第7話 さぁ 前編
キースとパーティを組むことを約束すると、すぐにキースは掲示板の中から汚らしい古びた依頼書を持ってきた。
「岩石龍の討伐…最初はこのくらいがちょうど良いだろう」
無造作に机の上に置かれた依頼書を覗き込んで、シャルルとエメリアは目を丸くした。そして依頼書の右上に穴を開けようとしているのかと思うほど熱く見つめた。
「待ってください…ここに銀ランク以上の方専用と書いてありますよ…僕たちがブロンズなのはご存知ですよね?」
「あぁ…パーティのランクは、1番高い人間に合わされるんだ。だからこのパーティは白銀ランクだ心配いらねぇよ」
「そういう話じゃないっ!エメリアが危険だといってるんだ!僕はっ!」
「俺と行くのに危険なんてないぞ」
シャルルがどれだけ強い言葉を使っても、強い態度を使っても、キースはそのつまらなそうな顔を平然と保ったままだった。
結局、つまらなそうな顔をした男に無理やり押し切られ、サインをさせられ、依頼書の提出を済ませてしまった。
その間も、エメリアはシャルルとキースの顔を交互に見つめながら、じっと押し黙っていることしかできなかった。
「まぁ、最初のうちはガンガンランクを上げておいた方がいい。有名になりすぎると面倒なくらいで、ランクが高くて困ることはないからな。」
文句ありげなシャルルを横目に見ながら、キースが宥めるように語りかけた。
渋々納得したシャルル達は、自己紹介を兼ねて、キースと食事に行くことを決めた。
ギルドを出て10分ほど歩くと、それなりに人通りが多い、商店街のような場所に出た。
レンガ作りの小洒落た建物が立ち並び、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってはシャルルにまとわりついてきた。
しかし、3つに1つは空き家のようで、かつて店主が腕を振るったであろうフライパンが無造作に床に投げ捨てられていた。
「こんなでもプルミエで1番人通りが多い場所なんだぜ」
キースが主人をなくした空き家の看板を優しく撫でながらながら、つまらなさそうに教えてくれた。
「この間の西海事変の前までは、ここももう少し栄えてたんだがな、今じゃ国にも見捨てられるようなギリギリの街になってきたな」
「西海事変?」
寂しそうに話すキースの言葉の中にあった自分の知らない単語にシャルルは思わず反応してしまった。
「去年ジガンテスコが攻めてきた話だろ?国中大騒ぎだったじゃねぇか」
「悪い、家で星を見ていたものでね…」
シャルルが、西海事変を知らないことを非難するような口調のキースを適当にあしらおうとしていると、横にいたエメリアがこっそり小声で話しかけてくる。
「キースさんが大活躍したのが、その西海事変なんだよ。私たち一般人には噂くらいしか伝わってないけど色々大変だったみたい。」
「噂…?」
「なんかね、プルミエのあるグランテールの西側は早々に見捨てられてジガンテスコに併合されるって話になってたらしいんだけど、キースさん達が頑張ってなんとかしてくれたんだって!」
小声で、早口で、しかもあまり要領を得ないエメリアの説明でシャルルはあまり事情が飲み込めなかった。
ただなんとなく悪いことを聞いてしまったのかもしれないと、胸の奥に小さなささくれができたことを感じた。
「お!ここだ」
シャルル達がヒソヒソと内緒話をしていると、先頭を歩いていたキースが店の前で立ち止まった。
古くからあるレストランといった出立ちのその店は、入り口のレンガはかけていたけれど、ホコリ一つなく磨かれており、店主が植えたのであろう美しい小さな花が店の周りを彩っていた。
店に入るとすぐに、品の良い痩せた老婦人が水とメニューを運んできた。
何やらキースとは知り合いのようで、挨拶を交わしていた。
席に着くとそこにも美しい花が飾られており、シャルルがそれを嬉しそうに眺めていると、無遠慮な大声でキースが何やらよくわからない名前のメニューを3人分注文した。
「それじゃ、これからの話なんだがな…まずはお前達の役職を聞いておきたい」
