第12話 salmon pink
「降ろすの駅前でいいんだっけ?」
ハンドルを握る氷室からの質問に、結と後輩の太田は揃って頷いた。
メディカルセンター主催の従業員向けバーベキューパーティーに参加する子供たちへのお菓子選びのために、二人で都心部まで出かけることになっていたのだが、出かける直前に氷室に会って、これから二人で買い出しだと伝えたら、目的地まで送って貰えることになった。
駅までの距離と電車の待ち時間を考えるととても助かるのだが、さっきからソワソワと落ち着かない後輩の動向が気になって仕方ない。
「ほんと助かる。この時間は電車20分に一本だからさぁ」
「快速停まんないし不便だよな。出かけ際に会えて良かったな」
「うん。あ、でも氷室くんのアポ間に合うの?」
「早めに出たから余裕」
「氷室さんはこの後どちらに行かれるんですか?」
後部座席から身を乗り出すように尋ねた太田の顔には、氷室に興味がありますとでかでかと書いてある。
「西園寺土地開発と打ち合わせなんだよ。太田さん、折原の仕事ぷりはどう?」
ちゃんと名前を覚えて貰っていたことに感動したらしい太田は目を輝かせている。
なんだか昔の自分を見ているようだ。
「折原さんほんと頼りになるんですよ!うちへの異動すっごく急だったのに課長と二人で決算関係全部取り仕切ってくれて・・・折原さんがいなかったらどうなっていたことか・・・」
前任者からの引継ぎゼロでスタートしたメディカルセンターでの仕事は、人事総務経験があったとはいえ結構ハードだった。
無事に乗り切れたのは、みんなの協力があったからこそだ。
「はいはい。後でお茶奢るよ。ケーキも買うよ」
元々日ごろの感謝を込めてごちそうするつもりだったけれど、これは手土産も追加した方がよさそうだ。
「すっごく優しいし!美人だし!」
「太田ちゃん、もういいから」
苦笑いを浮かべた結をバックミラー越しに眺めて、氷室が楽しそうに笑み崩れる。
「はは!そっか、上手くやってるみたいだな。安心した」
結を気遣うその笑顔は、昔のことがあるからだろうが、こうも嬉しそうにされると心臓に悪い。
その気がなくても勝手に期待してしまいそうだ。
「折原初めてのバーベキューパーティーだろ?」
「氷室くんは毎年参加してるの?」
「去年は二日酔いで顔出さなかった。その前は雪村さんに呼ばれて行ったな。あの頃まだ人そんな多くなくて、赤松さんと黄月さんの仕切りだから、手伝えって言われてさ」
「お肉も美味しいんですけど、お酒の量が半端なくて、余りはみんな持って帰っていいとか言われるから最後の方とかもう取り合いですよ。一昨年は、雪村さんと氷室さんが並んでバーベキュー焼いてるのめちゃめちゃ写真撮られてましたよね!社内報にも上がってた気が!去年は雪村さんも途中参加で、赤松さんと黄月さんがめっちゃ頑張ってお肉焼いてくれてましたよー」
「太田ちゃんは毎年参加なのね」
「新入社員の頃から欠かさず毎年参加ですよー。お肉も野菜もお酒も持って帰れるから、若手の独身組はほぼ参加してますよー」
「なるほど」
「折原さんも今年は参加してくださいね!」
「んー・・・・・・でもなあー・・・行きしなはいいんだけど、酔って駅まで歩いてバーベキューの匂いさせながら電車乗って帰るのが怠いっていうか・・・」
太田のように徒歩圏内の西園寺不動産のマンションに住んでいるなら良いのだが、休日のさらに本数の少ないダイヤを待って電車に乗って帰るのは正直面倒なのだ。
「え、折原まだこっちに引っ越してないの?部屋早めに決めるって言ってなかった?」
氷室が意外そうな顔で尋ねて来た。
再会してすぐに飲みに行った時には、こっちによい部屋があったら引っ越そうかと考えていたのだが、結局そのままになっている。
仕事が急に忙しくなったせいで、ここ数年で一気に増えた荷物を引っ越しに合わせて整理する気力が湧いてこなかったのだ。
「うん。あれから忙しくなって部屋探し中断しちゃって、今の部屋間取りとか気に入ってるからそのまま住んでるのよ・・・」
「そっか・・・まあ、長年住むと部屋に愛着湧くよなぁ」
「私が自分で契約書類まで全部作って処理したから尚更思い入れあってさぁ」
西園寺不動産に入社してすぐは独身寮で暮らして、半年ほど経った頃に会社が持っている空き物件の中でお気に入りマンションを見つけて引っ越しをした。
覚えたての事務手続きを先輩に見て貰いながら一通り自分で行ったのはいい思い出だ。
だから多少通勤が不便でも、離れがたい。
バーベキューパーティーの仕切りが人事総務なら欠席するわけにはいかないが、施設管理が仕切るのであれば顔を出さなくても問題ないだろう。
従業員とその家族向けのイベントなのだから。
「ええー来てくださいよー!帰るの面倒ならそのままウチ泊まって貰って構いませんしー!」
「いや、そこまで面倒じゃないのよ。でも、家族連れと若手が集まるんでしょ?私まだこっちで知り合いそんないないしさぁ」
「でもこの機会に他部署に顔繋げとくと色々便利だと思うけどな?」
「ですよね!?」
氷室の言葉に大きく太田が頷いて、うーん、と悩み始めた結に向かって、氷室がついでのように言った。
「帰るの面倒なら、俺が家まで送ってやるよ」
突然の提案に、隣で太田が目を見開いている。
「え、でも美味しいお酒あるのに氷室くん飲めなくなるけど?」
「どうせ週末はどっかの会合で飲んで帰ってるからいいよ、別に」
「な、なんか私のために参加させるの申し訳ないんだけど」
そこまでお酒が飲みたいわけでもお肉が食べたいわけでもない。
「別に折原のために行くんじゃないけど、折原が行くなら、俺も行こうかなって」
たしかに、人事総務は沢山の部署と関わりのある仕事なので、顔を繋げておくに越したことは無い。
しかも氷室を介して紹介して貰えたら、かなり円滑に挨拶回り出来る気もする。
今後の仕事の効率は格段に上がるだろう。
「折原さん!ぜっっったい来てください!約束ですよ!!!!」
勝手に小指を絡め取って指切りげんまんして来る太田に、あははと渇いた笑みを返す。
バックミラー越しに氷室が視線を合わせて微笑んだ。
「じゃあ、参加決定で。当日は腹減らして来いよ」
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