第6話 Primier on my Mind 後編
槍男が颯爽と立ち去ったあと、シャルルたちは誰かパーティメンバーを探そうと声をかけ始めた。
屈強そうな戦士を見つけて声をかけていくのだが、当然だが、みな初心者だと聞くと良い顔をしない。
それでもエメリアはめげずに声をかけていたし、そんな彼女を見ればシャルルにとっても諦めることなどあり得ないことだった。
「すみません、少しいいですか?今一緒にパーティを組んでくれる人を探していて…僕たちは初心者なんですが…」
新しくギルドにやってきた戦士に声をかけてみた。
歳の頃はシャルルと同じくらいで、先ほどの槍男ほどではないが引き締まった体をしているように見えた。
「そうなんですか?僕もそんなに上級者ってわけじゃないんだけど、それでも良ければ」
人当たりの良さそうな戦士の青年はにこやかにそう答えてくれた。
シャルルとエメリアは、思わずお互いを向き合って手を取った。
「本当ですか?ありがとうございます!」
エメリアは、疲れ果てながら声をかけていたので、ようやく見つかったパーティメンバーに地面に頭がつくほど深くお辞儀をした。
彼女のそんな姿を見て青年も少し気恥ずかしそうに笑っていた。
そのとき、突然青年が、ごめん…と呟いた。シャルルとエメリアが青年を見ると、
彼は
「ごめん…本当に組みたいんだけど、急用ができたんだ…ごめん…」
と早口で呟いて走ってギルドから出て行ってしまった。
突然の出来事に、何より期待してしまったことがぬか喜びに終わってしまったことに、2人はクリスマスの来なかった子供のように項垂れて落ち込んでしまった。
一体何が…と思ったシャルルの目にウェーブのかかった金髪が目に入った。
シャルルはそういうことか…と納得し話しかけてみた。
『これもあなたの仕業ですね…』
『人聞きの悪い言い方をするでない!ワシは何も知らんぞ!ただ、もう少しそこで待っておいた方がええと思っとるがの…』
シャルルに問い詰められた神の早口で捲し立てる様は、先程の青年とそっくりでシャルルは何か言い返してやろうと思ったが、今日1日のこの老人の様を見て、それもやめることにした。
そのとき1人の少女がギルドに入ってきた。小柄な愛らしい少女だった。
ピンと背筋を伸ばし、鎖骨くらいまである深い青い髪をたなびかせながら風を切るように歩いていた。
たなびいた髪の内側には、ツンと尖った耳と、今にも顔から落ちてしまいそうな、髪と同じ深い青のビー玉のような瞳が輝いていた。
少女がシャルル達を見つけると、ニコッと微笑んで近づいてきた。
「あなた達パーティメンバーを探してるの?」
少女がよく通る声でシャルル達に問いかけた、エメリアがコクリと頷くと少女は満足げに頷き返した。
「やっぱりそうなのね!私メイシーよ、あなた達のパーティメンバーになってあげる!」
「本当ですか?でも私たち初心者で…」
エメリアが自身なさげにメイシーを見て答えた。
「そんなの見ればわかるわよ。大丈夫、私初心者をサポートするのには慣れてるの!」
メイシーは、フンと鼻を鳴らしながら、胸を張って背筋をさらに伸ばし、小さな体身体を少しでも大きく見せようとしているようだった。
「それはありがたいですね、あなたのような可憐な方が加わってくれるなら僕も両手に花で誇らしいです」
そんなメイシーにシャルルは丁寧にお辞儀をして答えてみせた。
「花ぁ?たんぽぽと、バラだけどね、それも青いね、幻の」
メイシーはエメリアのホコリを被った制服をジロジロと無遠慮に見回したあと、髪の色に合わせた自分のスカートをひらりと持ち上げながらそう答えた。
「どちらも愛を花言葉に持つ美しい花ですね」
シャルルがそういったメイシーの態度も全て飲み込んで微笑んで見せると、メイシーは不満げに
「青は神の祝福よ!」
と答えた。
シャルルがそれは、無縁なものかもしれないな…と考えていると後ろから、今度は聞き覚えのある声がした。
「シャルル、エメリア!そいつはやめとけ!」
声の主は槍男だった。先ほどのようにつまらなそうな顔をしてこちらに歩いてくる。
