第五章・大騒動
口を尖らせ、宍道十景は不満げな表情をしていた。
「えー、まっかな血はあ?」
峠之内冥児の血がどうしても見たかったらしい。
だが当然ながら、そうなる前に止めるのが邑南敬一郎の役目だ。
「駄目だ、そんな事、許す筈が無いだろうが」
邑南敬一郎が必死になって二人を止める。
だが、一瞬でも、殺され掛けたと言う事実を脳裏に過らせた峠之内冥児。
死とは敗北、それを己に与える寸前で止められたと言う事は、敗北した事が確定した様で、峠之内冥児はその事実を払拭する様に、肉体から神力を放出させて拳を握り締める。
「こいつ、退け!!」
叫び、拳を振り、邑南敬一郎の静止を振り解き、拳を振るう。
「わ、ぶぐぁッ!」
宍道十景の顔面に拳が深く突き刺さり、真っ白な少年は顔面に赤い花を咲かせながら床に横たわる。
「おい、クソ、術儀を使っても動けるのかッ?!」
『酔風』はあくまでも酔わせる効果を持つ。
それは神力による作用なので、神力で肉体を循環させれば、効力は弱まるものだった。
暴れ出す峠之内冥児に、春夏秋冬式織も止めに入った。
「おい、落ち着けよ…ぶがッ!」
が、春夏秋冬式織も顔面を殴られて尻もちを突く。
「どおだテメエら!おれがいちばん強い、おれが勝った!おれが、ぐああああッ!!」
勝ち誇った様に叫ぶ峠之内冥児。
春夏秋冬式織は顔面を殴られた痛みを怒りに変えて拳を握り締める。
「この、やろッ」
春夏秋冬式織と峠之内冥児が喧嘩をする最中。
宍道十景は鼻から溢れる血を両手に塗りながら笑みを浮かべていた。
「ぶ、ぐふ、ふはあ、っははッ!血だあ!まっかっか!あはは、キレいだなあ!!」
問題児三人。
それを止める為に、邑南敬一郎は必死になった。
「落ち着け、お前ら、おいッ!クソ!!止まれぇ!!」
なんとか、騒動を止める事が出来た邑南敬一郎。
訓練場を後にして、三人を休憩スペースに連れていく。
「はあ…なんでお前たちは、こんなにも喧嘩っ早いんだ…ほら」
自販機でジュースを購入し、それを近くに居た峠之内冥児に渡す。
炭酸を受け取り、蓋を開けると、それを呑む峠之内冥児。
「…おれが、一番、強い、だから、勝つのは当然なんだ」
冷静になる峠之内冥児だが、未だ、勝利にこだわっている。
邑南敬一郎は溜息をしながら椅子に座って、峠之内冥児に言った。
「負けず嫌いは悪い事じゃないけど…それでも、相手を選べよ」
言葉に反感を覚え、声を荒げる峠之内冥児。
「おれはッ!、どんな相手でも勝つ、何故なら絶対的な勝利者だからだ!!」
それは、自信だから、と言うよりかは。
そうでなければならない、と言う強迫観念に追われている様に、邑南敬一郎は思った。
だから、峠之内冥児の頭に手を伸ばして、彼の頭を優しく撫でる。
「どんな相手…それはあくまでも敵に限るだろ、けど、お前が相手にしてたのは、お前の味方だ、拳で戦うんじゃなくて…拳を合わせるんだ…その違いが分かれば、お前はもっと、強くなれると思うけどな」
峠之内冥児は、邑南敬一郎の撫でを煩わしく思いながら、その手を拒んだ。
峠之内冥児が、その場から離れると同時。
春夏秋冬式織がやって来ると、邑南敬一郎は手招きをして呼び寄せた。
体の具合はどうかと、春夏秋冬式織に聞く邑南敬一郎。
春夏秋冬式織は別段、重傷と言った状態では無いので大丈夫だと言った。
「おれは、あいつは嫌いだ」
邑南敬一郎から買ってもらったジュースを口にした。
その言葉を聞いた邑南敬一郎、当然ながら、彼の暴力性の高さに嫌われる事もあるだろうと、そう思った。
「あー、まあ、暴力的だしな…そこは俺が、どうにかしてみるからさ」
一応は新任教官。
なので、どうにかして、この三人を纏めなければ、と、邑南敬一郎は思っていた。
だが、暴力性に関しては、春夏秋冬式織は関係ないと言いたげに首を左右に振る。
「ちがう…あいつ、オリオリを」
オリオリ。
春夏秋冬式織の父親である春夏秋冬澱織の事だろう。
「…最強の龍、月窮の
春夏秋冬式織はゆっくりと口を開く。
数時間前に行った事、それは峠之内冥児と春夏秋冬式織の邂逅だ。
『お前の親父、おれの親父が勝った事がある』
『そうなのか、凄いな』
春夏秋冬澱織に勝負で勝つ事など、中々無い事だ。
何よりも、自分の父親が一番強いと信じて疑わない春夏秋冬式織は、峠之内冥児の言葉を話半分で聞いていたので、話を受け流す様に聞いていた。
それが癪に障ったのだろう、峠之内冥児は睨みながら、春夏秋冬式織に言った。
