第17話 腹立ち紛れ

 招き入れられた部屋は、フランド・エメンタイル国王の執務室であった。

 既にレムリバード宰相が到着していて、ソファーで寛ぐ国王陛下の傍に控えている。


 「エルド・ネイセン、国王陛下のお召しにより参上致しました」


 跪き挨拶する伯爵に被せる様に声が掛かる。


 「ご苦労、レムリバードへ書状で知らせてきた物を持ってきたな」


 「持参しております」


 レムリバード宰相に促され、用意のワゴンにポーションを並べる。

 直ぐに鑑定使いが5本のポーションと隣に置かれた1本を鑑定し「最上級ポーション5本と、それを上回る物です・・・たぶんこの1本は瀕死の怪我も即座に治ると思われます」と告げる。

 続いて残りの1本を鑑定し顔色を変えている。


 「どうした、鑑定結果を申せ!」


 「病気回復用のポーションで御座いますが・・・老衰以外の病なら即座に治ると思われます。怪我の回復ポーション以上に、このポーションには治癒魔法の魔力が込められています」


 鑑定使いの言葉は沈黙によって迎えられた。


 「・・・限りなくエリクサーに近い物が2本もですか」


 レムリバード宰相の掠れた声が沈黙を破る。


 「・・・まさかと思ったが・・・よくぞ手に入れた。エリクサーは怪我も病気も即座に治る物だが、この2本はそれに匹敵する」


 「ネイセン殿、此れを作った薬師を確保しておられるのですね」


 「現在、フランドル領の当屋敷に滞在しておりますが、私と同格の客人として迎えております」


 「良し! その者に爵位を与えて召し抱えてやろう。即刻連れて参れ!」


 「その事で陛下にご相談が御座います」


 「何か不都合でも在るのか」


 「彼女は冒険者で御座います。故に領民に対する様な命令は出来ません」


 「なれど、我が領地に住まう以上、我が命に逆らう事は許さん!」


 「陛下は冒険者ギルドとの取り決めをお忘れですか、野獣の討伐や最下層の汚れ仕事をする代わりに自由を与えていますが、何一つ領民としての権利は与えていません。彼等は冒険者ギルドの規約にのみ縛られます。我々が彼等を自由に使えるのは、依頼という名の契約によってのみです」


 「なれど、冒険者の一人や二人どう扱おうと、冒険者ギルドが我が国と敵対する事は不可能じゃ」


 「では陛下、我が領地に陛下の軍を派遣し、問題の冒険者を配下にお加え下さい」


 「ん・・・? 何と申した」


 気配が変わり、正面から国王の顔を見据えて伯爵が答える。


 「私は彼の冒険者との口約束ですが、同格として扱い如何なる敵対行動も取らないと約束しております。故に陛下のご命令と言えども、その命に従う訳にはまいりません!」


 国王の背後に控える近衛騎士達の気配も変わり、一触即発の状態に宰相や国王も冷や汗を流す。


 「陛下がエメンタイル王国貴族の矜持を捨て、約束を破れとは・・・よもや言われますまいな。王国の貴族として交わした約束を、陛下自らが破れと言われるのですか。陛下に忠誠を誓った貴族は、その誓いを放棄しても良いと言われているのと同じですぞ」


 「ネイセン殿、言葉が過ぎるのではないか」


 「私は陛下に忠誠を誓った身です、反旗を翻すと言っておりません。誇り高きエメンタイル王国の貴族としての矜持の問題です。故に彼女を召し抱えようとのお言葉に従い、我が屋敷に陛下の軍を差し向けて拘束し配下に加えれば宜しかろうと、進言致しております。ご忠告までにお伝えしますが、彼女との約束の際に『例え王家が相手でも跪く気はないので、強制されれば死人の山を築く事になります』と言われました。努々ご油断無き様に」


 「高が冒険者相手に、臆病すぎるのではないか」


 「私は約束が無くても、彼女をつなぎ止める事はしませんし出来ません。彼女は薬師エブリネの弟子であり、治癒魔法も騒動になる程の腕前です。そのうえ結界魔法を使い熟し、精霊の加護を持つ者です」


 「薬師エブリネの弟子を、強引に抱え込むのは不味いですね。彼女を怒らせれば弟子達の反発も大きく、ポーションの供給に支障が出ます。その上に精霊の加護持ちですか」


 「ヘイロンの騒動を詳しく検討すれば、彼女を繋ぎ止めるのは至難の業と判ります」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 魔力水収穫用の大振りのビンに、薬用ポーションを10本単位で入れていく。

