第六章・誰に


「あの、本当にすいませんでした」


学生の一人が土下座していた。

残る二人は地面に横たわって伸びている。


「いや、僕らもちょっと調子に乗ってて、勝てるかなって思ってて…」


神霊を憑依した人間は、神霊と言う存在を自覚すると若干。精神に対する変化が齎される事がある。

テンションが変わり、暴力的になってしまうのも仕方が無い事だ。


「あの、もう奴隷になります、足も舐めます、だから神を祓うのだけは」


「なんで?ご褒美あげなきゃいけないの?」


温泉津月妃の和邇が、学生に憑依した影を引き剥がすと強制的に飲み込んだ。

それによって、神霊は影と同じ様に、夢幻と化して死滅する。


「あ。お、れの神、が…」


そうして気絶する学生を見据えながら、温泉津月妃は溜息をつく。


「はい、おしまい、これで大体片付いたんじゃないの」


温泉津月妃は面倒臭そうに歩き出す。

彼女の術儀はとにかく消耗が激しい為に、使えば肉体に疲弊感を増していた。


「す、ごい…流石ですね、温泉津さん」


上田邑百は素直に賞賛していた。

彼女の言葉に、温泉津月妃は首を傾けながら聞く。


「そう、大したものでもないでしょ、…たかが神霊を祓うくらい」


「…そうかも知れませんね、…でも、私、温泉津さんみたいには、出来ませんよ」


急に、上田邑百は自らを蔑む様に言う。

それもそうだろう。

第三十三機関の巫覡としてこの学校で生活しておきながら、まるで神霊を感知する事が出来ず。

仕方が無く、本部へと応援を呼んでもらった、其処には決定的な実力不足がある。

温泉津月妃とは違う、自分の弱さ。それ故に、上田邑百は落ち込んでいる。


「私、あまり、自信が無いんです、この力も、体型も、…容姿だって…何よりも、名前」


ネガティブな思考を持つ彼女は、段々と思考が暗い方向へと偏って来る。


「全然、可愛くないですし、こんなに背が高いと、女性とも見られなくて…えへへ」


自分がどうでもいい話をしている事に気が付いて笑う。

しかし、温泉津月妃は笑っていない。


「…可愛い所を気にするなんて、可愛いでしょ、それ」


ゆっくりと上田邑百へと近づいて来る。


「その体も、誰にも真似できない、あんただけのものでしょ、それは誇れるものになる」


上田邑百の頬に触れて、彼女は言う。


「力が無いからダメなんて事なんて無い、ダメなのは、自分を否定する事」


上田邑百が言った事を、一つ一つ、丁寧に解消していく。


「でも…名前だって、変ですし…よく、揶揄われます、し」


「そんなの、気にする事は無い…私たちの名前は昔から、大切な人から名付けて貰ったもの、変だとかおかしいだとか…、そんなのは、気にする事なんて無いの、大事なのは」


温泉津月妃の脳裏に思い浮かべる、一人の男。

その男が、自分の名前を呼んでくれる、それだけが、彼女にとっての幸せだった。


「誰に言われるか、じゃなくて、誰に呼ばれるか、でしょ」


幸せそうな表情をして、温泉津月妃は言った。

それを聞いた上田邑百は、喉を鳴らしながら言う。


「…じゃあ、私、も、私の事も、呼んでくれますか?…名前を、貴方に言われるのなら、私も…誇れます」


何度でも、と。

温泉津月妃は応えるのだった。


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