リベンジ・ストロベリー ~クールだった元彼から絶賛溺愛されています~
宇月朋花
第1話 aurora-1
ランチ時のカフェテリアは美味しい匂いとざわめきで溢れている。
西園寺メディカルセンターに異動になってから7か月、一番嬉しかったことはとにかく社員食堂のランチが美味しいことだ。
以前の勤務先である西園寺不動産は、西園寺グループのなかでも一番歴史が古い企業なだけあって自社ビルは近代的とは言い難く、社員食堂はあったものの、こんなお洒落なカフェテリアではなかったし、メニューも決して多くは無かった。
格安なのに絶品な和洋中から選べるメインメニューを毎日迷う楽しみがあるなんて、最高の贅沢である。
仕事の内容は異動前に経験済みの人事総務なので、真新しさこそないけれど安定している。
この仕事自体気に入っている結にとっては新しい環境は決して悪いものではなかった。
けれど、彼との再会さえなかったら、きっともっと順風満帆と言っても過言ではない7か月間だっただろう。
「おーい、折原ちゃーん、こっちこっち」
本日は青椒肉絲に惹かれて中華を選んだランチプレートを手に、声の方を探して採光の行き届いた明るいカフェテリアの中を見回せば、陽当りのよい窓際のテーブル席から手を振る先輩女子社員の赤松と菊池を見つけて、
いそいそと彼女達が待つテーブル席に向かいかけて、思い出したようにキョロキョロと視線を彷徨わせる。
途端、挙動不審な結に気づいた社内一の情報通の赤松がメタルフレームの眼鏡を揺らしながらケラケラ笑って手招きしてきた。
「だーいじょうぶだってば、氷室くん、雪村と一緒に外出中。当分戻ってこないよー」
結が一番気にしている人物の本日のスケジュールを口にされて、ホッと肩を撫で下ろす。
「・・・・・・あ・・・そうなんですね・・・」
「そんな心配なら雪村に言ってスケジュール連携してもらったげようか?」
今度こそ菊池の隣に腰を下ろした結に向かって、赤松が明らかに面白がった表情でそんな提案をして来た。
「いえ・・・結構です。必要ないですし」
「でもほんとよく逃げ回れてるよねぇ、折原さん・・・もう観念しちゃえばいいのに。氷室くんカッコいいし仕事できるし文句なしじゃない?」
「おっ、さすが社内恋愛中の先輩は言う事が違うねぇ」
口笛でも吹きそうな勢いで赤松が笑って中華プレートのチャーハンを頬張った。
「からかわないでくださいよー。もう喋れるネタないんですからねー・・・あ」
カフェテリアの入り口をぼんやりと眺めていた菊池が誰かに気づいて表情を柔らかくする。
見れば、ちょうどセキュリティチームの槙と椎名が入って来たところだった。
菊池の視線に気づいた槙が片手を上げて笑顔を浮かべる。
「遠慮せず彼氏とランチどーぞーお?」
円満交際を見せつけるかのような微笑ましいやり取りにニヤニヤしながら赤松が手で示したが、菊池は迷うことなくサバの味噌煮を口に放り込んだ。
「向こうは椎名さんと一緒だし、行きませんよ」
「帰ったらすぐ会えるもんねぇ」
「今日は家に帰りますっ」
「今日は、かぁー。へええ」
菊池が同僚でもある大学時代の後輩と付き合っている事は、こちらに異動になってすぐに教えて貰った。
研究開発の重要なデータを保護するべく細かな入室制限が設定されている施設を守るセキュリティチームのエンジニアである槙は、人当たりも良く
付き合ってからは完全に先輩後輩が逆転していると嘆く菊池だが、その表情は至極穏やかだ。
「・・・・・・菊池さん、幸せそうですね」
あつあつの青椒肉絲を頬張りながらそんな感想を口にすれば。
「いや、折原さんも傍から見ればかなり羨ましい立場だからね?」
なに他人事みたいに言ってんのと菊池が呆れた声を上げ、すぐに赤松が追い打ちをかけて来る。
「そうそう。高嶺の雪の次に人気の男から言い寄られてんだから」
西園寺メディカルセンターきっての色男として有名なイノベーションチームの雪村は、施設管理の黄月、赤松の同期でかなり仲が良い。
そして、イノベーションチームの雪村青は、どんな美人に告白されても靡かない”高嶺の雪”として知られており、彼の部下である
「氷雪コンビ、西園寺のグループ内部でも結構有名らしいですね。ほら、廃病院の跡地に出来たオメガ保護施設の誘致で目立ってたから」
地域医療介護の発展のために西園寺メディカルセンターが設立されてから数年、過疎地域への病院、研究施設の誘致をはじめ、ここ数年の間に、世界的に知られることになった、第二性別のオメガを保護するための施設建設に携わったイノベーションチームの功績はかなり大きい。
教育機関における第二性別検査が義務化されてからまだ数年で、オメガに対する正しい認知はなかな思うように進んではいない。
現在経済を回している社会人はほぼ全員がオメガバースに対する教育を受けていない世代なのだ。
オメガ保護法の成立施行と共に、捕食対象とみなされがちなオメガの生活を維持向上するための保護施設の建設に真っ先に乗り出した西園寺グループは、国内第一号の
チームの顔である雪村が課長昇進を果たしてから、更に注目度は増すばかりで、必然的に右腕である氷室の認知度も上がっているのだ。
「べ、べつに私言い寄・・・」
「られてるから逃げ回ってんだよねぇ。この7か月」
「え、ごめん、氷室くんのどこらへんが嫌なの?見た目も中身もハイスペック男子だと思うんだけど」
「嫌とかじゃなくて・・・・・・一方的に気まずいだけです・・・あと、お互い認識したのは約半年前ですからね」
赤松が結の懸念事項を一切無視してさらっと解決策を口にした。
「昔からの知り合いって言ってたよね?いっぺん付き合ってみたらいいのに。そんで相性確かめて駄目だったら別れりゃいい。氷室くんきっとすぐ売り切れちゃうよー?超優良物件だもん」
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