第8話 さぁ 後編

 小鳥達が楽しげに歌い、朝の訪れをシャルルに教えてくれた。

シャルルは顔を水で洗い、神に与えられた、金の刺繍の入った白い上着に袖を通しているところだった。


 部屋から出ると、いそいそと箒を抱えて働いている女性が目に入った。

女性は彼に気がつくと、箒を脇に抱えておりめ正しくお辞儀をした。

シャルルはそれよりも深くお辞儀をしながら


「おはようございます。小鳥と朝日が祝福してくれる素晴らしい朝だと思えば、最後に美しい天使まで祝福に来てくれるなんて…今日は素晴らしい朝になりそうです」


と軽く挨拶を交わしていると、後ろからドスドスと、ガサツな感じがする足音が聞こえてきた。


「お前、まさか毎朝それをやるつもりか?」


呆れ顔の濡れた顔をタオルで拭きながら、キースが部屋から出てきたところだった。


「何のことでしょう?僕は朝の訪れに対する感謝を述べていただけですよ」


「まぁいい、行くぞ」


キースが呆れ顔を崩さないまま、雑に顔を拭いたタオルを女性に渡して立ち去ろうとしたので、シャルルはそれを奪い取って四隅を揃えて畳んだ後、と小さく謝罪しながら女性に手渡した。




2人はエメリアが降りてくるのを30分ほど待った後、宿屋から出発した。


昨日聞いた話によれば、プルミエの東門を潜ったあと、3時間ほどの道を行けば、岩石龍というモンスターが根城にしている谷に出るらしい。


 長い道のりの間中、シャルルはエメリアを気遣っていたが、エメリアはキースからもらった鎧と靴が身体にあうらしく、意外にもへっちゃらで旅路をこなしていた。

どちらかといえばシャルルの方がくたびれてしまったほどだった。


「あんなに大きい男の鎧なのに、よくサイズがあったね」


「そうなの!最初はブカブカだったんだけど、着てるうちにみるみるピッタリサイズになったんだよ」


不思議そうな顔をしながらエメリアはくるっと回って自分の鎧を見せてくれた。

無骨で頑丈そうな黒い鎧の腰元に何故だか小さな花の飾りがあしらってある。


「髪の色と合っていてすごく素敵だよ」


シャルルが、汗を拭いながらエメリアを褒めていると、先頭を悠々と歩いているキースが話に入ってきた。

 憎らしいことに汗ひとつかいていなかった。


「そりゃドワーフの鎧だからな、そういうもんなんだ」


「ドワーフ?」


「しらねぇか?まぁエルフやドワーフは姿を見せるのを嫌うからな」


「昨日会ったメイシーがいただろ、あの性格の悪いチビは街に降りてきてる変わり者のエルフだ」


 シャルルの質問に振り返ることもなく、キースがぶっきらぼうに答えた。



 目の前で輝いていた太陽が、いつの間にかシャルルの頭頂部に火をつけようと、真上まで昇って行った頃、辺りに草木がなくなり、岩だらけの道になってきたことにシャルルは気がついた。


「そろそろだな、近いぞ」


シャルルが道の変化に気づくのとほとんど同時に、キースは短く早く、背負っている長い槍を撫でながら、シャルルとエメリアに注意をした。


 キースに促され、3人で岩陰に隠れて覗き込むと、岩の塊のようなものが歩いていた。


巨大なバスほどもあるそれは地震を起こすようにのろのろと歩きながら、全身を覆う巨大な岩の間に見える小さな目で辺りを警戒しているようだった。


「どうするんですか?」


シャルルが小声で尋ねると、キースは獲物から一瞬も目を離さずに答えた。


「まずは俺があいつの前に立つ。そのあとはお前らであいつを倒せ。今回俺は攻撃をするつもりはねぇから、そのつもりでな」


「どういうことですか!?」


「俺が倒すのについてくるだけじゃいつまでも強くなれねぇだろ、エメリアには昨日のうちに基本は教えてある、心配すんな」


そうキースは答えると、シャルルの文句の言葉が喉仏に到達するよりも前に、飛び出して行ってしまった。


 岩石龍は、突然目の前に飛び出してきた人間に一瞬怯えるような仕草をとった後、一転して大きな咆哮を発した。

 対照的にキースは、昼下がりの公園で夕飯のメニューを考えているかのように、何事もないように立ち塞がっていた。


 次に、行かなきゃと言いながらエメリアが飛び出して行ったので、シャルルもそれに遅れることなく着いて行って、巨大な岩の怪物と対峙した。


緊張で爆発しそうな心臓のドラムの音を抑えようとしていると、それよりはるかに大きな音が耳の奥にこだました。


『行くのじゃ!シャルル!これぞ冒険!異世界転生じゃ!』

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