第26話 ロマンスがありあまる 後編
その時、ちょうど料理が到着した。
キースが注文した、キースの言うところの要するにサラダ、パスタ、ステーキがいっぺんに運ばれてきたが、今日だけは順番に持って来て貰えばよかったと後悔した。
「あの2人は一体どういう関係なの?」
メイシーは食前酒として運ばれてきたスプリッツに口をつけた。
「幼馴染…みたいな…、うーん…幼馴染…だ」
キースは、エメリアの秘密を勝手に話すわけにはいかなかったので、言い淀んだが、
とりあえずステーキを一口頬張ってから、歯切れ悪く答えた。
「付き合ってるの?」
メイシーが、カプレーゼを口に運びながら尋ねた。
口の中に広がるバジリコの華やかな香りがメイシーを落ち着かせてくれた。
「いや…シャルルにはそういう感情はねぇと思うぞ。」
キースは答えたあとで、その答えは違うな、と思ったが、彼には上手く説明する自信がなかった。
ここで、鯉のようにパクパク動き続けるシャルルの口が初めて羨ましいと思った。
「いや…どっちかって言うと、持っちゃダメだと思ってるというか…」
「だから、つまりだな…エメリアの大事なものが盗まれてだな…シャルルがそれを盗んだんだ…ってわけじゃねぇな。盗んだやつを知っててだな…いや、そもそも盗まれたわけじゃねぇのか…分かるか?」
キースは、自信がなかった割には上手く、モゴモゴと説明をしたつもりだが、メイシーはその答えが気に食わないようだった。
「今私に説明してたの?それともグランテール語のお勉強をしてるのかしら?
悪いんだけど、レッスンなら今度にしてくれない?私、今忙しいの」
「お前な…とにかくあいつらはお前が思うような関係じゃねぇよ」
怒って嫌味を言うメイシーのことを、普段なら嫌な目をして無視するだけなのだが、キースは必死に宥めながらしゃべった。
「じゃあシャルルに恋愛感情はないのね?」
「…いや、ないってことはねぇだろうな」
「あんたさっきないって言ってなかった?やっぱり先にレッスンをした方がよかったのかしら!?」
そこまで聞いて、またメイシーは怒鳴りつけた。
キースは、どうしてもメイシーを怒らせてしまうと悩んだが、よく考えたらシャルルでも彼女のことは怒らせたということを思い出して、つまりメイシーはそういうものだと納得した。
「あいつにはな、エメリアに恋愛感情を持っちゃいけねぇ理由があるんだよ」
「あら、どういうことかしら」
メイシーがジェノベーゼのパスタを器用にくるくる巻きながら疑問を口にした。
「詳しくは俺の口からは言えねぇ。だけど、時々エメリアが笑ってるのを見て締め付けられたみたいな顔をしてることがある。
そういうのって好きじゃないとしねぇだろ」
キースは話せないことは置いておいて、今まで横でシャルルを見ていて感じたことを正直に全て話そうと思った。
「多分シャルル本人も自分の気持ちを自覚してねぇけどな」
「何よそれ…」
「シャルルは他人の感情の変化には敏感だけど、自分の感情には鈍いところがある。自分に向けられてる他人の感情にもな」
「だから多分自分の気持ちに気づけねぇし、お前の気持ちにもエメリアの気持ちにも何にも気づいてねぇんだよ」
これが、キースがシャルルのことを見ていて感じたことだった。
シャルルは、周りの人間、女性に限るが、が困っているときには、自分のことを放り出す性質があった。
そして、彼は女性が悲しんでいたり喜んでいたりすればすぐに察知する一方で、自分へ向けられる感情には無頓着で、怒られても平気な顔をしてることが何度かあった。
ということをキースは伝えたかった。
「それじゃシャルルが馬鹿みたいじゃない!」
「自分より他人を大事にするやつってだけだろ」
「…そんなこと、知ってるわよ」
そう言ってメイシーは顔を赤くしながらメインディッシュのステーキに手をつけた。
キースは、とっくに全て食べ終わっていたので退屈そうにスプリッツを一気に飲み干した。
点灯人が街頭にロウソクをいそいそと灯し終わったころ、太陽が沈み、夜の暗がりが街に広がった。
シャルルとエメリアの影がゆらゆらとレンガに映し出されていた。
薄暗い帰り道を帰っていたとき、シャルルはつい時間を忘れて楽しんでしまったのを反省していた。
2人が踏みしめる石畳から、ふと別の足音が響いてくるのに気がついた。
聞き覚えのあるガサツな足跡の正体はキースだった。
そして、よくみると彼の後ろには小さな少女が半分隠れて立っていた。
夜の闇がすっかり覆ってしまったプルミエの寂れたレンガに街頭の灯りが作り出した4人の影が映し出されていた。
「珍しい組み合わせだね、こんな暗がりの中でも…」
「メイシーさんお久しぶりです」
キースが夜中でもよく目立つ金髪を見つけたとき、シャルルが話しかけてきた。
彼がいつもの挨拶をメイシーにしようとしたのをエメリアが遮るように挨拶したのに、キースは少し驚いた。
何かめんどくさそうな雰囲気を察知してその場を早々に立ち去ろうと心に決めたとき、メイシーの視線が背中に突き刺さった。
その視線は彼の心の中に、先程のメイシーの涙を想い起こさせ、彼の立てた決心を叩き折った。
「丁度…明日な、俺の昔の仲間がやってるマジシャンがこの街に来るんだ、よかったら見に行かないか?」
諦めてキースは慣れない提案をしてみたところ、シャルルが心配そうな顔をして見つめてきた。
「君と?マジックの舞台に?」
「だから…この4人で行きたいんだよ」
キースは、上手く言いくるめる方法を脳の中から検索しようとしたが、暴漢をやり込める方法くらしいか出てこなかったので、無理矢理押し通した。
「私は丁度明日はオフだから構わないわ」
メイシーがキースの陰から姿を現して、鼻高々に宣言した。
「マジック!私も見たことないから行きたいです」
メイシーが宣言を終えるより早く、エメリアが手を合わせて答えてみせた。
「まぁ2人が行くならもちろん僕はお供するが…」
シャルルには何が起こってるのかわかってなさそうだったが、とにかく女性2人の意見に合わせたようだった。
キースの背中にはまだ憎らしい視線が刺さっていたが、彼には本当にこれが限界だった。
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