第45話 signal red-2
一瞬瞠目した氷室が、嬉しそうに目を細めた。
「・・・・・・それは、ちょっと優越感かも・・・結にはトラウマかもしれないけど」
彼の眼差しに宿る柔らかい愛情が、そろりと胸を擽って来る。
繋いだままの手を強く握りしめられる。
親指の腹で爪の先を撫でられて、ドキッとした。
「っトラウマってほどじゃないけど・・・・・・相手の意見もちゃんと聞きましょうっていう・・・勉強になったから」
最近氷室は結が油断した隙を狙ってこういうちょっかいを掛けてくる。
そして、反応に困る結を眺めて幸せそうに微笑むのだ。
宇宙空間をイメージしたゾーンは、全体的に照明が落とされている。
一気に赤くなった頬を見られなくて良かった、とホッと息を吐いた途端反対の手のひらに頬を包み込まれた。
「ぇ・・・?」
あまりの早業に反応が遅れてしまう。
氷室の手のひらの熱を頬で感じ取っっているのだと気づいた瞬間、大きく心臓が跳ねた。
「顔赤い」
「あ、赤くない」
この暗さでも分かるくらい頬が上気しているだなんて。
咄嗟に否定した結の顔を覗き込んで、氷室が吐息で笑う。
「もうちょっとここに居る?」
「え?」
すでにこのゾーンの展示はすべて見終えている。
投げられた質問の意味が分からず首を傾げれば、氷室がいいの?と返して来た。
「あっちはだいぶ明るいみたいだけど?真っ赤なままで行って困んない?」
視線で示された次のゾーンはやわらかな光が射すやすらぎの空間がテーマになっており、照明が灯されている。
フロアの半分を埋め尽くすオーバーハング水槽の中では、海を彩るカラフルな魚たちが泳いでいた。
「っっ!」
それはよくない、物凄くよくない。
一瞬にして真顔になった結は、無意識に氷室の手を手前に引き寄せていた。
これ以上先に行かせないためだ。
あんなちょっとの触れ合いで頬を染めるだなんて。
彼とはキスだってしているのに。
キスはまだいい。
唇を触れ合わせるタイミングがちゃんと分かるからある程度は心の準備が出来る。
けれど、こうして繋いだ指を撫でられたり、手の甲を叩かれたりするタイミングはさっぱり読めない。
完全に氷室の気まぐれだからだ。
そういう予期せぬスキンシップに死ぬほどうろたえてしまうのだ。
だって昔の氷室は、手を繋いだら、行儀よく指先を握りしめることしかしてくれなかった。
待ちきれずに先に指を絡ませた結にぎょっとなって耳まで赤くなるような男の子だったのに。
こんな戯れみたいな触れ合いで女子の心を揺さぶる大人の男じゃなかったのに。
結のほうに身体を近づけた氷室が、折り曲げた指の背で頬を撫でてから離れた。
それから軽く結の手を引く。
「あっちでちょっと座ろ」
リニューアルしたアクアリウムは、完全バリアフリーで、各フロアの至るところに休憩スペースが設けられている。
家族連れもお年寄りもカップルもみんなが楽しめるようにと、細やかな心配りがされていた。
球体水槽の近くのベンチには小さい子供を連れた家族連れが座っている。
人の少ない壁際のベンチに腰を下ろすと、この空間の全体像を見渡すことが出来た。
こうして座って見るとさらに無限の宇宙にいくつもの惑星が浮かんでいるように見える。
「で、お前は何に緊張して赤くなったの?」
「・・・・・・黙秘権」
言えるわけがない。
未だに高校生の氷室と付き合っている感覚が抜けなくて、大人の氷室を前にする度心拍数が上がるなんて。
彼はとっくに昔の結と今の結の区別をつけて、大人になった結とお付き合いしてくれている。
だから、結婚を前提になんて言葉が出て来るのだ。
高校生の男の子がそんな発想するわけない。
初カレの元カレが、大幅にグレードアップして最強の今カレになって返ってきました!
残念ながら、今の私のスキルでは攻略不可です。
「なんだよそれ・・・・・・」
横並びで座った一瞬だけ離れた二人の手は、数秒前にまた繋がれてしまった。
視線は目の前を行き交うカップルや家族連れを追いながら、けれど氷室の指はずっと結の爪を撫でたり、指の形を確かめたりしてくる。
たぶん、これに深い意味は無くて手持ち無沙汰で彼はそうしているのだ。
だから、これしきのことで動揺してはいけない。
氷室以外を知らないわけじゃないし、あれから別の人とも付き合った。
当然歴代の元カレとはキス以上の事だってして来た。
でも、こんな風にドキドキしたりはしなかった。
くすぐったいじゃれ合いに、照れこそすれ笑い返せるくらいの余裕はいつだって持てていた。
だけど、いまは違う。
氷室の一挙手一投足に心臓が大騒ぎを繰り返す。
目の前の景色か視線を外した氷室が、じいっとこちらを見つめてくる。
その視線を感じるだけでまた頬が熱くなるのだからほんとうにいやになる。
どうしちゃったのよ私の心と身体!!!
視線を合わせないように、足元に伸びて来たレーザーの光を目で追っていると、氷室が指の隙間を擽るように撫でて来た。
「・・・んっ」
咄嗟に漏れた自分の甘ったるい声に泣きそうになる。
唇を引き結んだ結に顔を近づけた氷室が、唇で耳たぶを撫でて来た。
慌てて氷室の指を握りしめる。
「・・・・・・結、こんな敏感だったんだ」
「~~っ違う」
結だっていま初めて知ったのだ。
そしてそれを氷室に知られたから、彼の指は甘えるように指の隙間をなぞってくる。
「じゃあ俺にだけ?」
「!!!」
図星を突かれてぎゅっと目を閉じれば、氷室が笑って耳の後ろにキスを落とした。
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