第18話 strawberry-1

『ひ、氷室くんっっ・・・・・・ずっと好きでした、付き合ってくださいっっ』


バレー部が休みの時くらいしか一緒にならない女子バスケ部の同級生から、試合直後の体育館裏で告白された時には、嬉しいよりも衝撃と困惑のほうが大きかった。


名前といつも練習中に付けているイチゴの髪留めくらいしか記憶にない彼女とまともに会話したのはその日が初めて。


いったい自分のどこを見て告白してくれたのだろう。


馬鹿みたいにバスケ漬けの6年間を送って来て、それが終わった直後の告白。


頭はほとんど回っておらず、まさか自分が誰かから告白されるだなんて夢にも思っていなかったので、当然答えは否、のはずだった。


が、真っ赤になって言い切った彼女の後ろ数メートル先に、見覚えのある女子バスケ部の面々の祈るような半泣きの表情が見えて、ごめん、の言葉が出せなくなった。


体育館と外コートを交互に使って練習を行う男子バスケと女子バスケの接点はほぼなし。


練習後の居残りで時々顔を合わせるくらい。


1学年8クラスで、選択科目でも顔を合わせない折原結の印象はバスケが好きな事とイチゴ髪留めのイメージ、ただそれだけ。


せめて渡り廊下で呼び止めてくれたなら穏便にごめんと伝えて逃げられたのに、ほぼ衆人環視の状態で告白されてしまった手前大っぴらに振る訳にもいかない。


引退試合直後に振ったとなれば罪悪感が大きすぎる。


もしここでごめんと伝えたら間違いなく彼女は部員たちに泣きついて、翌日には男バスの氷室に振られたという噂が学校中を駆け巡るんだろう。


ここはひとまず頷いて、後できちんと断って謝ればいい、と一刻も早くこの場から立ち去りたい一心でいいよ、と短く答えた後の彼女の驚いた表情と、涙で、すぐにぎしりと胸が軋んだ。


氷室の言葉に飛び跳ねるように踵を返して部員たちのもとに駆け戻った彼女と、女子バスケ部の盛り上がりように、選択肢を大きく間違えたことに気づいたけれど、あとの祭り。


結局ごめん、とも、別れよう、とも言い出せないまま夏休み後半に入って、早速受験モードになった引退部員たちと一緒に予備校通いを始めて、受験対策集中講座という名の合宿に参加させられ、その合間に彼女とファミレスで溜まっていた宿題を一緒にこなすという物凄く健全なデートを二度ほど行い、予備校の合間にこまめに送られてくる写真やらメッセージやらに返信を送りながら、次こそは、次こそは、と彼女と別れる機会を伺っているうちに二学期になって、教室に会いに来た彼女の嬉しそうな顔を見たらやっぱり言えずにそのまま秋は過ぎて行った。


居残りのシュート練習を見て、それがきっかけで気になって、と頼んでもいないのに馴れ初めを話す結は、こちらがそうなんだ、と返事をすれば真っ赤になってこくこく頷いて、またすぐ次の話題を引っ張り出して来る。


『私がさ、この髪留め落としちゃった時に、氷室くんが拾って届けてくれたんだよ。覚えてる?』


期待に膨らんだ眼差しを向けられても、いつのことかもさっぱりわからない。


探るように見つめられて赤くなって言い淀んだ氷室に、結は嬉しそうに答えを口にした。


『わざわざ外コートまで来てくれて、ちゃんと私に手渡してくれて。あ、氷室くん私の事ちゃんと知っててくれたんだなって思って、すっごく嬉しかった』


『イチゴのそれ・・・結構目立つから』


女子バスケ部でイチゴの髪留めを付けているのは結だけだったから、記憶に残っていたのだろう。


ほんとうにただそれだけの理由だったのに、結は満面の笑みを返して来た。


『良かった!』


覚えてて貰えてよかった、なのか、付き合えてよかった、なのか、それとも両方なのか。


尋ねれば墓穴を掘る事だけは思春期の男子高校生でも理解できて、賢明に黙って口を閉ざせば、そんな氷室を見つめてまた結が嬉しそうに笑う。


罪悪感と居た堪れなさと、ほんの少しの好奇心と愛着。


それがあの頃彼女に抱いていた感情のすべて。


結について最初に覚えた事は、イチゴの髪留めがお気に入りだということ。


前髪をそれで留めるとバスケするぞというスイッチが入るのだということ。


バッシュの紐をきつく結ぶと気合が入る自分と同じようなものかと、初めて彼女に親近感を覚えた。


結の言葉に頷いたり返事をするだけで彼女は真っ赤になって嬉しそうに笑ってくれて、それを見ているこちらも恥ずかしくなって俯く。


そんなやり取りですら彼女は楽しいようだった。


結との日々は兎にも角にも目まぐるしくて、男兄弟でもみくちゃにされてそのままバスケ三昧の青春を送って来た男子高校生には何もかもが鮮烈すぎた。


結から向けられるドストレートな愛情は痛いくらいで、最初の申し訳なさがだんだん好意に代わって行ったのは冬の終わり。


会うたび大はしゃぎして必死に氷室の気を引こうとするいじらしい彼女に温かい気持ちを抱き始めたら、途端この後どうすればよいのかと自分の行動に戸惑った。


なんせ人生で初めての彼女である。


学生の間は自重しなさいと口煩く言ってくる母親の言葉をしっかり守って、迂闊に手を出してはいけないと自分を戒めた。


そうしたら今度は手も足も出せなくなって、ひたすら彼女の後手に回る羽目になった。


受験シーズン真っ只中ということもあって、思春期のカップルらしいことはほぼ何もせず、結が送って来るメッセージに返信をして、彼女が架けて来る電話に出て相槌を打って、誘われれば一緒に出かける。


最初のデートで行った勉強の息抜きのボウリングは良かったものの、二度目のデートの映画では我慢しきれずに爆睡、次のデートはどうしようか、と尋ねられて何も思い浮かばずにバスケする?と尋ねたら、初めて結がこちらを見つめて満面の笑みを浮かべてくれて、それから出掛けた後のゴールはいつもの海沿いのコートになった。


ああこんなことで良かったのかと気づいたのは卒業式間際の事。


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