第四章・秘境神域

「式織ッ、大丈夫かッ!!」


黒周礼紗が春夏秋冬式織に近づく。

神力を使わずに彼女を庇った為に、生身でトラックの衝突を受けてしまった春夏秋冬式織。


「…大丈夫だ」


ゆっくりと春夏秋冬式織が立ち上がる。

平然としているが、春夏秋冬式織の頭部から大量に血が出ていた。


「いや大丈夫じゃないだろその傷ッ」


「問題は無い、礼紗」


黒周礼紗とは違う方向を向きながら春夏秋冬式織は彼女を心配させまいと言った。


「オレはこっちだ式織ッ!ああ、クソ、なんでッ」


「『秘境神域かみかくし』だな、これは…礼紗」


春夏秋冬式織は朦朧としていた、先程のトラックの衝突が、春夏秋冬式織の意識に障害を与えたのだろう。

それでも、自分の心配よりも、春夏秋冬式織は黒周礼紗に手を伸ばして言った。


「俺が、お前を守ってやる、だから、心配しないでくれ」


春夏秋冬式織は、そう言いつつ、足が震えていた。

余程、トラックが足に響いたのだろう。

元来、神力を放出していれば、それに反応して回避する事は容易。

だが、機物には神力は備わらない。

更に、エンジンを始動せずに動かしていた為に、無音だ。

むしろ、それに反応出来たのは鍛錬の賜物だろう。


「神力…こっちかッ」


春夏秋冬式織は、濃度の違う神力を感知して歩き出す。

人間が宿す神力と、神霊の持つ神力には濃度がある。

その濃度が高ければ高い程に、神力は色を強くする。


春夏秋冬式織は無論、黒周礼紗ですら感じ取れたが、春夏秋冬式織は、黒周礼紗が感じる神力とは別の方向を歩いていた。


「式織、絶対そっちじゃないだろ、こっちだッ」


黒周礼紗がそう言うと共に、黒色空間の奥より、顔を出す生物があった。

幾多もの触手を携える、頭部が人の脳髄の様な形状をした、蛸にも宇宙人にも見える生物。

それが末路不和神霊である、形状は様々だが、触手の先端には、現代では見慣れた車やトラックが握られていた。


「お前は、休んでろよな、式織」


黒周礼紗はそう呟きながら、両手の五指を開いて構える。


「オレはもう、昔とは違う、守られる存在じゃなくて、守れる存在なんだよ」


神力を放出して、術儀の使用準備に移る黒周礼紗。


「…でも、お前は、変わらないな、ずっと昔から、そうだったな、式織、それが、お前だもんな」


春夏秋冬式織は変わらない。

何時までも子供の時と同じままだと、黒周礼紗は思った。

だからこそ、彼女は其処で気付かされたのだろう。


「オレとお前の立ち位置、なんだか少し、分かった気がする」


そうして、部外者となりつつある末路不和神霊が、車を投げつけて来た。



「どうやら『秘境神域』内部に巻き込まれたみたいですね」


温泉津月妃、仁万咲来。

二人も神隠しに遭っていた。


「面倒臭っ…居るよね、こういう空気読まない神様って」


温泉津月妃は携帯電話を取り出して電波が届くかどうか試した。

だが、反応が無いので、仕方なく温泉津月妃は携帯電話を仕舞い直す。


周囲には、人の影の様な生物が複数渦巻いている。

それは、この秘境神域にて生まれた生物だ。

神の統治下、必ず、その神を信仰する生物が出現する。

基本的に、それらは『祀霊しりょう』と呼ばれていた。


「こちらは、適当にあしらいますか…」


「ウザい…本当に」


仁万咲来が、神力を体外へと放出させると共に、周辺に『教理別身』と『天飛上落』を複合させた神力を輩出。

元来、神力の放出は霧の様に周囲へと拡散させると、広範囲になればなる程に維持する時間が短くなってしまう。


神力は元々自然物に近い性質であるが故に、空間に浸透し、効力を失ってしまうのだ。

だが、仁万咲来が噴出させた『教理別身』による分離、広範囲へと拡散させる『天飛上落』に加え、彼女の七曜冠印が頭角を現す。


『砂印』は、自らの神力を砂粒にする。

小さな粒一つ一つが、仁万咲来が意図せず維持性の高い神力となり、周囲に散布される事で、長時間の広範囲効力を発揮する事が出来る。


「(『術儀じゅつぎ停滞おくれ遅延よどむ』)」


周辺に蠢く生物たちに彼女の神力・砂が付着すると共に、彼らの行動力が極端に低下していく。


これだけでは終わらない、更に加えて、仁万咲来は自らの術儀を重ね掛けした。


