第五章・秘境神域訓練



夜中。

出雲郷屋敷に久方ぶりに春夏秋冬澱織が帰っていた。

春夏秋冬式織の済む屋敷で、ごろりと寝転びながら酒を飲んでいる。


「オリオリ!」


春夏秋冬式織が叫び、春夏秋冬澱織の元へと向かう。

すると、春夏秋冬澱織は、体を起こして我が子に手を向ける。


「おおー、久しぶりじゃねえか、式織」


頭を強く撫でる。

髪の毛が抜けそうな程に強く、髪の毛が傷む程に乱暴に、しかし、決してそれは嫌とは思わない撫で方で、春夏秋冬式織は、その撫ぜを受け入れる。


「お前、顔腫れてるじゃねえか、喧嘩でもしてたのか?」


春夏秋冬澱織は、息子の顔を見てその様に言った。

その言葉に、春夏秋冬式織は首を縦に振って肯定する。


「峠之内ってやつと、喧嘩した」


その言葉に、春夏秋冬澱織は瓢箪の栓を抜いて口を近づける。


「お?峠之内か、懐かしい名前だな、おい」


口の中に酒を含ませて、ぷは、と息を吐く。


「…オリオリは、そいつに、負けたって聞いたけど…そうなのか?」


恐る恐る、春夏秋冬式織は、峠之内との喧嘩について伺った。

聞かれた春夏秋冬澱織は、からっとした表情で笑い出す。


「ああ?この俺が負けるワケがねえだろ、当然、勝ったぜ」


その言葉を聞いた春夏秋冬式織は、安堵の表情を浮かべる。

やはり、春夏秋冬澱織は強いのだ、誰かに負ける事など決して有り得ない。

自らが目標にする存在は、誰よりも上に、目標として立っていなければならない、と。


「まあ、アイツもきっと、生きてりゃあ、俺が勝った、なんて言うんだろうがなあ」


過去の記憶を引き出す様に、春夏秋冬澱織は空を見た。

楽しんでいるかの表情だった、そして同時に、寂しさを思わせる眉の寄せ方をしている。


「俺は勝ったと思ってるし、アイツも勝ったと思ってる、だから、それでいい。世の中には、負け、なんて言葉が存在しない戦いがあるんだ…良い喧嘩だったぜ、アレは」


「なんだよ、それ、ぜんぜん、わかんないぞ」


はっきりとしない言い方だったので、春夏秋冬式織は不満をあらわにしながら言った。

そんな春夏秋冬式織の表情に、笑って再び頭を撫でる春夏秋冬澱織。


「何時か分かる日が来るさ、お前も、そんな喧嘩が出来りゃいいな」


何か、誤魔化されているかの様な言い方で、納得する事は出来なかった。

だが、春夏秋冬澱織が言う事が本当であるのならば、その喧嘩に、敗北者は居なかったと言う事、そして、春夏秋冬澱織は負けなかった、ちゃんと勝ったのだと、一応の納得をするのだった。