 その後倍量の魔力水を入れた後、鑑定スキルをフルに使って薬用効果の調整を行う。


 今までポーション制作に関し、薬用効果のみを軽く鑑定していた。

 エブリネ婆さんの酔い止めポーションと比べ、少し効果を高めた物を作る。

 次ぎに同じ物を作るときには、以前作った物を参考に効果が落ちない様に作る・・・繰り返した結果初級ポーションの筈なのに、効果大になってしまっているとはね。


 世間に出回っているポーションの基準から覚え直す必要があると痛感した。

 高品位の物は特に注意して作る必要がある、エリクサーなんてラノベだけの話だと思っていたのに自分が作るとは。


 エリクサーなんて薬草と、ドラゴンの血とか内臓を使って作るんじゃなかったのか。

 薬草の薬効を組み合わせ、効果を高める為に魔力を追加するだけでエリクサーもどきが出来るとなれば、エブリネ婆さんも驚くだろう。

 怪我の回復ポーションと病気の回復ポーションを組み合わせれば、完全なエリクサーが出来るかも知れないが作っても表には出せないな。


 ホーガンさんに用意して貰ったビンに、各種ポーションを詰めていく。

 薬用ポーションは全て50本単位、怪我の回復や魔力回復,体力疲労回復ポーションは40本で揃える。

 体力回復と精神的も含め疲労回復を合わせて1本にすれば冒険者達も助かるだろう。


 どうも俺の作るポーションは単機能の薬効になりがちだ。

 風邪を引いたら解熱と体力回復も含めねばならない、熱だけ下げても高熱に魘されれば体力を消耗している。

 両方を補ってこそ風邪の回復ポーションとして、胸を張って売る事が出来る。

 エブリネ婆さんの域にはほど遠いと痛感する。


 熱冷まし・頭痛薬・下痢止め・咳止め・痛み止め・酔い止め・疲労(精神的)回復ポーションを各50本。


 怪我の回復ポーションは初級60本と中級を40本。

 魔力回復ポーションは、魔力回復20・30回復・40回復の物を各30本。

 疲労体力回復ポーションを60本作り、ホーガンさんに渡して冒険者ギルドとの分配は伯爵様に聞く様にと言っておく。


 貴族の屋敷に居候するのは気疲れするし、俺の当番になったメイド達からお嬢様と呼ばれるのは背筋が寒くなる。

 ましてやお着替えなどと言って、ふりふりのドレスに着替えさせようとするのには閉口した。

 何処から持って来るんだよ!


 魔力水の手持ちも少なくなってきたので、一度森に戻る事にした。


 「アキュラ様、旦那様がお戻りになるまで、お待ち頂けないでしょうか」


 「ホーガンさん、魔力水の手持ちが少ないし、冬の魔力水は貴重なんですよ。それに冬でなければ採取出来ない薬草も有りますしね。一月か一月半で帰って来ますよ」


 蒸留水を使っても良いが、蒸留水に魔力を込めても中々安定しないんだよね。

 天然の魔力水は元々魔力が入っているので、此に魔力を追加いても安定していて魔力調節が楽なのだ。


 市場に寄って食糧や酒を買い込み森に向かうが、目的地は転移してきた場所。

 あの周辺って結構薬草の宝庫だから、神様かガイドか知らないがお優しいね。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アキュラが森に行ってから一週間後、ネイセン伯爵が疲れ切って帰って来た。


 国王陛下との遣り取りに疲れていた所へ、何処から漏れたのか高品位ポーションとエリクサーに近いポーションが、ネイサン伯爵から献上されと噂になったらしい。


 翌日から王都のネイサン伯爵邸には来客が引きも切らず、訪れる客が口々に高品位の怪我の回復ポーションと、高品位な病気回復ポーションを求める有様である。

 入手した高品位ポーションは、全て国王陛下に献上したと言っても入手経路を教えろと煩い。

 下位貴族や豪商達はあしらい易いが、同格以上の貴族は対応に苦慮した。


 適当にあしらって敵に回すと後々厄介である、かと言ってホイホイ会わせればアキュラの性格から無事に済む筈が無いのは明らかだ。

 思案の挙げ句、国王陛下との話し合いで決まった事に便乗する事にした。


 それは国王陛下の名代が伯爵の領地を訪れ、アキュラを尋ねて高品位ポーションの取引を申し込む、と話が纏まっていた。


 その事に際し、ネイサン伯爵は一切無関係を貫く。

 紹介も取り次ぎも争い事にも関与しない、何が起ころうと全ての責任はアキュラに取引を持ちかけた者の責任とする。

 伯爵領の領民に迷惑を掛けたときは、伯爵が強制的に排除しその責任を負わなくて良いと文書にして取り決めた。


 高品位ポーションを求めて王都のネイサン伯爵邸を日参する彼等も、王家の許可を受けてそれに加えた。

 断り切れない公爵家2家,侯爵家4家,伯爵家11家の交渉人と、護衛という名の脅迫者がフランドル領ハランドの街に集う事になった。


 但し、ネイサン伯爵はあくまでも無関係な為に、アキュラを屋敷に置いておけない。

 アキュラに説明し、望む家の手配の為に帰って来たのだ。

 アキュラの言った『王家が相手でも跪く気はないので、強制されれば死人の山を築く事になりますよ』の言葉を信じ、彼女に無理強いする者達の末路を見物するつもりだ。


 王家や同格以上の貴族のごり押しにムカついていたのもあり、自分に被害が及ばないのであれば、結果がどうなろうと知った事かとの思いも有った。

 下位貴族や豪商達は、結果を見れば2度と舐めた真似はするまいとの思惑も含んでいたが、帰ってみれば肝心のアキュラがいない。


 執事のホーガンや嫡男ヘンリーの手も借り、事情を説明した書簡を通信筒の転移魔法陣を使って各方面に送った。

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