぞ。売り物になるからと、出し渋ってるわけじゃあるまいな?」
「女ひとりのために、店やら命やらを懸けるわけないでしょうが、あんたら何言ってるんですか」
聞き耳を立てながら考える。
どうやら教会は、あたしが神様といることと、8歳の姿になっていることは知らないらしい。
まあそりゃそうだ。神様が人間の男の姿になって実体化できるなんて、大神官でさえ知らないはずだ。
(教会はシャーレーンを探している……。ということは、あたしが生きている可能性を疑っている?)
あたしを殺そうとしたのは、聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)だった。
しかし急にあたしは引っかかるものを覚えたーー聖女寮で派手にあたしを殺したならば、聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)が真っ先に疑われるのは明白だ。あんなところで殺す
(追放した後、その辺の暴漢に殺されただの、暗殺されただの、適当な理由をつけて処分した方が、聖女護衛騎士団(メイデンオーダー)にとっても都合がいいはずなのに……
「押し入るぞ! いいな!?」
「や、やめてください! お得意さんもまだ寝てる時間なんですから!」
騎士と店主の問答はいよいよヒートアップしてきた。
考えるのは後だ。今はとにかく、店主を何とかしてやらねえと。
「神様。あたし、ちょっと出てくるわ。これじゃ埒があかねえし、店を壊されちゃあ寝覚めが悪い」
神様は黒々とした瞳を瞬かせる。
「殺せばすぐに終わるが」
「終わらせんなばか」
「記憶を消すこともできる」
「……それ系は最終手段にしとこうぜ。こいつらが教会に戻った時、話の整合性がつかないと怪しまれる」
「やっぱり全部殺せばいいのでは」
「人外目線の解決法は刺激的すぎんだよ。殺すのは最終手段でいいだろ? なるべくあたしは、自分のことで人が死ぬのは嫌なんだ」
「あなたは
神様の瞳が金色になる。本能的な恐怖が背筋を走る。
あたしは強がるように目を眇めて笑いかけ、神様の腰あたりをぽんと叩いた。
「今はカッカするときじゃないぜ? ダーリン」
「……」
「まあ、うまくやるからさ」
あたしは神様の背中をぽんと叩くと、そろりと顔をだした。
私を見て、店主がウワッという顔をする。
「こ、このガキ、どこから入ってきやがったんだ!?」
「……あの……もしかして
上目遣いで幼女の可愛さと媚を振り撒いた怯え顔を作り、恐る恐るといった様子で、一歩一歩踏み出す。
突然の幼女に毒気を抜かれ、困惑した顔で騎士は固まっている。
「ふえ……」
あたしは涙をぽろりと溢す。
一度堰を切ったら後は楽勝だ。顔を覆って、肩を振るわせて(でも声ははっきり聞き取りやすいように意識しながら)泣きじゃくって見せた。
「ごめんなさい。わたし、娼婦に売りに出されたんだけど、連れていた借金取りさんがいなくなっちゃって……迷子になってたら、ここに……ごめんなさい。ごめんなさい。ぶたないで……」
あたしは顔をおおって、涙をぽろぽろとこぼす。支離滅裂でも理屈が通ってなくてもなんでもいい。はぐれた少女が泣いているって事実さえあれば。
騎士たちは顔を見合わせる。
「……捜索者は幾つの女だったか」
「18歳。金髪は該当しているが……巻き毛とは聞いていないし、それに幼すぎる」
「ふえええ」
「ご、ごほん。あー、えっと」
案の定、騎士は咳払いしてあたしに上から話しかけた。
「……君の名前は。年は幾つだ?」
「シャルテ。年は7歳。多分……わからないの。……怒らないで……」
シャルテの名は、あたしが筆頭聖女に就任してから人気になった名前の一つ。街中で石を投げれば1人くらいは当たるし、子供だけの場所で呼ぼうものなら数人反応するようなメジャーな名前だ。
あたしを前に、ヒソヒソと騎士が話し合う。
結局シャーレーンとは全く年も違うものだし、髪の毛のくりくりの巻き毛も印象が違うから、別人ということで娼館を去っていった。
ほっと息を吐いた店主が、あたしを振り返って怒鳴る。
「お前、忍び込みやがったせいで危なかったじゃねえか」
あたしにつかみかかる前に、間に神様が割って入る。
神様が店主を睨むと、彼はバタンと大きな音を立てて倒れた。
「……神様、ここを出よう。面倒が起こる前に」
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