第15話 coral pink-1

たびたび社内で氷室の噂を耳にするようになって、ああやっぱりここでも人気者なのね彼は、とどこか他人事のように感じていた結が当事者になったのは、こっちに異動して来てから半年ほど経ったメディカルセンターで懇親会が行われた夜の事だった。


「あのう・・・・・・折原さんって懇親会参加されるんですか?」


会場となるカフェテリアで、懇親会の準備をするのは毎回人事総務の仕事になっているらしく、課員総出でテーブルを移動させたり、ケータリングを準備したりしているところに近づいてきた見知らぬ女子社員からの質問に、結は笑顔で答える。


「いいえー。私は参加しませんよー」


これは主に二十代の未婚の男女に向けた懇親会である。


若手社員のグループ間交流を目的とした懇親会、という名のお見合いパーティーだ。


入社して数年の二十代半ばの社員がメインの会に、三十路の結は最初から参加の意志は無かった。


そもそも社内恋愛をするつもりもない。


にもかかわらず、さっきから同じような質問を投げられる理由はただ一つである。


「そうなんですねー・・・あの、じゃあ、氷室さんはー?」


ほらまた来た。


ついさっきも同じ質問に同じ返事をしたばかりである。


「それは分かりません。私は別部署ですし」


どうしてイノベーションチームの氷室のスケジュールを人事総務の結が把握していると思うのか。


「あ・・・そう・・・ですか・・・あの、折原さんから氷室さんに声掛けとかの予定は・・・」


「ありません。イノベーションチームは忙しいですから。氷室くんに話したいことがあるなら、直接声を掛けるほうが早いですよー」


結に声を掛けてくる若手の女子社員のお目当ては現在フリーで彼女なしの氷室で、彼と立ち話をする姿がたびたび目撃されている結に尋ねれば、彼の情報が分かるのではとみんなが思っているようだ。


が、甘い。


あくまで結と氷室は会社の同僚だし、そりゃあ立ち話もするし、無理な依頼を頼まれてやったりもするけれど、それだけの関係なのだ。


元カレではあるけれど、現在のところは友人である。


「・・・ですよねー・・・・・・手を止めてしまってすみません・・・」


「いえいえ。お気になさらず」


色んな部署とやり取りのある人事総務なので、常に愛想は良くしておかなくてはならない。


多少煩わしくても面倒でも、だ。


去っていく女子社員を見送って、再びパーティー準備に戻ると、課長が、折原さんは懇親会初めてだし、ちょっとだけ参加してみれば?と妙な気遣いを見せて来た。


その言葉に途端後輩が目を輝かせてこちらを見てくる。


「そうですよ!折原さんも出ましょうよー。ケータリングは美味しいしお酒は飲み放題だし、楽しいですよー!」


「若手に一人混じると悪目立ちするから嫌よ」


「ええーなんでですかー!みんな氷室さんと仲いい折原さんと話したがってますよ」


「あのね、それは話をしたがってるんじゃなくて、話を聞き出したがってるの」


うっかり酔った勢いで元カレであることがバレたら面倒なことになる。


絶対参加しません、と突っぱねる結と、乾杯の音頭の時まで残りなさいよと言う課長と後輩のやり取りが続く中、懇親会の開始時刻が迫って来た。


ぞろそろとグループ会社の社員たちもメディカルセンターに集まり始めて、そうなって来るとドリンクの捌け具合や、食器の在庫なんかがつい気になってしまう。


しょうがないから暫く様子見していようかと思いだしたところで、急に名前を呼ばれた。


「折原!」


エントランスからカフェテリアに歩いてくるのは今日も見惚れてしまうくらいスーツがよく似合う氷室だ。


夕方から外出の時はそのまま帰宅することが多いと聞いていたので、てっきり今日もそのスケジュールかと思っていた。


どうやら社内作業が残っていて戻って来たらしい。


「っはい!あ、お帰りー。直帰かと思ってたけど戻って来たんだ?」


結の問いかけに頷いて近づいてきた氷室に、周りの視線が集中する。


この場にいるのは未婚の独身社員ばかりなので無理もない。


が、突き刺すような視線はやっぱり居心地がよろしくない。


「こっちに残してる仕事があって・・・・・・え、なに、折原も懇親会参加すんの?」


探るような視線を向けてくる彼に苦笑いを返す。


「人事総務が準備担当だから、ちょっとだけ残ろうかなって・・・」


懇親会自体に興味は無いが、部署がメインで受け持っている会の内容をさっぱり知らないというのもどうかと思う。


結の言葉にふーんと呟いた氷室が、おもむろに結に向かって手を伸ばして来た。


「・・・・・・・・・あのさ、話あるんだけど」


こんな風に改まった口調で話しかけられるのは初めての事だ。


この感じは仕事の話じゃないな、と何となく悟る。


「うん?」


きょとんとなった時には、彼に手首を掴まれてしまっていた。












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