第3話 育ちの悪いハリボテ聖女が聖女になるまで
「おめでとう! 君は聖女なんですよ! もうこんな辛い人生送らなくていいんです!」
「はい! 今日からは聖女として幸せになりましょうね!」
「……は?」
「さ、ついておいで!」
攫われた日のことを覚えている。
よく晴れた日のお昼、歓楽街で父の薬屋の店先に座り込んで、薬草をすり潰す手伝いをしていた時のことだ。
8歳だったあたしに、にこにこと綺麗な服を着た神官たちが近づいてきたのだ。手を差し伸べられ、あたしは反射的に身を引いた。
その態度に舌打ちをした神官たちは従者に命じ、あたしを担がせて馬車に押し込んだ。
「えっ……な、に?! 人さらい!? ちょっと! 父さん! 父さん!」
「暴れるな、目立つだろ!」
「っ……バカ、顔はましなんだから殴るな、急ぐぞ!」
そのままあたしは攫われた。
母を弔ったばかりで消沈していた父を一人ぼっちにしたくなかったあたしは、馬車の中で暴れ、殴られても噛み付いて、窓を突き破って飛び出し、傷だらけになりながら家に帰った。
すでに馬車で遠くまで運ばれていたので、家に帰るのに丸一日走り続けて帰った。そこであたしが見たのはお金を受け取る父の姿だった。
父は泣き腫らした目をしていた。あたしと同じ、ひよこみたいな金髪にオレンジの瞳の父。
薬師らしくない、派手で勇ましい態度が自慢の父だったのに。
こんなに憔悴した父を見るのは初めてだった。
「シャーレーン……? 教会に行ったんじゃ……」
「父さん……あたし離れたくない……」
しがみつくあたしに父は震えた声で言う。
「行け、シャーレーン。ここにいては幸せになれない。母さんみてえな死に方はさせたくないんだ」
「嫌だ、離れたくない、あたしは……!」
「いいから行くんだ! 聞き分けろ!!!」
初めて聞く父の怒声。
神官たちが、これみよがしに眉を顰めた。
「聖女に怒鳴るなど……教会で引き取らせてもらう」
「さっさと連れて行け! 俺はもうガキのお守りなんざ、うんざりなんだ」
「っ……」
父は荒っぽくそう言うと、あたしを引き剥がして神官に引き渡す。神官はあたしを無理やり抱え上げ、声ばかりの猫撫で声でご機嫌とりをした。
「可哀想に。教会では甘いお菓子を食べさせてやろう」
「綺麗なドレスもたくさんあるよ。女の子は可愛いドレスが大好きだろう?」
「やめろよ、あたし、カワイソウなんかじゃない。ドレスなんかより父さんといたい……やめて、離して、いや、いや……!」
馬車に押し込まれ、あたしは手足を魔術で縛られる。
「ちっ……こんな薄汚いメスガキ、筆頭聖女候補じゃなければ殴ってるのに」
「はは、お前は調教係から外されるだろうな。手加減ってもんを知らないから」
頭を小突きながら、神官たちは恐ろしい事を言う。車窓から振り返れば、父が店から飛び出し、駆け出し、ころび、嗚咽を漏らしていた。父がわざと厳しい態度を取ったのだと、幼いあたしでもわかった。
父は……優しい人だった。
「……う……父さん……」
「泣くな、汚ねえな」
神官たちは吐き捨てるように言った。
そのまま、あたしは『異世界からやってきた聖女』として祭り上げられるようになった。
◇◇◇
攫われて最初に連れて行かれたのは、大神官マウリシオの前だった。
大神官はあたしを見下ろして言った。
「お前は異世界から召喚された聖女シャーレーン。娼婦の母を忘れろ、闇薬師の父を忘れろ。異世界から我々が助け出した聖女だ。感謝して過ごせ」
聖女教育の日々は、それまでの人生全てを否定する日々だった。
まるで洗脳するように、綺麗な服を着せられて、ちやほやとされて毎日繰り返し、「異世界から来た聖女」として扱われ続けた。彼らは皆、あたしの本当の出自を知らないようだった。
一方、あたしを攫った人々はなぜかその後永遠に姿を見せなかった。
ゾッとした。
