第四章・デートに遅刻
ふと、温泉津月妃が周囲を見回した。
まだ、春夏秋冬式織は来ていないが、それよりも気になる事がある。
「凛天ちゃんは?」
出雲郷凛天である。
春夏秋冬式織に好意を抱くのならば、この場に参戦していても可笑しくは無いのだが。
彼女の疑問に、代わりに仁万咲来が答えてくれる。
「呪いが進行して風邪の症状を出している様子ですので、屋敷で休んでいます」
昨日、燥ぎ過ぎてしまった為に、どうやら体調を悪くしたらしい。
布団の中で寝込んでいる出雲郷凛天の姿が脳裏に浮かんでいた。
「ふーん、まあいいけど」
それならば仕方が無い。
疑問が解消された事で温泉津月妃の興味は早々に薄れていった。
暫くの時間、約束の時間からようやく、春夏秋冬式織が現れた。
「悪い、遅れた」
流す様に走って来る春夏秋冬式織。
黒周礼紗は、遅刻してきた春夏秋冬式織に噛み付いた。
「お前、三十分も遅刻って、どういう事だよ…ッ」
スマホで時計をみながら、御立腹である黒周礼紗。
春夏秋冬式織は綺麗に頭を下げて、彼女に謝った。
「言い訳はしない、ただ悪かった」
その姿勢に、酷く心をときめかせているのは、仁万咲来である。
物陰からほっと、熱い吐息を吹きながら、春夏秋冬式織に熱い視線を送った。
「はぁ…ご立派ですね、式織様」
「何が?」
温泉津月妃が仁万咲来に聞いた。
「此処に来る前に凛天様を心配してお見舞い行ってたのです」
此処に来る前に、出雲郷屋敷へ向かっていたらしい。
春夏秋冬式織は彼女の体調を見越して、お見舞いに行っていたのだ。
其処からは想像がつく、病弱で心が弱った出雲郷凛天が、駄々を捏ねて春夏秋冬式織に絡んでいたのだろう。
だから、待ち合わせに来るのが遅れてしまったのだ。
「は?何それ、優遇され過ぎ、つきぴも風邪引くから」
嫉妬心を燃やし、温泉津月妃が軽口を叩く。
いや、軽くは言っているが、本心では本気なのだろう。
「貴方がそれでよろしいのでしたらそれで構いませんが…動き出しましたね」
早速、二人に動きがあった。
御立腹であった黒周礼紗は、仕方なくと言った様子で歩き出していた。
「はぁ…お前、オレじゃなかったら本当に帰ってたからな」
「悪かったって」
謝りを入れて、其処で終わる。
二人は、少し遅れたがデートを始めだす。
「多分五時間待たされても待ち続けるタイプでしょ、あれ」
ああいったツンツンしている様なタイプはマゾの気質があると、温泉津月妃は看破していた。
「気質が忠犬の様に見えますしね」
若干、マイルドな言い方に変えて、仁万咲来も同意するのだった。
合流した二人。
電車に乗り、移動する。
そうして到着した場所は、何処か湿布の様な匂いがする、黒周礼紗にとっては懐かしい匂いが香る場所だった。
ダムダムと、音を鳴らして、茶色のボールが手の動きに応じて跳ね出す。
「市民体育館か、まあ、やるとしたら運動だろうな」
ボールを持って、コートを一周する黒周礼紗を見ながら、春夏秋冬式織は言った。
「うるせーな…オレは体を動かすのが好きなんだよ、ほら」
軽く体を動かした後、一度、春夏秋冬式織にボールを渡す。
それを受け取った春夏秋冬式織、その隙に、黒周礼紗がジャージを脱いだ。
「別に嫌いとは言ってない、ただ…」
軽く、ボールを弾ませた春夏秋冬式織は、コートの端からバスケットリングに向けてボールを投げる。
大きく山なりに弧を描いたボールがゆっくりと回転しながら、リングに入った。
春夏秋冬式織の立ち位置からして、スリーポイントシュートに該当する。
黒周礼紗は、指を軽く振って、手首の動き具合を見ながら春夏秋冬式織を見た。
春夏秋冬式織は腕まくりをしている、彼もまた、黒周礼紗の方を見た。
「…デートと言う特別な状況下であろうとも、俺は決して手を抜く様な真似はしない、全ては全力でやるぞ」
春夏秋冬式織の言葉に、黒周礼紗は不敵な笑みを浮かべた。
「…はッ、上等だ、手なんか抜かずとも度肝抜いてやるよ」
そうして、二人は早速、1on1を始めだすのだった。
観客席から、それを眺めている温泉津月妃と、仁万咲来。
退屈そうに、温泉津月妃は大きく欠伸をしていた。
「…なんで体育会系なデートなの?」
普通は、もっと学生らしく、学生の範疇で、デパートとか図書館とか行ったりするのが健全ではないのだろうか、と温泉津月妃はそんな事を考えている。
