第3話 He Will Follow Me 前編
信じられないほどホコリが舞い立つ古びた酒場の店内でシャルル=レントは理解を超える事態の処理のために、完全にフリーズしていた。
そんなとき、ギイギイと鳴る酒場のドアの不吉な呻き声が彼を現実に引き戻してくれた。
「あの、僕たちはいつから幼馴染だったかな…?」
「本当にどうしたの?シャル君と私は生まれた時からずっと一緒でしょ?」
「そ、そうだよね」
自分に向けられるエメリアのあまりにも痛々しい眼差しに耐えきれずに、シャルルは適当な相槌で話を合わせることしかできなかった。
『シャルル!そこでの用事はもう終わった!次に向かうのじゃ』
『今それどころじゃないんです!僕がこの世界に来たのはほんの2時間前なのに…』
『その娘はワシがお主に用意してやった幼馴染じゃ。嬉しかろう』
突然話しかけてきた神に今の状況を伝えようとした矢先に、唐突にその答えを突きつけられた。
神は今日も壊れたラジオのように急かし立てているが今回ばかりは聞き流すわけにはいかなかった。
『用意したってどういうことですか?まさかこの女性の…エメリアさんの記憶を操作したってことですか?』
シャルルが気になるのはエメリアの安全だった。
健全に生きてきた女性の幸福な人生に傷をつけてしまったのならば、彼はそれを一生心のささくれとして生きていくことになるだろう。
『なんじゃ、随分変なことを気にするのう…記憶操作などよくあることじゃろう…』
『よくあるわけがないでしょう!』
『いや、しかしこの運命の書によるとの…』
『僕は少年誌派だ!』
まともに答えようとしない神に苛立ちを隠せずにシャルルは反論した。
何かを察したエメリアが心配そうに、シャル君?と語りかけ、何でもないよ、とシャルルは無理に微笑んで返事をした。
『むう…そんなに心配せんでも、その娘はもっと前に命を落としとるはずの不幸な娘じゃよ。幸せな記憶などほとんど持っておらんかったからの、ワシがお主の記憶を埋め込んで、因果に少々干渉してここに導いたのじゃ』
『そうだったとしても…』
『まさか、そのまま死んでおる方が幸せだとはお主も思うまい?』
シャルルはエメリアに聞こえてしまうのでは、と思うほど強くギリリと奥歯を噛み締めた。
自分のために記憶を操作された女性がいると言う事実はシャルルの心にささくれを作り出したが、それでもそれで命が救われるならとそれを受け入れるしかなかった。
『なぜそんなことをしたんです?』
『決まっておろう!物語には幼馴染が必要なんじゃ!ワシはこれを絶対に必要だと言うのに、仲間のゼブルンときたら、そんなものはいらんなどと言うのじゃ…あの陰気ものめ!』
心の中ではぁ…とため息をついてシャルルはエメリアの手を取った。
「それじゃ落ち着ける場所に行こうか。さっきも行ったけどここは君に相応しくないだろ?」
「シャル君は変わらないね」
優しく微笑むエメリアの目は、微笑み返したシャルルの胸に少しだけ痛みを走らせた。耳の奥の方ではもう既に神による親切すぎるナビゲーションが始まっていた。
神に言われるがまま、仕方ないのでシャルルは左手をそっとエメリアの腰に添えながら、ゆっくりと歩いた。
歩く間エメリアからシャルルの思い出をいくつか聞き出すことができた。
エメリア曰く、シャルルは、5歳にして上級魔法なるものを使いこなし、10を超す頃には大人でも敵わない神童だったそうだ。
さらに15歳の時には王様の護衛軍に最年少でスカウトされたそうだが、その頃に村の危機を救うことと引き換えに魔力を失ってしまい、エメリアとシャルルはその頃に引っ越して離れ離れになっていたらしい。
荒唐無稽な設定に、神は物語がどうこう言っていたが、これが物語だとしたらあまりに盛りすぎではないのか、とシャルルは開いた口が塞がらなかった。
「だからさっき逃げてって言ったの!なのにシャル君が魔法使えたときはびっくりしちゃったよー!いつできるようになったの?」
「エメリアが困ってたからね、それなら僕は魔法どころか、空を飛ぶことも、竜に変身することだってできるよ」
「なにそれー!」
胸がちくりと痛みながらもエメリアの質問をはぐらかしておどけるシャルルを見て、エメリアは笑った。
エメリアは、年端のいかない少女のように見え、シャルルは少し安心した。
そこを左!という神の声に合わせて道を曲がると、薄暗い路地の真ん中で、3人の男がたむろしていた。
3人とも、自分の身体が小さすぎると言わんばかりに、所狭しと刺青を入れ、眉毛に何か恨みでもあるのか、6本とも剃り落とされていた。
絵に描いたような悪党だな、とシャルルは思いながら、怪しまれぬようにエメリアを身体の陰に隠した。
「おい!兄ちゃん!」
エメリアが見つかったのか眉なしたちが声をかけてきた。
「そっちの可愛い女の子と少しお話しがあるんだ、ちょっと向こうで待っててくれや」
「悪いがこちらには話がないんだ」
ぞろぞろと男たちが立ち上がりシャルルとエメリアの周りを囲もうとしてきた。
「そんなこと言わねぇでさ、軽ーく談笑するだけよ、服は脱いでもらうかもしれねぇけどな」
そういうと、眉なしは目をギラギラと見開きながらゲラゲラと下品に笑い始めた。
「驚いたな、人間の言葉がきちんと扱えるのか?」
シャルルがそう答えると、眉なしたちはあぁっと恫喝をしながら掴み掛かろうとしてきた。
シャルルは左手から摩擦力を下げると言われた液体を出してみた、油のようなぬるぬるとした感触の液体だった。
油のような液体を相手の周りに撒き散らすと、眉なしたちは立つこともままならぬようで、地面に抱擁を繰り返していた。
『シャルル!その液体を出すスキルはの、キス•オブ•カサノヴァ、今出した液体が、キス•ド•フロアで、さっき出した相手を捉える液体がキス•ド•ウォールじゃ!』
『あなたは一体何を言ってるんだ。』
シャルルは、暴漢たちから素早く逃げ出してエメリアと共に走り出した自分に対して、唐突に訳の分からない言葉を羅列する神に冷たく答えた。
『スキルの名前じゃよ!能力名がないと何も始まらんじゃろ?』
『あぁ、この液体を出す魔法のことですか?そんな覚えにくい名前じゃなくてぬるぬる&べたべたとかで良いじゃないですか』
『ダサすぎるわ!運命の書によれば能力名は英語にせねばいかんと決まっておる!例外はほとんどない!』
『だから僕は少年誌派です!』
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