第六章・影鰐術儀

此処は、高天原市ではない。

別の地域に属する学校である。

基本的に巫覡は応援を要請されると、現場へと向かう。

その際に、歳に応じて仕事の場所が変わる様になっている。

会社であればそれに適した年齢の巫覡が。

学校であればそれに適した年齢の巫覡が。


温泉津月妃は中学生。

十四歳、年齢に値する為に、この学校へと転校して来た。

その依頼の内容が、学校が段々と緩慢してきたと言うもの。

数か月前には女子生徒が自殺し、教師が原因不明の精神病を発症。

十中八九、末路不和神霊が住み着き、人間の生命力を奪い蓄えているのだと判断。

その為、巫覡である温泉津月妃がこの学校へと派遣される事になった。


「『和邇わに』」


影鰐術儀。

温泉津家が所持する術儀。

神力から仮想生物、影に潜む爬虫類生物を生み出す。

自らの身を護る神力のリソースを全て『和邇』に与えている。

彼女自身の身体能力は其処らの人間と同等ではあるが。

二十四時間、『和邇』による自身の守衛が可能。


温泉津月妃の言葉に呼応し、影から鱗に包まれた黒色の鰐が出現する。

大口を開く鰐が、温泉津月妃へと向かう神霊に口を開く。


「邪魔、動き、止めて」


温泉津月妃の言葉に、影鰐の口から真っ白な手が無数に出現すると、ゆっくりとその指先が神霊の影に触れる。

すると、真っ白な手は神霊の影を引っ張り上げた。

影を掴まれた神霊はその場から宙を浮き出す。

どうやら、影と神霊は同化しているらしい。


「和邇、剥いで」


温泉津月妃がそう言うと共に。

和邇の口から出てくる真っ白な手が神霊に近づくと、影を掴んで引っ張り、神霊を引き剥がす。

神霊と影が分離されたが、それによって神霊は地面へと落ちて体を左右に揺らす。

体の自由が戻っている事を確認すると、再び温泉津月妃の方へと向かい出した。


「メンドい、ウザい、だから…死んで、今すぐ」


冷徹な女王、その選択により影鰐の手が影を引っ張りながら口の奥へと入り込む。

そうして、影鰐が再び、温泉津月妃の影へと戻った瞬間。

温泉津月妃に向かっていた神霊が、彼女に向けて手を伸ばし…その手が触れるより前に、ボロボロになっていく。


影鰐術儀。

温泉津家の所持するこの術儀は、対象の影を自在に操る事を旨にする。

神力を放出させる事で影を実体化させ、その影と本体との肉体を共有させる。

その状態で影に攻撃を行えば、当然本体にもダメージが通る。

そして、和邇が影を口の中へと収納した場合。

その影は和邇によって吸収され、消滅してしまう。

そうする事で、影と同化していた本体も消滅してしまう、と言う効力を持っていた。


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