第2話 aurora-2

赤松は他人事だからそんな簡単に言ってくれるが、もっと色々あるのだ。


それを言うなら黄月が結婚して以降、ずっと雪村と赤松が付き合っているとか付き合っていないとかの噂がしょっちゅう出回っているが、赤松には全くその気がないことのほうが不思議でならない。


「赤松さんは、雪村さんと付き合わないんですか?」


「え、うちら仲悪いよ?」


「その割にはしょっちゅう飲みに行ってますよね?」


「それは黄月がいるからね。黄月の嫁私の友達だし」


黄月が結婚するまでは、赤松のことを雪村と黄月が取り合っているという噂もあったらしいが、この感じだとそれは完全にデマのようだ。


「残った二人が纏まるのってドラマじゃテッパンなのに・・・」


「いやいやいや。同じこと雪村に言ってごらん?死ぬほど嫌そうな顔されるから」


「でも大々的に付き合ってません宣言はしないんですね」


「んー、言っても勝手に否定されるからね。無駄なことはしないに限る」


「はぁ・・・そうですか」


自分の周りの人間関係には物凄く敏い赤松だが、自分のプライベートについてはほとんど話すことが無い。


「そんなことより、具体的にどこらへんが気まずいのかお姉さんに言ってごらん?的確なアドバイスしたげるからさぁ」


社内の人間関係を熟知している彼女のもとには迷える子羊ならぬ迷える女子社員たちが詰めかけるので、赤松はメディカルセンターの姉御的存在だった。


頼りがいは申し分ないし信頼できることも分かっているのだが、如何せん赤松は何でも面白がるきらいがあるのだ。


「面白がってますよね?」


「二人の恋の行方次第で涙の海に沈む女子社員が大量発生するからねぇ。把握しとかないと」


悪びれずひょいと肩を竦めた赤松がネギたっぷりの中華スープを口に運ぶ。


お味噌汁を啜った菊池が、でもさぁ、と呟いた。


「昔からの知り合いと付き合うって色々戸惑いもあるからねぇ・・・気持ち分かるよ・・・仕事場で再会したなら尚更よねぇ」


彼女自身の体験を振り返るような菊池の言葉に結は思わず身を乗り出した。


本当にまったくその通りなのだ。


「ですよね!」


しかも、こちとら10年以上ぶりに彼に再会したのだから、戸惑いは10年分である。


それも決して素敵な別れ方ではなかったので尚更気まずいのだ。


「でも、その昔からの知り合いと付き合ってめちゃめちゃ上手く行ってるよねぇ、菊池ちゃんは」


いきなり矛先を向けられた菊池が慌ててランチトレーに視線を下ろした。


「あ、相性が良かったんだと思いますっ」


それも物凄く納得である。


相性が良ければ多少のすれ違いは許せるし、寛大にもなれる。


「ほら相性だよ、やっぱり。避けまくってるとそのうち逃げ場所なくなっちゃうからね?いっぺん立ち止まってちゃんと今の氷室かれを見てあげなよ。どっからどう見てもいい男だよ彼」


ぐうの音も出ないほど見事に論破されてしまった。


飄々として掴みどころのない赤松の元に相談者が殺到するのは、姉御肌の彼女が物凄く頼りになることをみんなが知っているせいだ。


からかうような口調でさらっと心を掬い上げてしまえるのは、彼女の豊富な経験故なのか。


ちっとも本音が読めないこの先輩との出会いは、西園寺不動産に入社して最初に配属された営業支援部で、新人とメンターという関係から。


当時からすでに社内の色んな情報に詳しかった彼女は、後輩は勿論の事上司たちからも頼りにされており、まさに憧れの先輩そのものだった。


西園寺メディカルセンターの設立と同時に異動希望を出して、施設管理に移って行った彼女と会うのは数年ぶりだったが、誰とでもすぐに打ち解けてしまうくせにどこかミステリアスな赤松の魅力は増すばかり。


こちらの触れて欲しくない場所を上手く避けてくれる絶妙の距離感で、こんなに上手に付き合ってくれる人を他に知らない。


彼女から見れば、氷室と自分はきっとくっつけば上手く行く二人だと認定されているんだろう。


本当にそうだったなら、どんなに良いか。


はあ、と溜息をつきかけて、はたと思い止まる。


確かに氷室と再会してからこの半年、完全には逃げきれずそれなりに交流を深めては来たが、本当の意味で言い寄られたのはつい二週間前の話である。


当然そのことは誰にも話してなんていない。


それをどうして赤松は知っているのか。


「い、言い寄られてませんよ・・・?私」


「え、でも答え待ってるって氷室くん言ってたけど?」


「な、ん・・・で・・・そんなことまで」


「えー?そりゃあ、本人から聞いたから。心配なんだって、折原ちゃんのこと。うちと一緒で他部署連携めちゃくちゃ多いから。もし、折原ちゃんを気にかけてる社員がいたら先に教えてくださいって言われた」


愛されてるねぇ!と噛み締めるように目を閉じる赤松の言葉は、もうほとんど耳に入って来ない。


半信半疑だったけれど、やっぱり彼は本気だったのだ。


罪滅ぼしや罪悪感からじゃなくて、いまの折原結を見て、好きだと言ってくれたのだ。


「気・・・まぐれじゃ・・・ないですかね・・・」


「こーら。誰かの告白をそんな風に言うのだめだよ」


「すみません・・・」


「私から見ても氷室くん、気まぐれで誰かに告白したりするような人には見えないよ?」


「ですよね」


菊池からもやんわりととどめの言葉を刺されて、結は目を伏せて頷いた。


西園寺グループは社内恋愛、社内結婚が珍しくない。


元々出会いの少ない地方都市なので、過疎化を防ぐ目的もあってグループ内での交流パーティーが頻繁に行われており、そこで伴侶と出会う社員も大勢いる。


社風的に社内恋愛に寛容というよりはむしろ推奨しているようなきらいがあるのだ。


偶然社内で氷室と再会して以降、彼は時間を見つけては人事総務に顔を出すようになり、断り切れずに何度か仕事帰りに食事にも出掛けた。


最初は、昔のことがあるから罪滅ぼしの意味で誘われていると思っていたのだ。


けれど、あの日、懇親会を抜けて帰宅しようとした結を追いかけて来た彼は、これまで見たことが無い位切羽詰まった表情で、告げて来た。


『もう一度俺と、付き合って欲しい』


”ひ、氷室くんっっ・・・・・・ずっと好きでした、付き合ってくださいっっ”


最初にそう言ったのは自分のほうだったな、とその瞬間、懐かしくって甘酸っぱくて切ないあの頃が甦って来た。

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