「乾杯くらいしてからでも良いでしょう…」
休む間もなく話し出そうとするキースをシャルルが制止する。
すると、キースはそうか?と答えながら、適当にシャルルとエメリアのコップにチンッとコップをぶつけてきた。
シャルルはこいつとは仲良くなれなさそうだなっと呆れていた。
「私は…初めてのクエストなので…役職とかはないんですけど、よかったら前衛で戦いたいと思います」
「前衛!?それはダメだよ!危険すぎる!前で戦うのは僕に任せて君は後ろにいてくれれば良い!」
「シャル君魔法使いじゃない」
「お前、魔法が使えるのか?何ができる?」
エメリアの申し出を黙って聞いていたキースがここで話に入ってきた。
シャルルは、そんなことよりキースもエメリアを止めるべきだと非難の目を向けた。
シャルルの夜空のような目の中に怒りの色が映り込んでるのを見たキースは、慌てることもなく彼を宥めた。
「まぁ、女でも前衛で戦ってる奴はいるし、お前が魔法使いならバランス的にエメリアが前衛なのは悪くない判断だと思うぞ」
「バランスなどどうでもいい!何回も言うが、僕は彼女を危険な目に合わせたくないんだ!」
「そう言う意味でも前衛は安全だろ。俺の隣なんだからお前の隣より安全だ」
キースの当然だろ?と言いたげな顔を見て、シャルルは奥歯を噛み締め口をつぐんだ。
こいつのことを認めたくないっと頭の中の警報器が鳴り響いていた。
そこに、お待ちどうさま、と言いながら気まずそうに先ほどの老婦人が、注文した料理を運んできた。
熱々の鉄板の上で湯気を立てるステーキだった、じゅうじゅうと音を立て、美しい焼き色の下には、仄かな赤みが見られ、香ばしいスパイスの香りが楽団の奏でるトランペットのようにシャルルの全身を刺激した。
シャルルは即座に立ち上がり、それを受け取るため、老婦人の横に体をつけた。
「ありがとうございます。あなたのような麗しい女性の指先で運ばれてきて、料理達も喜んで歌っているようですね。」
「まぁ、ありがとう。召し上がれ」
そういって老婦人はにこやかにお辞儀をすると、立ち去っていった。
キースはその間、突然にこやかに話し始めたシャルルのことを、怪しい呪文を唱える魔法使いを見るような目で見ていた。
シャルルが席に着くと、エメリアは目を閉じて、運ばれてきたステーキの匂いを嗅いでいた、閉じていてもその目が輝いているのがハッキリと分かるようだった。
「んーっ!すっごいいい匂い!」
「バジリコのハーブだろう、プルミエの名産品だからな」
感動するエメリアをよそに、キースはガツガツとステーキに食いついていた。
「で、何の魔法が使えるんだ?火?水?」
ステーキを頬張りながらキースがシャルルに尋ねてきた。
シャルルは、熟練の医者のような美しい丁寧な手つきでステーキを切り分けていた。
「火とか、水とかじゃなくて、手からぬるぬるしてたりベタベタしてる液体を出せるんですよ」
「ぬるぬる…?」
「分かってますよ、地味な魔法でしょ」
シャルルは不思議そうな顔をするキースに冷たく答えると、小さく切ったステーキを自分の口に運んだ。
「いや、そう言う意味じゃねぇんだ。体系魔法の範疇とは違う変わった魔法だな、なんて言う名前なんだ?」
「ぬるぬる&ベタベタです」
『ちがーう!!断じてちがーう!!』
シャルルが魔法の名前を答え終わるより早く、脳内に神の声が響き渡った。
今日一日ですっかり慣れてしまっていたが、あまりに騒がしいので、
「他に、キス•オブ•カサノヴァという名前もあります」
と仕方なく答えてやった。
「そっちのがいいじゃねぇか」
とキースが返事をしたたのを聞いて、シャルルは心底こいつとは気が合わなそうだと思った。
結局その日は夕食が済んだ後、近くの宿屋に部屋をとり、明日の朝出発することになった。
宿屋に部屋をとるときも、キースは3人同じ部屋でいいと言ったが、シャルルが断固としてそれを拒否した。
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