第24話 dawn pink-1
完全に独立した屋根付きのプライベートキャビンは、保養所というよりも森の中のちょっとしたホテルのようだった。
山間のグランピングヴィラは、西園寺グループを引退した人たちの小遣い稼ぎの場になっているようで、駐車場の管理人も、施設の受付も、ヴィラの雰囲気と同じように落ち着いた年齢層の人間が行っていた。
プライベートをあれこれ詮索されたくない人間にはもってこいの隠れ家のような雰囲気のその場所は、西園寺グループの中でもかなり人気の保養所の一つらしく、予約が取れたこと自体が凄いと赤松が何度も口にしていた。
褒められた雪村はというと顔色一つ変えずに褒めても何も出ないと真顔で言い返していて、ここまでセットで彼らは休日も通常営業だ。
雪村が事前にバーベキューの予約を入れておいてくれたおかげで、持ち込みの荷物は飲み物くらい。
”雪村さんたちとは現地集合だから”と車で迎えに来てくれた氷室に言われた時は、二人きりでの移動に本気で焦ったけれど、昔のように結があれこれテンパって話題を振る前に、氷室が仕事のこと、学生時代のことを話してくれて、身構えていた気まずさを感じる前に現地に到着してしまった。
「ほんとはね、黄月のお兄さんの車借りて一台で行こうかなって思ってたんだけど、ほら、やっぱお邪魔じゃない?って思ってさぁ」
待ち合わせ場所になっていた、受付のログハウスの前にいたのは、雪村、赤松だけではなかった。
施設管理の課長をしている黄月とその妻ゆみも一緒だったのだ。
赤松と黄月の妻は中学時代からの親友らしく、しょっちゅう家を行き来する仲らしい。
まさかこんなところで信号組の勢ぞろいを見られるなんて思ってもみなかった。
彼らは今日は雪村の車で4人でやって来たらしい。
運転手がいるから全力で飲むぞーと遠慮なしに拳を上げた赤松に、じろりと冷たい視線を向ける雪村と、それを平然とスルーする黄月夫妻はなかなかに見ものだ。
これ見よがしな視線を向けてくる赤松に、何言ってんですか!と言い返したのは当然結だ。
「っべ、べつに・・・お邪魔では・・・」
「あ、前より声弱くなってるー・・・なんかあったな、やっぱり」
見た目に似合わず死ぬほど目ざとい女だということをうっかり失念していた。
黙り込んだ結を次はどの手で吐かせようかと赤松がにやけ顔を向けてくる。
「もおお、花ぁ、あんまり突っ込んだら可哀想だよ。恋の進展は当人任せが一番、ね?」
黄月の妻ゆみが窘めるように赤松の頬をつついた。
ここにいるのが赤松一人だけだったならば、きっとあれこれ探られていただろうから、今はゆみが救いの女神のように思える。
初めて挨拶をした黄月の妻は、黄月とよく似た雰囲気の柔らかい女性だった。
おっとりした性格と口調は、赤松とは正反対のように思えるけれど、ゆみの側にいる赤松が普段よりもずとリラックスしているところを見ると、相当気を許しているようだ。
それは雪村にも言えることで、職場で見せるクールな印象はこの数時間で一気に薄まった。
黄月とは入社当時からずっと仲が良いらしいので、こちらも相当気心知れた相手なんだろう。
バーベキューは男仕事、と赤松が早々に宣言してハンモックに寝そべったのを皮切りに嫌な顔ひとつせず動き始めたのは黄月で、それに釣られるように氷室と雪村も黙々と仕事に取り掛かって、結局女性陣はできたぞーの声がかかるまで一足お先に乾杯をして、テラスのベンチでのんびりと過ごした。
これが職場だったら考えられないことだけれど、赤松の鶴の一声の威力はすさまじく、気遣って手伝いを申し出るも、黄月にやんわりと赤松たちの相手をしてやってと頼まれてしまった。
このあたりの力関係は定かではないが、まあ恐らく黄月より赤松のほうが強いんだろう。
分かりやすい力関係である。
新鮮なお肉と野菜とアルコールで満たされると、思考が緩んで鈍くなるのは当然で、それでもさすがに後片付けくらいは、と手を挙げた途端、赤松に次はワイン飲もう!と手を掴まれてしまった。
慣れた様子で片付け仕事をこなしていく黄月と雪村を見る限り、これはもう日常的なことなんだろう。
大の男二人を平気で顎で使える女、赤松花の恐ろしさを知った。
ワイングラスを傾けながら、赤松がふうっと酩酊感に浸りながら頬を緩める。
「当人任せにしてたらまとまらない場合もあるからねぇ・・・あんたたちみたいにぃー」
「でもちゃんとお嫁に行ったから問題ないでしょー」
無事に黄月姓を名乗ってますーと開き直ったゆみの言葉に、ピンときた。
「あ、やっぱり赤松さんが黄月さんにゆみさんを紹介したんですね」
「そうよー。合うんじゃないかなぁって思って今日みたいにグループデートしてさ、したらドンピシャ。ただ、この子がまあ奥手でうじうじしてたからお尻たたいて嫁に出した、以上」
単刀直入すぎる説明にぽかんとなった結に、当事者のゆみが苦笑いを零す。
「もう・・・雑な説明しないのー・・・・・・・・・ねえ折原さん、花、会社でもこんな感じなの?航太くんはうまくやれてるって言ってたけど・・・心配」
「みんなに慕われて頼りにされてますよ。西園寺メディカルセンターの姉御って言われてます」
「姉御ぉ?静かなるドンとかにしてよ、かっこよくさぁ」
それはもう別の組織になってしまう。
小さく笑ったのは結で、慣れた様子で受け流したのはゆみだった。
「はいはい。花は今でも十分かっこいいよ」
「んふふふーでしょーそーでしょーお」
「あれ・・・・・・赤松さん本気で酔ってる・・・?」
どの飲み会でも適度に酔って適度に場を盛り上げて、最後まで確かな足取りで駅に向かうところしか見た事が無かったのに、いまの赤松は明らかに酔っぱらっている。
へらへらといつも以上に頬を緩めてベンチの背にしなだれかかる赤松の肩を揺さぶりながら、ゆみが困ったように溜息を吐いた。
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