「礼紗様の趣向に合わせていると言うくらいなのでは?」
仁万咲来の言葉に、温泉津月妃は何かを想像していた。
「バスケ、ねぇ…」
「つまらなさそうな表情してますね、あまりお得意ではないのですか?」
仁万咲来の言葉に、温泉津月妃は短く理由を告げた。
「突き指した日から大嫌い」
どうやら、トラウマが残っているらしい。
だから、温泉津月妃はあまりバスケが好きでは無かった。
色々と運動を終えた後。
二人は汗を掻いたので、シャワーを借りる。
さっぱりした状態で市民体育館から離れて近くのコンビニへと移動する。
「腹減ったな…」
「コンビニで食い物でも買わなかったのか?」
春夏秋冬式織は肉まんを購入し、それを食べている。
スポーツドリンクで水分補給をしていた黒周礼紗は、春夏秋冬式織の手を引っ張った。
「ひと口」
そう言って、春夏秋冬式織の肉まんを一口食べると、熱そうに息を吐いた。
「ん、ぐ…くは、あっつ…」
「がっつくからそうなるんだ」
「うるさい…んく」
スポーツドリンクに再び口を付ける黒周礼紗。
そうして、春夏秋冬式織と黒周礼紗の二人を陰ながら見つめる二人。
「…なんか普通に良い雰囲気なんだけど」
「そうですね、良い傾向です」
「良い傾向じゃダメなんだけど、ちょっと邪魔してくる」
「駄目です」
温泉津月妃が出ていこうとしたので、仁万咲来が彼女の行動を遮る。
春夏秋冬式織は時計を確認した。
「…この後、どうするか」
「そうだな…あ」
見覚えのある道だった。
黒周礼紗は、少し歩いていこうと提案し、春夏秋冬式織と一緒に歩き出す。
向かう先は、勾配な坂、その上にある、公園だった。
「前に来た事あるよな、此処」
黒周礼紗がそう言って、公園の近くに置かれたベンチに座る。
「そうだな、けど、色々と撤去されてるな」
春夏秋冬式織は公園を見回す。
昔はブランコやシーソーと言った遊具があった。
だが、今では老朽化も進み、遊具が撤去されているのだろう。
「…時代の流れって奴かな」
少し、寂しそうな表情をする黒周礼紗。
その隣に春夏秋冬式織が座ると、黒周礼紗は空を眺めた。
「オレはな、…式織」
ふと、呟く様に、黒周礼紗が言い出す。
春夏秋冬式織は彼女の言葉に耳を傾けて聞く姿勢に移る。
「オレはお前から、他にも結婚の約束を聞いた時」
その時の事を思い出す。
感情が高ぶり、思わず春夏秋冬式織を殴ってしまった。
「オレは、お前にとっての大切じゃないんだって思った」
その後、何故あんなにも、怒っていたのか、黒周礼紗は何も分からなかった。
だが、日が経つに連れて、段々と理解出来て来た。
「酷い裏切りだと思った、どんな顔をして、お前は他の女を幸せにするって言ったんだろうって思った」
他の女性が良く思っても、彼女自体は納得していない。
何故ならば、黒周礼紗は、春夏秋冬式織だけを愛する為に自らの女性らしさを出したのだ。
「だって、オレはな。…お前だから、オレは喜んだんだ、それなのに、オレだけが舞い上がって、バカみたいじゃないかって」
冷えた風が体をなぞる。
髪が揺れて、銀髪の髪が仄暗い空を舞う。
鉛の様な色をした雲が周囲を包み込み、それはまるで黒周礼紗の心情を現しているかの様だ。
「この感情に整理が付くまで…オレは、お前とは、友達以上の関係にはなれない」
立ち上がり、黒周礼紗は振り向くと共に、春夏秋冬式織に告げる。
この関係性のままで、共に生きようと言う提案。
その言葉に、春夏秋冬式織は立ち上がると共に、黒周礼紗の方に近づく。
「礼紗、俺は…ッ」
それと同時。
男女の関係であった二人の迷いは消え去り、二人とも臨戦態勢に移ると共に。
世界が、裏返っていく。
それはパネルの様に、空間がくるり、くるりと、空模様が黒色に染まり、
地面が波による浸食によって、乾いた大地へと至る。
「ッ…これは、『
黒周礼紗がそう叫ぶと共に、春夏秋冬式織の方が早く動いた。
彼女の服を握り締めると共に、春夏秋冬式織は、黒周礼紗を引き寄せる。
黒周礼紗が居た場所に春夏秋冬式織が立ち、彼の体に向けてトラックが衝突した。
「ぐがッ!」
春夏秋冬式織はトラックに当たると共に、地面に倒れる。
「式織ッ」
身を庇われた黒周礼紗が、春夏秋冬式織に近づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます