第32話 ミス・パラレルワールド 後編
「全員俺たちを忘れてたじゃねぇか」
キースの批判を、メイシーは肩をすくめながら首を振って受け流した。
「私たちのことを忘れてるなら、朝起きて行った時にあんな反応になると思う?知らない人間が自分の家から降りてきたのよ?あれは記憶を消されてるんじゃなくて、認識をずらされてるのよ」
メイシーの小鳥の歌声のように滑らかな説明を、キースは口をへの字に折り曲げまて聞き、
「さっぱり分からん」と答えた。
「はぁ…つまりね、私たちのこのを初対面だと思わされてるだけで忘れてるわけじゃないのよ、思い出せないだけ。輪唱現象も見られたしね」
何がつまりなんだろうと思いながらシャルルが胸の中で呟いていると、エメリアがメイシーに尋ねてくれた。
「それって何か変わるんですか…変わるの?」
おそらく、メイシーが敬語が嫌いだと話していたからだろう、たどたどしいタメ口だった。
「敵の魔術師のレベルが変わるわ、記憶の消去ならまだしも認識操作は人を自由にあやつる魔法よ?それもこの規模、間違いなく上級から神聖級の魔法使いよ」
「それは願ってもないね」
シャルルがメイシーの言葉に片目を閉じながら答えてみせた。
四人で手分けして魔術師の痕跡を探したが、その日は見つけることができなかった。
結局、夜になるのを待って魔法の発動の瞬間を待ってみようということになり、一旦宿に戻ることにした。
四人が宿に戻ると、そこでは朝早くから出かけていたべべがいつものピエロメイクをしてガストンとその妻を笑わせようとしていた。
帰ってきた面々の顔を見て、べべは嬉しそうに手を叩いた。
「ハッハー!みぃんなようやく帰ってきたんだね!どこに行っていたのかな?僕がせっかく犯人を見つけたというのにッ!」
「本当ですか?」
当てのない捜索に疲弊していたシャルルは思わず声がひっくり返りそうになりながらベベに質問してしまった。
「灯台下暗しとでも言うべきかな!宿屋の隣の隣の隣のッ!その隣にある雑貨店のおばさんがおそらく犯人だろう…!」
「あら、何を根拠に?」
「そぉんなの簡単さっ!このベベの顔を見て!見るや否や怯えるようにそそくさと店の奥に逃げ込んだんだよ!こぉれはやましいことがある証拠だよねぇッ!」
「あんたの顔を見たら誰だってそうなるわよ!」
ベベの適当な発言にメイシーが激怒しているとき、キースとエメリアはできるだけ遠くを見て、何も聞かないようにしていた。
その日の夜、5人は時計塔に忍び込んだ。
誰かが時々整備をしている様で僅かに蜘蛛の巣が張っている程度で中は綺麗なもので、シャルルはとりあえず安心することができた。
忍び込んで天辺に行くのは簡単だった。
むしろ、べべを静かにさせることの方がずっと難しかった。
なんとか説得を受け入れたべべは、音だけは立てないようにして、目障りなパントマイムをシャルル達の周りで繰り返した。
頂上は展望台になっており、四方にガラスの張られていない大きな窓のような穴が四つあったので、一人一つずつ窓から何か反応があるまで見守ることにした。
ベベだけは中央でパントマイムをしていたが、誰も見ていないことに飽きたのか、キースの頭に花を咲かせようとしたり、メイシーの服の袖を引っ張ってみたりやかましくしていた。
そのとき、北にある山の中腹に光が起こったのをエメリアの目が捉えた。
その光はたちまちモモンマルコン全体を包み込み、数分もしないうちに消えてしまった。
「今!あそこ光ったわよね?」
メイシーが北の方を指差しながら皆に尋ねた。
「探しに行こう」
と言いながらシャルルが階段を駆け降りようとしたとき、べべが階段の前で磔にされた様なポーズで立ち塞がった。
「すみませんが…今は遊んでる時間がないんです」
とシャルルがベベに向けて嫌悪の目線を向けたが、べべはそのままパントマイムを開始してしまった。
