第五章・そして過去へ

「式織様」


春夏秋冬式織は、優しい声によって起こされる。

目を開き、顔を上げる春夏秋冬式織、其処には、柔和な笑みを浮かべた仁万咲来の姿があった。


「おはようございます、式織様」


挨拶をする仁万咲来。

春夏秋冬式織は寝惚けながら体を起こすと、頭を下げて、挨拶を返す。


「おはよござます」


春夏秋冬式織は、働かない頭で忘れている事を思い出そうとする。

今日はなんだったか、何をしようとしていたのか、重い瞼を擦り、記憶を探らせると、仁万咲来が代わりに答えてくれる。


「本日は特別な日、早く支度をお願いします」


背中を押され、春夏秋冬式織は洗面台へと向かう。

顔を洗って、歯磨きをする、衣服を着替えると、其処でようやく、春夏秋冬式織は思い出す。


「あぁ、そうか。今日、十月機関に入るんだっけか」


ようやく、春夏秋冬式織は自分が今日、何をするのかを思い出すのだった。




十月機関。

年間十名程の神力を宿す子供たちが、正式な巫覡かんなぎになる為に機関へ所属する。

十月機関には県毎に支部が存在する為、最大四十七支部、それらを含めると、年間四百七十名の巫覡かんなぎが誕生する事となる。


春夏秋冬式織が住む高天原市は十月機関の総支部であり、神霊に対する熟練者の集いでもある為、総支部に入会する子供は新鋭として期待されつつあった。


「今年は良いですね」


新入生の担当を受け持つ事になった教官が一人、資料を確認しながら呟いた。

今年の代は豊作である。

元々、最強であった春夏秋冬澱織の代から十数年。

戦場を潜り抜けた覇者たちの遺伝子を継承された子供達が多かった。


教官は四名。

十月機関に在籍する新入生は十名である。


「で、誰を選びますか?」


「そうですね…唯一、一度だけ『最強の龍』に黒星を挙げた『独眼鬼どくがんき』の嫡子、峠之内たわのうち冥児メイジ、ですかね?」


「あぁ…じゃあ私はこの宍道しんじ十景とかげを…貴方はどうしますか?」


一人、話を振るわれた教官は、資料の中から一人を選ぶ。

灰色の髪をした少年の顔を確認した。


「『月窮』春夏秋冬澱織が拾った子供か…」


「天禍胎で生きていた子供…『まつろわぬもの』、ですな」


その名前が今後、春夏秋冬式織の通り名として伝わっていく事になる。

そうして話し合いが進んでいく中、一人の男性に、話を振った。


邑南おおなんさん、あんたは誰が良い?」


その質問をされた男性は、眼鏡をあげた。

そうして資料を確認して、渋い顔をしながら、内容を吟味していく。

そして、迷っているのか、天井を見上げて息を吐いた。


「ど…」


思わず、声に出しそうになり、男性は口を抑えて心の中で叫んだ。


「(どうでもいい~!誰でも良い!贅沢言うなら手間のかからない子が良い!!、と言うか怖い、下手に扱ったら怖い子供ばっかじゃんッ!)」


新任教官・邑南おおなん敬一郎けいいちろう

後の、問題児含める春夏秋冬式織の教官であった。

邑南敬一郎が選定した、と言うか、余り物だが…ともかく、邑南敬一郎は自らが教える三名へと向かっていく。


「(結局選ばずに、勝手に決められたんだよなぁ…良い子たちだったら良いんだけど…)」


不安そうに思いながら、新任教官、邑南敬一郎が新入生が待機している教室へと入ったと同時。

壁に叩き付けられる少年、壁に亀裂を作りながら、首を地面に向けて項垂れている。


まるでダンプカーに轢かれた様な状態、この状況を作り出したのは、またもや、一人の子供だった。


「俺の勝ちだ、ザコは死んで寝とけや」


憎たらしい口調で、黒髪を青色のバンダナで纏めている少年が良い放つ。


「うぎッ(ああああッ早速問題起こしてるよぉ?!)」


蹴られた少年を医務室に運ぼうと、邑南敬一郎が近づくと、ゆっくりと体を起こす一人の少年。


「…いま、なにかしたのか?」


服に着いた靴底の痕を、掌で払いながら、灰色の髪をした少年が言った。

大して攻撃が効いていない様子だが、成程、見れば少年の体には六角形の鱗が痣の様に浮き出ている。『流繊躰動』による身体能力の強化と防御力を向上させたのだろう。

さらに、現在では感じられないが、『甲城纏鎧』で身を守っていたらしい。


「ははは、いいねえ、いいねえ!もっとたたかってさあ、まっかな血と、まあっしろな骨をみせておくれよお!」


更に、黒色のマスクをした、白髪の子供が目を細めて笑っていた。

目元には泣き黒子が付いている子供は、美少年である事にまず間違いない。

しかし、その可愛らしい笑みからは、狂気的言動が見られつつあった。


