第33話 覚醒ヒロイズム 前編

 メイシーとキースの聞き込みもまた、順調とは言えなかった。

誰に聞いても、北の山には何もないと繰り返されるばかりで、一向に情報が出てこなかった。

 唯一、昼間から酒を飲んでいた老人だけが、あそこには昔々魔法使いが住んでいたんだ、と主張したが、それも定かではなかった。


「結局、半日も時間を無駄にしただけだったわね」


「何もわかんねぇってことがわかったからいいんだよ。敵がむやみやたらに情報を残すような間抜けな奴じゃねぇってことが分かったろ」


「あら、随分詩的なのね。」


キースが

「うるせぇ」と答えながら空を見上げると太陽が真昼時まで昇ってきていることに気がついた。


 キースとメイシーが待ち合わせの広場へ向かうと、メイシーの目に抱き合う二人の姿が映し出された。

その情景はメイシーの神経によって運ばれ、彼女の脳を激しく揺さぶり、涙となって眼まで戻ってきた。


 目の奥が熱さを持ち出したことを感じたとき、横に立つ黒髪の朴念仁の視線に気がついたので、涙をさっと拭いたあとで、代わりに怒りをいっぱい顔に貼り付た。

 眉間に皺をいれ、目を尖らせ、口はキースみたいにへの字に曲げて固める、そうやってきっちり怒ってからカツカツと音を立てて二人の前へと歩み寄っていく。


「あんた達!ちゃんと聞き込みややったのかしら?」


そうやってきっちりと怒鳴りつけた。


 そんなメイシーの目には再び予想外の物が飛び込んできた、エメリアの泣き腫らした目と、哀しそうなシャルルの瞳だった。


「どうしたの?このキザ男に何かされたの?」


 突然の事態に、思考が一足遅れ、本能が瞬く間にスタートをしてしまった。

メイシーは咄嗟にエメリアの前にひざまづいて、下から彼女の顔を見上げた。


「ううん、昔のことを思い出しただけ、ごめんね」


「あら、ダメじゃない。女の子が男の前でそんな顔しちゃ」


そうやってエメリアの頬を撫でるメイシーは、身なりはエメリアよりも小さかったが、まるで彼女の母親のようだった。


 シャルルはメイシーの目も赤くなっていることに気がついたが、何も言えなかったので、ただ優しく二人の肩に手を置いた。



 それから少しして、四人は北の山へ登ることを決定した。


 メイシーはなんとか二人きりでシャルルと歩く方法を考えたが、泣き腫らしたエメリアをキースに任せる気にはなれず、結局彼女の手を優しく握って歩いた。


 本当に人が立ち入ってないらしく、時々注意をして確認してみれば、何かしらの瓦礫が落ちている程度で、獣道のような道がずっと続いていた。


 キースが先頭で草を掻き分けながら進んでくれたので、残りの面々はだいぶと歩きやすかったが、

それでも暑い日差しの中での一時間程度の山登りは身体にかなりこたえた。


 朦朧とするような暑さの中で、ようやく中腹まで辿り着いた時、一件の廃墟が現れた。

 石造りのおかげで、なんとか形を保っているだけのその廃墟は、壁一面に苔がはえ、あちらこちらは倒壊して、元が家だったのか瓦礫の山だったのかも分からないと言った有り様だった。


 建物の有り様を見たメイシーが自信なさげに口を開いた。


「昨日の夜光っていたのは多分このあたりだから、ここで間違いはないと思うけど…」


「ひ、人は住んでなさそうだね」と、エメリアも困惑気味に同意した。


「まぁとにかく入ってみるか」


 そういうと、キースは壁の穴にむかい、それを覆っていた。

草やら木を乱暴にガシガシむしると中に入っていってしまったので、他の三人も慌ててついて行った。


 家の中も、当然のことだが、荒れ果てていてほとんど何も残っていなかった。

ゆっくりと注意深く観察すると、鉄でできた大釜やよく分からない言葉が刻まれた石板のようなものが出てきた。


 シャルルはこの世界に来るのと同時に、言葉と文字が分かるようになったのだが、それでもその石板の文字は読めなかった。

キースに尋ねると、横にいたメイシーが、昔の魔法の研究に使われていた物だろう、と教えてくれた。


 結局もう少し捜索を続けてみたが、昔魔導士がいたと言うことは分かっても、最近人が立ち入った形跡を見つけることはできなかった。


 そのとき、キースは外から地響きのような音がすることに気がついた。

彼が気がついた直後にシャルルもそれに気づき、二人で顔を見合わせたあとに、入ってきた穴からゆっくりと外を見渡した。


 大きな影が山の表面を覆っていた。

何やら不気味な声を上げながら、ゆらゆらとうごめきながら津波のようにゆっくりとシャルルたちのいる建物へと押し寄せてきていた。

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