第28話 カーニヴァル 後編

 シャルルが諦めて舞台に上がって行くのに、メイシーは勝ち誇った笑顔をエメリアとキースに見せながらついていった。


 舞台から観客を見渡すと、数えきれない量の瞳がシャルルに向けて注がれていた。

彼がその視線に対して、大袈裟に胸に手を当ててお辞儀をすると、

ベベが「はいっ!拍手!」とそれに合わせて叫んだ。


 そのままシャルルは首から上だけを出して、箱に詰められ、メイシーには剣が手渡された。

ベベは楽しそうに二人の周りを、壊れた時計の秒針のようにくるくる周ってから、シャルルの後ろに立った。


「はいっ!ほらっ!刺してッ!一思いにザクっとね!」


 シャルルの耳元でやかましくべべが叫ぶと、メイシーはイタズラな微笑みを浮かべたあとで一気にシャルルを突き刺した。

当然のことだが、不思議となんの感触もなかった。

中はどうなってるんだろう…とシャルルは、箱に邪魔されて見ることができない自分の胴体を見つめていた。


 そのとき、首筋に痛みが走り、

「痛いっ!」と叫んだ。

べべがシャルルの細い首の裏を思いっきりつねっていた。


「あぁぁあッ〜!痛そうだねぇ!」


シャルルの声に戸惑うメイシーに向かってベベは、もっともっとと手招きして合図をしていた。


 観客達は、シャルルの苦労を知らずに笑ったり、どよめいたりして騒いでいた。


 なんとか、マジックを終えて座席に戻るとき、シャルルの首筋はジンジンと脈を打っていたし、耳元には甲高い笑い声がまだ響いているような気がした。


 座席の前で、エメリアと目が合ったとき、甲高いベベの笑い声の奥から

「ずいぶん楽しそうだったね」というエメリアの声が聞こえてきた。




 マジックを存分に堪能した後、4人は今日マジックで人が集まることに期待して設置したものであろう、屋外に特設された喫茶店、

といってもテーブルと椅子とマスターが飲み物を作るワゴンがあるだけの質素なものだっだったが、

そこでひとまず休憩をとった。


 シャルルが、いつものようにコーヒーを頼みに行こうと思い立ったとき、得意げな顔でメイシーがモカブレンドを差し出してきた。


「シャルルにピッタリなコーヒーはモカだと思うのだけどいかがしら?」


「ありがとうございます、僕もモカしか有り得ないと思ってましたよ。姫にコーヒーを運ばせてしまうなんて、僕の失態ですね。ぜひ今度何かお詫びをさせてくださいね」


「シャル君はミルクもいるよね!」


シャルルがお礼の言葉を長々と述べていると、反対側からエメリアがミルクを差し出してきた。


「ありがとうエメリア。なんだか今日は王子様になった気分だよ」


「それと!私敬語は嫌いなの!今後はやめてちょうだい!」


 エメリアへの言葉を聞いたメイシーが不機嫌そうにシャルルにそう述べたとき、突然目の前の席から甲高い声が聞こえてきた。


「いやぁ、この間僕がマジックの舞台をやった街があったんだよね。その街が随分と不思議な街でねぇ。霧深き!その街の門を潜ったとき…何が起こったと思う!?」


気がつくと空いていた席の一つに先程見事なマジックを披露した、何故かまだピエロメイクを施したままの、べべが席に腰をかけ、何の前触れもなく話し始めていた。


「さっきのピエロさん!」


「突然どうしたんですか…?」


エメリアとシャルルが驚いてべべに話しかけると彼は甲高い声で手を叩いて笑った。


「べべ!唐突に入ってくるな、挨拶くらいしろ」


キースが気に入らない顔をしてべべに注意をしたが、彼はそんなものは無視して話を続けた。


「ハッハー!キースは相変わらずだねぇ!霧深きその街の門を潜るとねぇ!なんと住民たちが僕に対して初めましてと口々に挨拶してくるのさ!」


「ん?その街には初めて行ったのか?」


キースが尋ねると、べべは身を乗り出して赤いアイラインの下の目を大きく見開いた。


「まぁさかッ!それなら不思議な街でもなんでもないだろ!僕がその街で公演をやるのは二回目なのさっ!ハッハァー!」


「みぃんな!僕の顔もマジックのことも忘れちゃってたんだよねぇ。ベベにつまらないって卵を投げつけた人たちはいたけどね!そんな経験は初めてのことだったのさっ!」


「街の人たちがみんなべべさんのことを忘れてしまってたってことですか?」


エメリアの質問を受けたベベは、拳を顎に当てて


「そぉとも言えるのかもしれないねっ!その街では記憶喪失がブームだったのかもね!ハーッハッハーァ!」


と答えた。




ベベの話を聞いたキースが、何かを考えるように

「記憶の消える街…か」と呟いた。


 黙って聞いていたメイシーが、モカブレンドを飲みながら話に入ってきた。


「精神系の範疇外がいたんじゃないかしら?」


 その言葉を聞いて、シャルルはメイシーの顔を見つめたまま固まってしまった。

突然の降ってきた情報を処理するのに一杯一杯で口を動かすことが記憶から抜け落ちてしまっていた。


「…なによ?集団記憶障害なんてそれ以外に考えられる理由があって?」


「その街に行ってみよう」


メイシーの質問を受けたシャルルは、それに答えるのを忘れたまま、キースの方へ顔の向きを変えて提案した。


「可能性は…あるな」


「シャル君…?キースさん…?」


「なに?なんの話?私にわかる言語で会話してもらっていいかしら!?」


 他のメンバーを取り残して納得するシャルルとキースに、エメリアは不思議そうに、メイシーは不快感たっぷりに質問した。



「すまない。ベベさんの言う記憶の消える街で探したいものがあるんだ。エメリア、一緒に来てくれるかい?」


 ここでシャルルがようやく質問に応じたが、突然手がかりが湧いてきた衝撃と、エメリアの前で細かい説明ができないのとで、端的な説明になってしまった。


「あんたそれで説明してるつもり!?」


「ハッハー!つまりね!シャルル君とキースはその街に行ってみたいのさ!きぃっと!忘れたいことがあるんじゃないかなぁ?」


「うるさいわね!あんたは黙ってなさい!」


「ベベは静かにしてるのさっ!だけどこの街がちょぉっと静かすぎるんだよねっ!」


 キースはベベの扱いに慣れているようで、彼のくだらない冗談を全て華麗に無視したあとで口を開いた。


「べべ、その街の場所は覚えてるか?」


「ハッハッハッ!僕は一度行った場所を忘れることはないよっ!キース!君の家はあれだよね!」


そう言いながらベベは近くにあった、どう見ても空き家になっているボロボロの家を指差した。


「お前はうちに来たことねぇだろ」


 冷たくあしらわれたベベは手を叩いて笑ったあとで、

そのまま「じゃあ明日の昼!西門にきてね」と言い残して、甲高い笑い声と共にどこかへ走り去ってしまった。


 カレンダーの間違いにまだ気がついていないのか、太陽はマジックショーの次の日になっても陽気に熱を振り撒いていた。


 シャルル達が西門に集まると、今日も気味の悪いピエロのメイクを顔に塗りたくったベベが馬車の中からシャルル達に向かって、ちぎれそうなほど激しく手を振っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る