「キース…!あんたきてたんだ…!」
「たまたまな、メイシー今日は帰るんだな」
何やら知り合いのようである、2人が話し合っているが、決して友好的な雰囲気ではなかった。
特にメイシーが、異常なほど毛嫌いしているのがこちらにも伝わってきた。
「おあいにく様、もうこちらのお二人とは、パーティを組む契約をしてしまったの。それにこの2人は私がいないと随分と困るんじゃないかしら?」
メイシーが槍男を見ながら勝ち誇ったような笑みを浮かべて、もうこれ以上伸ばすことはできないと腰が悲鳴を上げるほど、胸を張ってみせながら答えた。
「ただの口約束だろうが、お前が帰っても、この俺がパーティを組んでやるさ、それなら困らねぇだろ」
「はぁ!?偉大なる白銀のキース様が!?このブロンズと!?」
メイシーは、その可憐な見た目からは想像もつかない、汚らしい声と言葉で、おそらくシャルルとエメリアを嘲笑しながら話していた。
「白銀の…キース…様!」
そのとき驚いて声を上げたのはエメリアだった。
可愛らしい緑の目を丸くしてメイシーに負けず劣らず見開いていた。
「知ってるの?」
小声でシャルルがエメリアに尋ねると、エメリアも小声の早口で答えてくれた。
「知ってるよ!超有名人!グランテールでも片手で数えるほどしかいない白銀ランクってやつで、前回の戦争でもあちこちで勝ち続けて、キース様がいなかったら今頃この国はないって言われてるんだよ!グランテールの守護神!」
エメリアの解説を聞いたメイシーは、気に入らなさそうにエメリアを一瞥したあとに小さく舌打ちをしたあとで切り出した。
「で、そんなにお偉いキース様が、このブロンズと組もうなんて何を企んでるのかしらねぇ」
「企んでるのはお前だろ、メイシー。お前が初心者の連中を好き放題働かせて、ランクポイントと金を荒稼ぎしてるのを目の前で黙ってみてるつもりはねぇってだけだ。」
「何のことかしら?」
メイシーは、キースに言われた言葉を、さっぱりわからないと言わんばかりに両肩をすくめてみせたが、その姿勢はいつの間にか胸を張ることをやめているように見えた。
「とにかく、どっちとパーティを組みたいかは、シャルルとエメリアの2人が決めれば良い。俺はそれに従うさ」
どうする?と言うようにキースがこちらを見つめる。
つまらなそうな顔をしているように見えるが、声から伝わってくるのは、不思議なことに、真剣さと優しさだった。
シャルルはこの男はこういう顔しかできないのかもしれないな、と考えていた。
『何じゃこの男!シャルル!絶対にメイシーを選ぶんじゃ!』
『ええか!シャルル!お主のパーティの3人目はメイシーじゃ!そう決まっとる』
いつものように突然話しかけてきた神の声の粒の中に、いつもの楽しげで呑気な音とは異なる、怒気のような音の粒が入っていることを、シャルルは聞き逃さなかった。
『運命の書によって…ですか?』
『そうじゃ!運命の書によってお主の未来はワシらが導いてやろう、この男はそこに入っとらん!はよう!全く!』
シャルルは、呑気で自分勝手な老人を、僅かながらであっても怒らせることができたキースという男に、不思議な興味が湧いてきた。それはグランテールに来た時にも殆ど感じることのなかった、冒険心のようなものだったのかもしれない。
「キースさん、僕たちとパーティを組んでください」
シャルルの心に湧いた未知への希望は、そんなに多くはなかったけれど、彼に、神の言うことを裏切らせるのには十分な量だった。
美しい細い指を先端にあしらった腕を、まっすぐにできるだけ美しく見えるようにシャルルは、キースに向かって差し出した。
『いかーん!なぜじゃ!パーティメンバーは女子で固めるべしとこの運命の書にも…』
「おう、よろしく」
無造作にキースがシャルルの手を握った瞬間に、神の声はもう聞こえなくなってしまった。この時、シャルルは、自分の前髪を気に留めることもなく、これからの冒険に少しだけ胸を高鳴らせていた。
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