第27話 カーニヴァル 前編
その日のプルミエは恐ろしいほど暑かった。
太陽がうっかりカレンダーを一枚多くめくってしまって、1月分勘違いしてしまったかのような暑さだった。
そんなマヌケな太陽が空の真ん中で踊り出した頃、シャルル、キースと、エメリア、メイシーは街の中央広場に設置されたマジックの舞台の前に来ていた。
真っ赤なカーペットが敷かれた台座を中心にして、半円形に設置された座席がずらっと並んでいた。
到着してすぐに、キースは舞台の裏に設営されたテントの中へ入っていってしまった。
「ここで待っていろ」
と告げられた3人は、配られていたパンフレットに目を通した。
ベベによる狂乱の宴!とだけ雑に手書きされたそのパンフレットが何が伝えたいのかシャルルにはさっぱりわからなかった。
開始までもう少しというところになって、キースがチケットを手に戻ってきた。
知り合いだと言っていたから譲り受けたのだろう。
気づけば、立ち見がでるほどに人が集まってきていた。
シャルル達がチケットに書かれた座席に向かうと、舞台から見て最前列の右側の席だった。
1番奥にエメリアが座ると、シャルルを自分の隣に座るよう促した。
「人気のある人なんですね!」
「ん?いや、この国に娯楽が少なくなってるだけだろ」
エメリアが楽しそうに質問したことに、キースがつまらなそうに答えながらシャルルの横の席に腰を下ろした。
そんなキースに、シャルルとメイシーによる、それぞれ別の理由からくる軽蔑の視線が向けられた。
「あんたの昔の仲間って西海事変の頃ってこと?」
と尋ねながら、メイシーがキースの横の席についた。
キースは少し悩んだあと
「一応な」と答えた。
すると突然あたりに、花火のような爆音が響いた。
爆音に続いて軽快なドラムロールが鳴り出したあと、メイシーが「始まるみたいね」とシャルルに呟きかけた。
なぜか、いつの間にかキースと入れ替わったようで彼女はシャルルの隣に座っていた。
「さぁ!泣いてる子はいるかなぁ!そんな悪い子はこのベベが笑わせちゃうよぉ!!」
「ハッハー!」という甲高い笑い声と爆音と共に、ピエロが舞台の真ん中から飛び出してきた。
「おっやぁ〜、ベベが出てきたのにみんなキョトンとした顔をしてどうしたのかなぁ〜?」
ベベと名乗るピエロは赤い鼻の下についたおどろおどろしい紫色の唇を大きく動かしながらわざとらしく、敬礼のように、目の上に手を当てて観客に叫びかけた。
ベベの「はいっ!拍手!」という掛け声と共に歓声と拍手の雨がベベに降り注いだ。
ベベはそれをまたハッハー!と笑いながら満足そうに受け止めると、観客席の間の通路を猛スピードで走り回り始めた。
すると、おそらくピエロが怖いのであろう、泣いてる男の子の前でベベが立ち止まった。
「あっれぇ〜?泣いてる子がいるねぇ?」
とベベがその子の頭に手をかざすと、男の子は大声で泣き始めた。
そして、はいっと掛け声をかけるとその子供の頭の上に色とりどりの花が咲き、男の子は驚いて泣き止んでしまった。
「すごいね!すごいね!どうなってるんだろう?」
とエメリアが観客の歓声に負けぬよう大声で隣に座るシャルルに笑いかけた。
シャルルが本当だね、とエメリアに返事をしたとき、メイシーは反対側の隣の席で、シャルルの金色のつむじを黙って見つめていた。
そんなことをしていると、ピエロのベベがこちらへ向かって猛然と走ってきた。
近くで見ると赤いアイメイクの下で細めた緑の目だけで観客の顔をギョロギョロ覗いてるのが不気味だった。
「ほぉら!みんな!ここにも笑ってない子がいるねぇ〜!」
そう言いながらベベはキースの顔の前で手をひらひらと振った。
キースは手を振り払おうとしたが、べべはそれを器用に避けながらバカにしたようにヒラヒラし続けた。
そのまま、またはいっと掛け声をかけて、キースの頭にも花を咲かせた。
キースが嫌な顔をして、ピエロを睨みつけようと視線を彼に向けたときには、例の甲高い、ハッハー!という笑い声を上げながら、ピエロは走り去っていた。
その後もベベは、手に持っていたステッキを消してみせたり、突然消えたと思えば観客席の後ろに移動していたり、一瞬でピエロの衣装から、顔だけがピエロのまま不気味な姿のマントのついたジャケットセットに着替えて見せたりと、たった1人で大立ち振る舞いだった。
「さぁさ!みぃなさん!お楽しみだよねぇ?ここでべべは大きなマジックを披露したいんだよねっ!
みんなもずっと気になってたよね!このとんでもなく大きな箱!」
そういってベベがマントを翻すと、その奥から突然大人がすっぽり入れるようなサイズの箱が出てきた。
「今から!このべべが巨大な箱に入って、こちらにある剣をベベが刺していくよッ!
そしてべべがその剣の痛みに震えて涙を流す様子をこのベベが眺めたいと思うのさっ!」
そんなことを言いながらベベのマントは、中からガシャガシャと剣を吐き出し始めた。
一体どこにあんなものを隠していたのだろう、とシャルルはそれを眺めていた。
「だけどこのマジックには大きな欠点があるんだよねぇ!そう!べべがとっても痛いってことさッ!それに人を刺したりするのも気が引けるよねぇ!」
観客達の笑い声がおこした空気の振動を、満面の笑みで受け止めたあと、ベベはゆっくり人々の顔を見渡した。
「う〜〜ん、そこッ!そこの君ッ!スタンダッ!」
「お名前は!?」
そういうと、不気味なピエロ顔の男はシャルルをまっすぐに指差して、叫んだ。
シャルルの首筋を嫌な予感が駆け抜けて警報してくれたが、周りの目線を感じて、シャルルですと答えながら仕方なく立ち上がった。
「君!すごくこの箱に入りたそうな顔をしてたねぇ〜。それじゃぁ、もう一人のアシスタントは…と思ったら、アシスタントまでご指名かい!?やる気満々だネッ!」
ベベが何を言っているのかさっぱり分からず周りを見渡したシャルルの右手を、いつの間にかメイシーの左手が握りしめていた。
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