「いや、今回はそいつが正しい。」
キースが静かにべべに同意する。
「あそこに魔法使いだか魔導士だかがいるなら早く行かなければならないだろ?」
とシャルルが怒りを込めてキースに尋ねたが、キースは目を閉じて首を横に振った。
「何を考えてるのかは知らねぇが、あそこの魔導士は毎日この町に魔法をかけてるんだ。慌てなくても多分逃げねぇよ。それよりも、何も知らないまま乗り込む方が危険だ」
「朝が来たら、あの山のことを聞き込みをして、乗り込むのはそれからで遅くないだろ」
そういうと、キースはシャルルの肩をポンと叩いてから、ベベのパントマイムを無理やり潜り抜け階段を降りていった。
「僕は明日もこの町で用事があるのさッ!」
べべが喋ってていいと思ったのか、突然口を開いた。
「あんた毎日何やってるの?」
「もちろんマジックショーさ!メイシーも明日は観にくるといい!四回目のモモンマルコン初マジックショーを開催するよ!ハッハァ!」
次の日の朝早く、べべ以外の四人は二人一組に分かれて北の山の聞き込みをすることになった。
二人一組になる、とキースから聞き出してすぐに、エメリアがシャルルの部屋を訪ね、
「シャル君、今日は一緒に回ろうね」と約束しにきた。
今日も朝からガストンがタバコを吸いながら、昨日と一言一句同じ挨拶を、同じ表情でシャルルに述べた。
シャルルとキースは、昼過ぎまで聞き込みをしたら、山の近くにある人気の少ない広場で落ち合うことを約束してから、二手に分かれた。
シャルルとエメリアの聞き込みは順調とは言えなかった。
誰に訪ねてみても、北の山には人は住んでないし、昔住んでいたと言う話も聞いたことがないと言われた。
では、山の中に人が滞在できる様な場所はあるか、と尋ねてみても、中腹に廃墟が一件あった気もするが、大昔のものでとても滞在なんて無理だと、やっぱり言われた。
昼はまだすぎていなかったが、なんの成果もないので、先に広場に行ってキース達と合流してみようとシャルルが申し出て、二人は広場のベンチに腰掛けていた。
夏らしい低い空の下で、じっとりと嫌な汗がシャルルの背中に流れるのを感じた。
二人きりでベンチに座りながら、風を待ちつつ暑さを堪えていると、エメリアが汗ばんだ額を抑えながらポツリと口を開いた。
「こうやって二人で公園にいると、昔のことを思い出さない?」
「あぁ…昔は楽しかったね」
シャルルには無論昔の思い出などないが、エメリアに話を合わせた。
「私あの頃ね、本当にシャル君に会えるのだけが楽しみで生きてたんだよ」
そう言ったエメリアの瞳が深紫色から、もっと深く、
深い深い黒色に変わっていくような気がするのをシャルルは見つめていた。
「子供の時の最初の思い出ってあるじゃない?私にとってはそれはおじさんの拳。お父さんじゃなくておじさんね、毎日家にいるとおじさんに殴られたの」
エメリアの突然の悲しい告白にシャルルはごくりと唾を飲んだ後、小さく彼女の名前を呟いただけだった。
「泣いたらまた殴られて、夜中に音を立てても殴られて、だから外でシャル君に会えるのだけが本当に楽しみで…楽しみだったの」
エメリアはそんな話をしながら大粒の涙を流していた。
静かに声も立てずに泣くその姿にも、彼女の生い立ちが垣間見える様なきがした。
シャルルは、本当は彼女の幼い頃にはそばにいてやれなかった、実際の少女時代がどれほど残酷で凄惨なものだったのかを想像するだけでも胸の奥に鉛の塊を捩じ込まれたように痛くなった。
そして強くエメリアを抱きしめた。
かつて何もしてあげられなかったことはどうしようもないけど、それでも強く強く抱きしめた。
エメリアの汗ばんで小刻みに震える背中の上にほんの少しだけ初夏の風が吹いた。
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