第18話 転移魔法陣

 ハランドの街、市場近のくカルカンホテルの裏、バレント通りに3階建ての家をアキュラの為に用意した。


 1階は貸店舗、2,3階が住居になった物で左右の家が中央の階段を挟んで建っている。

 その左側2階6室を用意、アキュラ一人で住まうには広すぎるが、向かいの家に護衛兼警備の者を潜ませる予定になっている。

 一部屋をポーション造りの為の作業机や椅子を入れ、残りの部屋に家具などを配置してアキュラの帰りを待つ。


 待ちわびジリジリとした日々を送る事一月半、街の出入りを警備する衛兵がアキュラの帰還を知らせてきた。

 暫くして警備隊の馬車に送られて帰って来たアキュラは、ホーガンに迎えられてネイセン伯爵の執務室に直行した。


 「帰って来た早々で悪いが、伝えておかねばならない事が出来た」


 「王家ですか?」


 「王家もだが、王家に献上した翌日には、多くの貴族や豪商達に高品位ポーションの事が知れ渡っていたのだよ」


 「此の国って大丈夫ですか」


 「陛下も話が漏れるのが早すぎるとお怒りで、徹底的な調査をすると言っておられる。問題はそれに関してだが、王家も各貴族や豪商達も高品位ポーションを巡って収集がつかないのだ。結果として、各自が君と直接取引をする事になったのだ。君には悪いが、当家としては何も手伝ってやれない。然し、何が起ころうとも当家も王家も一切関知しない事で合意した」


 「王家もポーションを寄越せと言っているんでしょう」


 「だが貴族達を好きに泳がせてから動くと思うね。彼等をどの様に扱おうとも、君が罪に問われる事は無いと合意しているので、好きにしてくれ。当初の約束通り当家はポーションの取引にのみ君と関わる。約束通り家も用意した、残るも去るも君の自由だ。但し、逃げ出せばこの先死ぬまで追い回される事になると思うね」


 「それって、嫌な奴等は叩き潰せって言ってるのと同じですよ」


 伯爵様がニヤリと笑っている。


 「因みに王家の交渉人と護衛を含め、私が断り切れない公爵家2家,侯爵家4家,伯爵家11家の交渉人と、護衛という名の脅迫者が此のフランドル領ハランドの街に集う事になった」


 「一帯どれ位の人数になるんですか?」


 「王家で50~60人程度じゃないかな、貴族達は30~40人ぐらいかな」


 「35人×17貴族で595人、王家が50人として645人ですか。この街に収まりきらないでしょう。お片付け大変ですよ」


 伯爵様肩を竦めて、ホーガンにグラスと酒を用意させている。

 俺の前にもグラスが置かれたので遠慮無く頂く。


 「この街で死人の山を築いたら生活し辛くなるので、私が王都に出向きますよ。問題の貴族の名前と爵位の一覧を貰えませんか、各個撃破すればお片付けは当人にやらせる事も出来るし」


 伯爵様が〈ブーッ〉と酒を吹き出して噎せてますがな。

 伯爵様に高位貴族から順に名簿を作って貰い、王都の貴族街の写しと名簿の家に印をつけて貰う。


 ホーガンに命じて、俺が王都に行き希望者の屋敷を訪ねるので、アキュラと名乗る冒険者が訪れたら無条件で招き入れる様にと手配してくれた。

 伯爵様も結構鬱憤がたまっていたのか、ニヤニヤしながら私が君を王都に送っていくよと言ってくれる。


 俺に関わらないんじゃないのかと問えば、状況が変われば関わりも変わるさと投げやり気味の返答。

 それでもホーガンに宰相への状況変更と、俺を王都に送り届けるとの連絡をさせている。


 ホーガンがワゴンに乗せた革袋を持ってくる。

 エリクサー紛いの怪我の回復ポーションと病気回復ポーションは、少なく見積もっても金貨300枚、高品位な怪我の回復ポーションは最低でも1本金貨20枚は下らないと言われ、革袋6個を渡された。


 前払いの100枚を含めて金貨700枚、懐に10枚程有るので710枚の金貨が手に入った事になる。

 以後のポーション代金は、冒険者ギルドの口座に振り込んで貰う事にした。

 金が有っても使い道が無いし、一々受け取るのも面倒だ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 用意されていた家に移り一週間程過ごした後、伯爵様に連れられて王都に向かう事になった。

