第4話 He Will Follow Me 後編
なんとか暴漢たちを撒き、再び神のエスコートに従うシャルルとエメリアは、その後二回暴漢に襲われ、その間に一回暴走する馬に轢かれかけた。
どれも、神にもらったキス•オブ•カサノヴァの力で乗りきったが、シャルルたちの足取りは流石に重たくなっていた。
「ごめんよ、この街がこんなに治安が悪いなんて思いもしなかったよ。知っていればもっと対策を考えてきたんだけど…」
「ううん、全然平気だよ!私走るの得意だし!普段はこんなに怖い街じゃないんだけど、今日は何だか神様に邪魔されてるみたいだね」
そう言ってエメリアは汗だくで息を切らしながら笑ってくれたが、シャルルは、エメリアの言葉を聞いた瞬間に、視界の端に映る金色の前髪が目に入った。
『神様が全て仕組んだことなんですね?』
怒りを含んだ口調で神に問いかけた。
『仕組んだと言うよりはワシはそのときその場所にあるものに案内しただけじゃよ。』
『どうしてまた、彼女が危険に遭うようなことをしたんですか?』
『異世界に来たら、イベントをこなさんと!最初のが暴漢、その次が人攫いで、さっきのが強盗じゃ!この方がやりがいがあって面白いんじゃろ?』
『そんな面白さは感じないし、いくら何でも多すぎます…!読んだことはないけど、ライトノベルだってそんなに多くはないでしょう』
分かってはいたが、全く悪びれることのない神のメチャクチャな理論に、なんとか対抗しようとシャルルは食い下がった。
『ワシだってこんなにはいらんと思うたんじゃが、お前に礼をしたい神は他にもたくさんおるからのぉ…その者達のイベントを無視してワシのだけやるわけにもいかんのじゃ…』
この神様は食い下がられることが苦手なのか、老人には似合わないそぶりで、教師に注意された幼子のように、モゴモゴと口の中で小さく答えた。
『これ以上人に襲われるのであれば、僕はあなたの案内には従いませんよ…例え三日三晩耳元で叫ばれても無視してみせますからね』
『安心せえ!もう襲撃イベントは終わりじゃ!ようやったの』
『本当ですね?ところでそろそろ目的地を教えてもらえますか?彼女を休ませてあげないと』
シャルルは息絶え絶えに歩くエメリアを横目でチラッと見た。手は貸しているものの、そんな支えでは全然足りないといった感じだった。
『目的地はもう目の前じゃよ!おめでとう!ギルドにたどり着いたぞ』
『ギルド…?』
また訳の分からない言葉を使って…と思いながら尋ねたシャルルの問いかけには、神からの返事はなかった。
シャルルの前には、一見豪華な建物が鎮座していた。
レンガ作りの壁に大理石の床、開かれた大きな門の上には、馬だか竜だかの彫刻が飾ってある。
しかし、よく見れば、彫刻の動物は一体は右手が取れていて、もう一体は頭がなくなっていたし、レンガ作りの壁も随分古い物のようでカケとヒビが目立った。
中からは時々人が出てきたが、みな疲れ果てた戦士のような風貌で、あちこちに古傷の跡があったり、あんな物持てるのかと言うほど大きな剣を持っていた。
「びっくりしたー!落ち着ける場所ってここだったのね!確かにギルドなら安全だねっ。シャル君はこのギルドの戦士なの?」
エメリアは、この豪華風な建物のことを知っているようで、安心したように胸を撫で下ろした。張っていた力が抜けたのか、ソフトクリームが溶けるように表情が崩れた。
「いや…僕はここにきたのは初めてだけど…ギルドって何をするところだっけ…?」
「えぇー!ギルドを知らないの?どうせ家で本ばっかり読んでたんでしょ!」
「毎日家で君のことを考えてたら夜になってしまうからね」
「シャル君は賢いのに馬鹿だなぁ」
目を丸くして驚くエメリアに、そんなに常識的な物なのかとシャルルがしどろもどろにならないように、適当に
話を合わせると、やっぱりエメリアは笑っていた。
「ギルドっていうのはね、この国の戦士達を束ねる、うーん会社?みたいな物だよ!ここでクエストを受けて任務に行くと、お金がもらえるんだ!」
「クエストって?」
「色々だよ!モンスターを倒したり、ダンジョンを攻略したり!中には命の危険もあるようなのもあるみたい…」
シャルルは、そうなんだ、と答えて質問を一旦やめにした。
まだまだ聞きたいことはあったが、辞書を引くように全てを聞いてしまってはエメリアが記憶を操作されていることに気がついてしまうかもしれない。
神が、あまり良い思い出はないと言っていたのだからそれも可哀想だと考えた。
とりあえず中に入ろうと門を抜けると、おそらく依頼書が貼ってある巨大な掲示板がまず目に入った。
壁一面はあろうかと言う巨大な掲示板には、それでも足りないほどの依頼書が重なり合わせて貼られていて、何かの虫の巣のようで少し気味が悪いほどだった。
掲示板の前には、先ほどすれ違ったような戦士達が腰を下ろす休憩用の椅子とテーブルがこれもまた大量に備えられていたが、こちらは結構な数の空きがあったり、
この量のクエストをこなすのには人数が足りないのでは?とシャルルは不思議に思った。
『シャルルは何も知らんのぉ…ギルドもクエストもお主の世界でもありふれておるじゃろうに…』
神が呆れたような声でこちらに交信してきた。
『あるわけがないでしょう…こういうことはもう少し前もって説明してください』
『こんな言葉の説明運命の書でもされておらんかったぞ』
『僕は少年誌派だと、何度言えば分かってくれるんですか?大体ライトノベルの世界観と都合よく同じ世界があってそこに転生できるなんておかしいでしょ』
神の偏った常識にシャルルの方が呆れ声になってしまった。
シャルルは突然放り込まれた異世界で必死に、神の言うイベントをクリアするうちに、神に対して怒りを覚えるほどの元気を失っていた。
『さてのぉ、お主と同じ世界の人間がその世界か、そこと似た世界を冒険して、本に記したんじゃろう。次の者が、最初から楽に冒険できるようにしたかったのやも知れんの。ま、お主には意味がなかったようじゃが…』
『僕の他にもこっちの世界に来た人間がいるんですか?』
『そりゃおると思うよ、全く同じ世界かどうかは分からんがの。世界は無数に深く広く広がっておるからの。』
『神様なんだからいるかどうかはっきり分かるはずでしょう』
今回も食い下がってみたが、ここで神の声は聞こえなくなってしまった。
シャルルの耳にはギルドの係員らしき者が繰り返し叫び続ける声が響いてくるだけだった。
「ようこそ!グランテール随一のギルド、プルミエギルドへ!あなたも戦士としてプルミエの平和そしてグランテールの平和を守ってみませんか?ようこそ!グランテール随一の…」
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