第52話 poppy red-1

「久しぶりに青春したぁ~」


「体育館の匂いやっぱり懐かしいよな。俺らだけじゃなくて、バレー部とかも思うんだろうけど」


氷室の言葉に、うんうん頷いた結が助手席で珍しくくつろいだ表情を浮かべた。


この顔が見られるなら、連れて行って正解だったなと改めて思う。


「ドリブルの音と、バッシュの音っていいよねぇ。クラブハウスから体育館入口までみんなでダッシュしたなぁ」


「西畑、あんまり変わってなかっただろ?」


「うん。でも先生っぽかったよ。生徒からも慕われてるみたいだったね」


「俺らの頃よりずっと生意気だって笑ってたけどな。今年は、ミニバス経験者がかなり入って来て層が上がってるから何年かぶりに県大会狙えそうらしい」


氷室たちが現役だった頃の男子バスケ部は県大会、地方大会の常連だった。


当時を知る顧問は、あの頃の栄光を取り戻したいらしい。


「昔の男バスみたいに強くなるといいよね。ほんと勝って良かったねー」


今思い出しても嬉しくなるくらいの快勝ぷりだった。


頬をほころばせる結に、氷室が相好を崩す。


「・・・・・・楽しそうで良かったよ」


「うん?」


「結が」


部活仲間だった同級生の西畑が高校教師になったことは知っていたが、近くの高校に赴任になって、男子バスケ部の顧問をしていると報告を受けたのはつい最近のことだった。


去年は市内大会一回戦負けの実績だったが、今年は上を狙えそうだから近所なら試合を見に来いよと言われた時には、まあ時間があればと流していた。


バスケから離れて久しいし、最近はテレビで中継されるインターハイの決勝戦を見る程度だ。


けれど、たまたま外回りの最中に市民体育館のイベント告知を見つけて、結を誘ったら喜ぶのではないだろうかと思いいたった。


結果予想は的中して、彼女は西畑が顧問をしている地元高校の試合を楽しそうに観戦していた。


第二クォーターまではほとんど点差が開かず、第三クォーターの終わりで立て続けに3Pシュートを決めたところから流れが来てそこからの怒涛の展開はかなりの見ものだった。


身長はそう高くないものの、抜群のシュート率のシューティングガードと、指示も出しつつ自ら切り込むことも出来るポイントガードの連携の良さは、恐らく長い間コンビを組んできたのだろうと思われる。


西畑が言っていたミニバス経験者というのは彼らのことなのだろう。


一応挨拶くらいしておくかと、試合前に西畑のもとに結を連れて行ったら、本気で驚かれた。


え、なんで!?と仰天する西畑に、彼女、と返事をした瞬間の、結の真っ赤な顔は写真に撮っておきたいくらい可愛かった。


二人の共通項を一つ上げるとしたら、間違いなくバスケットボールで、これがあったおかげで二人の関係は何とか数か月続いたのだ。


「う、うん・・・・・・あの、試合の録画頼まれてたけど、良かったの?」


「ん?ああ、手足りないって言ったし。それを理由に出かけられるかなと思って」 


結が興味を持たなかったら試合観戦はこれきりにして、別のデートプランを考えるつもりだったのだが、思いのほか楽しそうな彼女を見ることが出来たので、西畑からの頼まれごとも喜んで引き受けてやることにした。


県内の強豪校のデータは、この先勝ち上がっていくうえでかなり重要になって来る。


私立校の場合は、父兄会が率先して動いてくれるのだろうが、しがない公立の部活動ではそこまでの協力は得られない。


昔馴染みに声をかけて、各地で行われる大会の録画を頼んでいる西畑は、結を連れて行った氷室に早速目をつけてきた。


結の手前無下に断れなかったのもあるが、何より彼女が興味を示したことが引き受けるきっかけになった。


「試合見てる時の結は、変に身構えないし、緊張もしないから」


「私が理由!?」


「一番自然に一緒に居られるなら、まあそこかなって。違う?」


「・・・・・・違わないけど・・・氷室くんは、楽しいの?」


「楽しいし。一緒に居られて嬉しいよ」


どちらかというと、嬉しいのほうが大きい。


結が氷室の気持ちを探ろうとするのは、昔の氷室がどこまでもポーカーフェイスだったからだ。


彼女と過ごす時間がどれだけ楽しくても、それを素直に言葉にするすべを持っていなかった。


だから、あの頃の氷室の気持ちの半分も、結には届いていない。


いわば恋愛偏差値底辺だった氷室は、結が投げるボールを受け止めることで精一杯だった。


お付き合いのイロハも分からないまま、結に手を引かれるように始まった男女交際は、最後までボールを投げ返すことなく終わってしまった。


結は、いつまで経っても返ってこない反応に、次々新しいボールを投げて投げて投げ尽くして、これは違うと気づいて別れを告げてきたのだ。


そして今もその記憶が頭に残っているから、どこまでも不安が付きまとうのだろう。


すべてのあの頃の自分のせい、自業自得である。


その後悔を払拭するべくこうして言葉と態度で示しているのだが。


「あ・・・・・・ありがとう」


返って来る反応は、どれも控えめで、昔のような熱量を感じない。


学生時代の結は、目が合えばそれだけで弾けんばかりの笑顔を向けて来て、全身で好きだと訴えてきた。


まるでいまの氷室のように。


どれだけ自分が彼女に対してそっけない態度を取って来たのか、痛いほど感じている。


結婚を前提に、と伝えたのは、勢いでもなんでもなくて、この先ずっと一緒に居るなら結がいいなと漠然と思ったからだ。


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