 迎えに来た伯爵様の馬車に同乗し、王都に向かうぞと言われて〈へっ〉と声が出た。

 少数の護衛しか居ないし旅支度はと?マークが浮かぶが、転移魔法陣を使うので旅支度は必要無いと言われてビックリ。


 ギルドカードと言い、変なところでハイテクな魔法の世界。

 各領主の住まう街と王都に転移魔法陣があり、周辺の街に行くより王都や各地の領主の所に行く方が早いとはね。

 この転移魔法陣は国内専用、他国へは王都から王都への転移魔法陣が有るだけの様だ。

 因みに此の大陸にはエメンタイル王国を含め7カ国が存在するそうで、小競り合いは有るものの一応平和を保っているそうだ。

 全体の配置図は七曜紋を少し傾けた感じで、北に2ヶ国が並び東西と中央に3カ国が並ぶ。

 南に2カ国が横に並んでいて、各国間は大森林や渓谷と山で区切られていると教えてくれた。


 〔サランドル王国〕    〔クリルローン王国〕

〔アリューシュ神教国〕〔マラインド王国〕〔エメンタイル王国〕

  〔ブルマズ王国〕    〔スリナガン王国〕


 つまりエメンタイル王国は東の国で、西の森の奥深くにマラインド王国が有る事になる。

 もっとも森を突っ切って行こうとすれば大森林に加え山と谷を幾つも超えなければならないので、国家間の転移魔法陣を使って移動するそうだ。

 国内の街や村の間も殆どが草原や森になっていたり谷や山を迂回する為に時間が掛かると言われた。


 転移魔法陣の設置された場所は伯爵邸の直ぐ近くだが、内部に向かって警戒が厳重な砦の様な作りになっている。

 伯爵様曰く、転移魔法陣が出来た当初は時々不仲な他領に攻め込む貴族もいたが、最近はそれも無いと笑っていた。

 確かに貴族同士の争いで抗争になった時に、転移魔法陣を利用すれば他領に攻め込むのは簡単なので、こういった作りになるのかと感心した。


 ・・・・・・


 転移魔法陣、お一人様片道金貨6枚で最大8人の転移が可能との事。

 此れとは別に通信用の小型の転移魔法陣が各街に存在し通信筒1本銀貨3枚で手紙が送れると言われた。

 但し、配達してくれた者には銅貨3枚の心付けが必要だそうだ。

 配達係は子供や廃業した冒険者が請け負い、一人の者に独占して仕事を与えない仕組みになっているって。


 貴族街近くの転移魔法陣を出ると、王都のネイセン伯爵家の馬車が待機している。

 便利グッズは貴族や豪商などの裕福な者優先とは、何処の世界も同じかと可笑しくなる。

 貴族街の奥深く、第一目標のクラリス・ファラナイト公爵邸の門前で降ろしてもらい、ネイセン伯爵様とは此処でお別れする。

 此こから先ネイセン伯爵様は、俺との関わりを一切持たない事になっている。


 貴族の馬車から冒険者の小娘が降りてきたので、衛兵が不思議そうに見ている。


 「クラリス・ファラナイト公爵様のお屋敷に、間違いないですか」


 「そうだが、此処は冒険者の小娘が来るところでは無い! 早々に立ち去れ!」


 早々に立ち去ったら、あんたの首が飛ぶよ・・・と。

 余計な事は言わず、本題に入る。


 「ファラナイト公爵様から呼び付けられた、アキュラと言います。執事の方にお取り次ぎ願います」


 「はあ~ん・・・お前は馬鹿か! 公爵様がお前の様なチンピラ冒険者を呼び付ける訳がないわ! 失せろ!」


 すっげえ~なぁぁぁ。

 時代劇で見る、悪代官屋敷の門番みたいな台詞だわ。


 「あっ、そッ。アキュラがポーションの件で来たけど、追い返したと報告しておけよ。黙っていたら首が飛ぶよ」


 それだけ言って次の目標に向かう事にした。

 第二目標は、お向かいのキャンデル・ワラント公爵様ね。

 お偉い貴族ほど貴族街の奥に住んでるから、判りやすいが広すぎだよ。

 てくてく歩いて漸く辿り着いたが、通用門みたい。


 さっさと済ませたいので衛兵に確認する。

 此処は連絡を受けていたのか、ポーションの件だと言うと直ぐに中へ通された。

 通されたところは出入り業者の待合室の様な所で〈暫し待て〉と言って衛兵の姿が消えたっきり放置されてしまった。

 待てど暮らせど音沙汰なし、三人ほど居た御用聞き達もとっくに帰り、陽も暮れてきたが誰も来ない。


 阿呆らしくなり、元来た通路を通って通用門に向かう。


 〈こらっ! 誰だ、お前は?〉


 「誰って問われてもねぇ、呼ばれて来たのに誰も出て来ないから帰るんだよ。キャンデル・ワラント公爵様に、帰るって言っといてよ」


 「はあ~ん、公爵様に呼ばれて来たんだとぉ~」


 「そうだよ、ポーションの件で呼び付けておいて、何時まで待たせるのさ」


 「ポーションの件だ、何を訳の判らん事を言って誤魔化そうとしているんだ! 妖しい奴め、ちょっと来い!」


 言うや否や、人の襟首を掴みに来た。

 猫の仔じゃあるまいし、失礼にも程がある。

 シールドを広げて掴めない様にする。


 〈ん、? なんだぁ~此れは。お前何をした! 大人しくしろ!!!〉


 「俺は猫の仔じゃないんだ、襟首を掴もうなんて失礼だろう。人を呼び付けておいて好い加減にしろ!」


 〈煩いガキだ、詰め所まで来い!〉

 〈どうした? 何を騒いでいる。 ん・・・何だその子供は?〉

 〈はっ、一人で彷徨いていたものですから、詰め所まで連れて行こうかと〉


 〈馬鹿か、天下の公爵邸の中を彷徨いているって、その辺から潜り込める場所じゃないぞ。嬢ちゃん、何の用で此処に来たんだ?〉


 「ポーションの件で、キャンデル・ワラント公爵様に呼び付けられたんだけど、昼過ぎから待っているのに、誰も呼びに来ないので帰ろうとしただけさ」


 「ポーションの件・・・名前は?」


 「アキュラだよ。もう帰らせて貰うから伝えなくても良いよ」


 「待て待て、直ぐに係の者を呼ぶから待合室まで戻ってくれ」

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