『てめえの親父が強いのは今だけだ、大人になったらおれが一番強くなる、そうしたら、てめえの親父なんざ、ひゃくひねりだ』
『ひとひねりで十分じゃないの?』
宍道十景がその様に突っ込みの台詞を口にする。
だが、春夏秋冬式織は笑っていない。
『お前じゃ無理だ、お前じゃ、オリオリには勝てない』
『それはてめえが決める事じゃねえだろ、雑魚』
そうして、喧嘩が発端したのだった。
「たった一度勝ったからって、それであいつ、おれにつっかかって来たんだ、そしたら、あいつは、オリオリをバカにしたから、だから、喧嘩になったんだ」
峠之内冥児。
彼の性格は中々に癖が強い。
このまま、三人組で居ても、チームワークは築けないのかも知れない。
「確かに、両親をバカにされて、良い気はしない、よな…それは、物凄く分かる、と言っても、ボクは、…あんまり親の事は嫌いだけどね」
「…どうしてだ?」
春夏秋冬式織は邑南敬一郎に聞いた。
興味津々であったが、邑南敬一郎は首を左右に振って、儚げに笑う。
「それは…人には言えない事なんだ、色んな事がある、色んな考えを持つ人もいる、…冥児にもな。…ボクもなんとかして、冥児の強行を止めて見せるよ、だから式織も、冥児を見捨てないでやってくれ」
邑南敬一郎は、春夏秋冬式織に願う。
人との関係、当人、子供同士で解決させようとしている。
元来、そういった行動は大人が解決に導くべきものだろう。
だが、邑南敬一郎は教官であって、教師ではない。
此処は学校ではなく機関であり、友達を作る事が目的ではない。
死を賭して人類の生存を得る人間の為の戦い。
邑南敬一郎が教えるのは戦う術と生き残る術である。
コミュニケーション、関係性の良好など二の次なのだ。
峠之内家。
高天原市では数多く存在する
曰く、最強の龍・春夏秋冬澱織を一度でも敗北に導いた男が当主であった。
『貴方の父は、春夏秋冬澱織にすら引けを取らない男』
そしてその母親は、誰よりも男を愛していた。
自らが産んだ子供よりも、その男に愛を注いできた。
だが、その当主は死んだ、既に、この世に存在しない。
声も顔も思い出せない父親を崇拝する母親が、峠之内冥児に求めたのは。
『貴方もそうである様に、鍛錬を重ねなさい、貴方は最強を超える存在になれる』
春夏秋冬澱織を敗北させた、父親としての最強の力。
父親よりも超える事が出来れば、きっと、自らの息子は春夏秋冬澱織すら超える事が出来ると、信じて、疑わず、そうして、そうなる様に鍛え続けた。
『多く食事を、多く鍛錬を積み、多くの神霊を殺すのです』
食事は一日十食。
毎食二キロを超える量を、二時間に一回食らわせては無理やり肉体と神力の鍛錬に勤しませる。
捕らえた神霊を使い、秘境神域を作れば、其処で祀霊を倒し続ける毎日。
一切の妥協も無く、まだ五歳だった峠之内冥児は、子供らしい幼年期など過ごさせては貰えなかった。
『誕生日おめでとう、冥児、また一つ、修羅となる時が来ましたね』
唯一の心の友と呼べる小さな犬が居た。
去年、峠之内冥児の為に与えられた、最初の友達だ。
それを、母親は一声で絶望へと叩き落とす。
『去年、犬を与えました、愛情を捧げ育て上げたこの子を、貴方の手で殺すのです』
非情な決断。
大切な友達を殺せと命じる母親に当然ながら反発したが。
『最も強き男に、情けも容赦も必要も無い、例え誰が相手であろうとも、非情に、無情に、殺すのです』
子犬の舌先が自身を舐める。
今から殺すべき子犬は、それでも尚、主人である峠之内冥児を友として主人として甘えていた。
一つ、歳をとる度に、自分と言うものを見失う。
暖かい血が、彼の手に濡れていった。
『強くなりなさい、暴力を愛し、春夏秋冬澱織を超える傑物へとなるのです。そうすれば、…峠之内家は安泰、貴方の代で、この地唯一の
それこそが悲願である。
母親の願いは、唯一無二と疑わぬ、父親を超える存在を作る事。
春夏秋冬澱織を倒す事で、その目的は遂げる事が出来るのだと。
『強くなる、それ以外に、貴方には道は無い。それ以外の価値など存在しない、冥児、貴方の人生は、強者である事、それ以外など、意味など無いのですから』
その時から、峠之内冥児が目指す道は一つだけだった。
その道以外は、彼は進む事が出来なかった。
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