そして、後日、春夏秋冬式織たちは、一つの部屋へと集う事になった。

十月機関の育成として、末路不和神霊の秘境神域を使役しての訓練が行われる。


「三人一組、チームとして活動をしてもらう、他の三人一組との勝負だな」


邑南敬一郎は少し不安そうな表情をしながら言った。

勝負と言う事は、当然ながら、峠之内冥児が反応しやすい。


「勝負か…とうぜん、おれが居るから、よゆう、だな」


傲慢さ、と言うよりかは、自分に言い聞かせている様だった。


「秘境神域へと向かった後は、その最奥にある宝玉を回収するのが、今回の仕事だ。出来るだけ早く、宝玉を回収したものに、評価が与えられる」


教官としての言葉を口にして、それを聞いた春夏秋冬式織たち。

その部屋の中には、彼ら三人以外にも、複数の生徒が居た。

四人の教官、三人のグループ。そして、それとは外れた場所に、一人だけの単独も居た。


それを無視して、早速、峠之内冥児が走り出して、秘境神域へと続く門へと向かう。


「あ、おい!冥児、まだ始まりの合図がッ」


「そんなの、関係ねえ!!!」


そう叫び、急ぐ彼の前に立つのは、春夏秋冬式織だ。


「まて」


春夏秋冬式織は停止を命じるが、それを無視するかの様に、拳を構えて春夏秋冬式織を攻撃する。

攻撃を思わず回避してしまった春夏秋冬式織、単独で走り出す峠之内冥児が向かう直前、また正面に、別グループの少女が立ち塞ぐ。


「退け!」


そう叫び、峠之内冥児が拳で殴ろうとする。

一瞬の隙、前へと出た少女は殴られると認識し、そのまま目を閉ざしてしまう。

その瞬間、峠之内冥児は、我を取り戻すかの様に、拳を止めた。

そして、彼女の前に、峠之内冥児の拳が迫った状態で停止する。


「…おれは、女は殴らねぇ」


そう言い放つと共に、峠之内冥児はそのまま少女から離れると、秘境神域の門へと飛び込んでいく。

心臓の音を高鳴らせながら、峠之内冥児は秘境神域へと向かった。


「あのバカッ…」


邑南敬一郎は峠之内冥児に向けて呟く。

後から遅れる様に、春夏秋冬式織と、宍道十景が秘境神域へと向かう。


「おれたちも行く」


「…ボクたち教官は、秘境神域に入る事は出来ない、危険な状況になる前に、なんとか峠之内冥児と合流してくれ」


邑南敬一郎はそう言った。

この秘境神域は生徒の為の空間。

教官が入る事は基本的に許されていない。


「任せろ」


「はは、何がまってるのかな、たのしみだなあ」


春夏秋冬式織と、宍道十景が二人、一緒になって秘境神域へと入り込んだ。

峠之内冥児。

彼が秘境神域へと消え去った時。

その姿を見ていた教官たちが声を漏らす。


「峠之内冥児、父親の背を追い、母親の呪いによって最強を目指した子供」


ある程度の事情を知っている教官たちは、我が物顔でその情報を共有してくる。

と言っても、邑南敬一郎もまた、その情報を知っているので、聞いた所で意味など無いものだった。


「母親さえ居なければ、まだ、峠之内冥児の呪いは緩まったかも知れないね」


峠之内家の母親によって歪んでしまった峠之内冥児。

だが、それを治す事は出来ない。


「…そうですね、けど。…冥児はもう、母親の呪いを解く事は出来ない」


呪いとは、呪う相手と、呪った自己が必要だ。

そのどちらかが欠けてしまえば、呪いとは成立しないものである。


秘境神域へと移動した三人。

春夏秋冬式織は、峠之内冥児の元へと向かう。

部屋の行き止まりへと立ち尽くす峠之内冥児を発見した所で、春夏秋冬式織は声を掛けた。


「いい加減にしろよ、お前」


春夏秋冬式織の言葉に反応する峠之内冥児。

脂汗を滲ませて、目元には隈が出来ている。

眠れていないのだろうか、そう思う春夏秋冬式織の若干の心配に、峠之内冥児は声を漏らす。


「春夏秋冬、式織、うるせえよ、黙れよ、俺は、俺は最強にならないと、ダメなんだ」


この様な状態でも、峠之内冥児が求めるのは最強だった。

それは最早、願いではなく、呪いの様に見えた。


「じゃないと、でないと、俺、俺は…ああうるせぇ…勝負、だ、勝負だ!強さだけが俺だ、俺じゃないと、ダメなんだよおお!!」


春夏秋冬式織の方に顔を向けて両腕を振り上げて大きく叫ぶ。

その声に反応したのは、宍道十景だった。


「ははっ!戦いだあ!」


指先から、肉が割れて白い枝が出てくる。

戦闘に参加しようとしている宍道十景に対して、春夏秋冬式織は手を真横にして制止させた。


「…宍道十景、手を出すな、これは、俺の喧嘩だ、あいつが売って来た喧嘩だ、だから、俺が買う」


だから、宍道十景にはこの戦いに参加するなと言った。

聞き分けの良い宍道十景は、頷いて後退する。


「ん?うん、いいよいいよ。それもまたおもしろいからね!存分に戦って、まっかな血を見せてよ」


その言葉を残して、周囲に祀霊が出て来ないかを確認する。

二人だけ、春夏秋冬式織と、峠之内冥児は、対抗する様に視線を重ねる。


「来いよ、峠之内冥児。お前の望む喧嘩をしてやる、此処で、どっちが上か、決めよう」


その言葉を投げかけた事で、戦闘の合図は始まった。

峠之内冥児が、春夏秋冬式織に向けて走り出した。

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