あたしは父を守るために、全てを忘れて「異世界から来た無垢な聖女」の振りをした。望まれるままに育ちの悪い所作全てを徹底的に改め、マナーを叩き込み、仕草の一つから寝る時まで、隙がないように「異世界から来た聖女」を演じ切った。
異世界から来たという設定は便利なもので、あたしがどれだけ世間知らずでも、学がなくても、あたしが下賤の女と知らない神官たちは優しくとことん教えてくれた。
聖女としての毎日は、過酷な修行と奉仕活動に耐えさえすれば、清潔な衣食住に満たされていた。
けれどあの優しいざらついた声をした父はいない。両親とあたしの三人で、一つのベッドでぎゅっとくっついて寝た、あのベッドに父が今たった一人で寝ているのだと思うと、泣いて叫びだしそうになった。
ーー聖女として成り上がれば、残された父の暮らしもきっと楽になる。
ーー聖女としての働きは、きっと遠くで父も見てくれている。
ーー父を安心させたい。それがあたしのお勤めなんだ。
苦しい夜を何度も乗り越えたのち、あたしはいつしかそう、割り切れるようになった。
14歳で、あたしは最年少の筆頭聖女になった。
生まれつきの聖女異能の強さと、必死の修行の成果だった。四肢を繋ぐことはもちろん、失った体の一部を蘇らせることも、瀕死の病人を全快させることもできる。神によく愛されているからだと、教会の高位神官たちは絶賛した。
あたしは教会の都合のいい傀儡として見事に役目を果たした。異能で人々を癒し、聖女らしい容姿でイメージ作りをして。それでいて筆頭聖女としての強みを生かして、民への奉仕活動の改善をしたりヒラ聖女の労働環境を改善したり、結構頑張った。父さんがそういう交渉ごと、得意だったからあたしも似たんだろう。『聖女』の演技力も、売れっ子娼婦だった亡き母譲りなのかもしれない。
自分で言うのもなんだけど、それなりに「美しい聖女様」をやれていたと思う。
そんなあたしは王太子と婚約することになった。
教会と王族が繋がるための政略結婚だった。
この国の権力は三つに分けられている。
あたしを捕らえた、大神官を頂点とする教会勢力。
宰相を頂点とする貴族議会勢力。
そしてーー最も勢力が弱い、王族勢力。
王妃に権力はない、ただのお飾りだ。経歴がまっさらな
そして王太子もまた、先王政治を目論む現国王にとって都合の良い傀儡だった。
人形同士の結婚。
それもまた、父が喜ぶのなら良いと思っていた。
ーーけれどあたしの健闘はここまで。
宰相ホースウッド公爵の妾腹の娘、ルルミヤが聖女異能に目覚め教会に入ったのだ。普通の令嬢なら聖女異能に目覚めても、献金で教会入りの免除を買う。聖女など筆頭聖女に成り上がらない限り、貴族令嬢にとっては労働は苦役でしかないからだ。
彼女は妾腹だからこそ送りこまれた女だった。
彼女の聖女異能は弱かったし、修行もろくにしていない。
『治癒なんて下々の生まれの者がやるものよ』
そんなスタンスの女だった。
彼女は父親のバックアップを大いに利用して、あっという間に次席聖女に上り詰め、王太子に接触。世間知らずで温室育ちの王太子に、あたしの素性と疑惑を吹き込んだというわけだ。
教会と議会、王族。
三すくみの関係はこれからどうなるのだろうか?
宰相と王族が繋がるとなれば、教会は対抗するため新たな策を講じる必要がある。
まあ、もうあたしには、関係のない話だけど。
(痛いのもだんだん消えてきたな。あたしももう、このまま死ぬのかな)
(……あっけない人生だったな。まあ、いいか。父さんが元気なら、それで……でも、もう一度会いたかった、かも)
(……そういや、最後にあたしを助けてくれた男の人、あれは誰だ?)
(……あたしが死んだら寝覚め悪いだろうな。はは、悪いな、あたしはもう……)
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