「(『流繊躰動・砂』、『甲城纏鎧・砂』…術儀)」


彼女の肉体に神力・砂が巡り、表皮をなぞる神力・砂が外界と隔たり、身体能力を向上させると共に、自らの術儀を発動させる。


「(『刹那はやさ加速はしる』)」


彼女の肉体は時と同化し、砂の速度を加速させる事で自らの移動速度、速度から生まれる破壊力を旨とした力を得る。


「あー、凄ッ、これつきぴの出番無くない?」


その場で休憩を目論む温泉津月妃に対して、仁万咲来は言い放つ。


「別段宜しいですが、身に降りかかる火の粉は、御自分でお払い下さいね」


幾ら春夏秋冬式織の婚約者と言えども、其処まで手を貸す気は無いと、仁万咲来は言い放つ。

それを聞いた温泉津月妃は重苦しい溜息を吐くと、面倒臭そうに両手の指を合わせ、神力を放出させると、温泉津月妃は術式を使役する。


「『膚剥捨身無赦かわむしゃみむしゃ影和邇玉座かげわにぎょくざ』」


その言葉と共に、地面が隆起する。

巨大な蜥蜴の様な生物が出現すると、温泉津月妃はその上に立つ。

そして周囲を見回すと共に、微笑んで言った。


「むしゃむしゃしちゃおっか」


その言葉と共に、周辺のが、生物を喰らい出した。


「(術儀・『黒白双手磐天女こくびゃくそうしゅいわてんにょ』)」


黒周家に伝わる術儀。

最多火力を誇る第十一冠位『天泉』の階級に至る黒周京極を父親とし。

凍国・水辺の妖精と呼ばれたルサルカ・イルティッシュを母親とした混血。


黒周礼紗。

父親から継承せし術儀は、大地を震撼させる磐天女の一部の使役である。


彼女の体を包み込む様に出現するは巨大な掌。

岩石の彫刻の如き掌が一対。

悪魔が如き黒く細長い掌が一対。

合わせて四つ、その内の一つ、彫刻の掌が宙を舞い、硬き掌を開くと共に、迫り来る車を、巨大な拳一つで叩き潰す。


「ふッ」


彼女が拳を前に繰り出す。

それに応じて、掌が前に突き出る。

車を破壊し、車輪が歪み、動きが停止する。


「(車両の神様って所か、コイツは)」


八百万の神を祀るこの国では、無論、数多くの神が存在する。

人々が無意識に信頼していたり、好物であると言う感情から信仰と認識され、神が生まれるのだ。

黒周礼紗が立ち向かう神霊は、車輪が付く乗り物の集合体である。


対象を認識した所で、黒周礼紗は敵を見据えた末に言った。


「悪いけど、オレの旦那が死にそうなんだ、だからさっさと死んでくれ」


その言葉を残して、黒周礼紗の術儀が、神霊を叩き潰した。

それによって世界は終結する。


神霊の消滅によって秘境神域は崩壊する。

そうして、中に取り残された者たちは現実世界へと戻っていく。


「おい、式織」


春夏秋冬式織は周囲の祀霊と戦っていたが、神霊が消滅した事でその役目を終える。

声に反応して、春夏秋冬式織が黒周礼紗の方に顔を向けた時。


「昔とはもう違う、もう、オレは守られる存在じゃない」


それをはっきりと口にすると共に、黒周礼紗は春夏秋冬式織の胸倉を掴んだ。


「じゃないと、お前は、オレの為に命を捨てそうだからな、…オレがお前を守ってやる、だから、式織」


胸倉を引っ張る。


「うお」


春夏秋冬式織が引き寄せられると共に、黒周礼紗が春夏秋冬式織の唇を奪った。

顔を真っ赤にしながら、黒周礼紗は長く、春夏秋冬式織とキスをし続けると、秘境神域が完全に崩壊すると共に、黒周礼紗は口を離して言う。


「…オレに嫁げ、式織」


心臓の音を弾ませながら、黒周礼紗は言った。

異世界は消え去り、周囲には先程の公園の場所に立っている。


「はあ?…はあ?!」


そして、同時に。

秘境神域に取り込まれていた温泉津月妃と仁万咲来が、キスシーンを見ていた。

温泉津月妃は、疲弊していた、だからこそ、何時もの余裕など無かった。


「何、してんの、二人、つきぴのダーリンにッ」


「おお、月妃、こんな所で何してんだ?と言うか俺は誰だ?」


「式織様!?あぁ、大変、頭から血が…ッ」


春夏秋冬式織は未だに混乱していた。

そう呟いて、周囲に人が居る事に安堵して、春夏秋冬式織は気絶するのだった。


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