「(峠之内たわのうち冥児めいじ宍道しんじ十景とかげ…そして、春夏秋冬ひととせ式織しきおり…なんで問題児ばかり、俺の所にいッ!?)」


もっと他に居たのでは無いのだろうか。

何故、こんなにも問題児ばかりを集めているのか、イジメなのだろうか?と、邑南敬一郎は思っていた。


「ああ?まだ蹴られ足りねぇのか?」


「ああ、蹴ったのか、いま」


挑発している春夏秋冬式織に、邑南敬一郎が二人の間に割って入る。


「待て待てお前ら、どうして喧嘩なんてしてるんだ?」


そう言って眼鏡を上げて邑南敬一郎は聞く。


「なんだてめえ?」


「一応、お前たちを指導する教官だよ」


「キョーカン…?」


青色のバンダナを巻いた峠之内冥児は首を傾げた。

そして腕を回して邑南敬一郎に近づく。


「取り敢えず、おれの前に出たって事は、勝負するって事だな?」


「どうしてそうなるんだよ、なんで勝負なんて」


「きまってんだろ、これはな、なんだぜ?」


一瞬、峠之内冥児が何を言っているのか分からなかった。

春夏秋冬式織は首を傾げて、右手でお茶碗を持つ素振りをして、左手の人差し指と中指を立てると、箸を模して口に運ぶ素振りを見せる。


椅子に座っている宍道十景が黒いマスクをずらして口を見せた。

両端から八重歯が生えた、まるで吸血鬼の様な口で言った。


「たぶん、かくづけ、じゃないの?」


格付け、そう言われた事で、邑南敬一郎は頷いた。

あぁ、そうか、格付けか、自分が他の誰よりも優れているかを決める事か。

と、納得した所で、容認出来る事ではない。


「…てめえ、今、おれをバカにしただろ?」


峠之内冥児が、宍道十景を睨んだ。

その表情に頬を赤くして、嬉しそうに笑う宍道十景は両腕を広げる。


「わあ!こんどはボクと遊んでくれるのかな?いいよ、ハグをしてあげる、まっかな血を出させてあげるよ!!」


「上等だてめぇ!!」


「待て、俺が相手だろ」


「いやお前が待て!いや待って下さい!ちょっと落ち着いて下さいっ!!」


邑南敬一郎の敬語の叫び声が、部屋中に響きつつあった。

「えー…まずは、入学、オメデトウゴザイマス」


邑南敬一郎は軽く挨拶をする。

席に座る三人は、一人、峠之内冥児を除いて話を聞いている。

峠之内冥児は机に突っ伏して眠っていた。


「えー、一応、自己紹介から、ボクは邑南敬一郎、お前たちに、十月機関とは何かを教える為に存在する、言うなれば教師だ、歳は二十四歳、冠位は第八の『白露』だ」


そう説明をしたとき、春夏秋冬式織が手を挙げた。

何か聞きたいのだろう、邑南敬一郎は春夏秋冬式織の名前を口にする。


「冠位って、なんだ、です?」


取って付けた敬語で、春夏秋冬式織は疑問を口にした。

眼鏡を上げて、邑南敬一郎は頷いた。


「冠位、または階位、巫覡かんなぎにとっての階級だよ、第一から第十二まであってね…丁度良いから、教えようか」


そうして、近くに置かれているホワイトボードにマジックペンを使い、邑南敬一郎は階級を書き記した。


第一冠位だいいち始和しわ

第二冠位だいに夾鐘きょうしょう

第三冠位だいさん修禊しゅうけい

第四冠位だいよん清和せいわ

第五冠位だいご厲皐れいこう

第六冠位だいろく鶉火じゅんか

第七冠位だいなな享菽きょうしゅく

第八冠位だいはち白露はくろ

第九冠位だいきゅう粛霜しゅくそう

第十冠位だいじゅう大素たいそ

第士冠位だいじゅういち天泉てんせん

第王冠位だいじゅうに月窮げっきゅう


「これが冠位の階級名、巫覡かんなぎになったお前たちは、第一冠位の『始和』の位置に居る、階級は基本的に『末路不和神霊』を討伐した際に、功績によって上昇していくんだ」


そう言った時、春夏秋冬式織は目を光らせた。


「じゃあ、だいはちの邑南先生は、強いって事、ですか?」


第七冠位の仁万咲来より上の立場であるが故に、邑南敬一郎の実力は仁万咲来よりも強いのだろうと、春夏秋冬式織は思った。

だが、乾いた笑いを浮かべる邑南敬一郎は、何処か言い辛そうにしている。

その表情は一体、どういう意味であるのか、春夏秋冬式織は首を傾げていた。


「えーっと…まあ、功績と言っても様々で、戦わずに階級を上げる事も可能なんだ、例えば人材育成、あるいは大規模戦略に置いての作戦計画指示とか、あるいは…実力はあまりないけど、その冠位に属する人間が少ないから、年齢に応じて繰り上げ、とか…つまりは、実力が実績に見合ってない、って感じかな」


渇いた笑い声が部屋の中に響いていた。


「先生は…弱いって事。…ですか?」


「はっきり言うね…まあ、そういう事かな…、ははは」


表情を暗くする邑南敬一郎教官は、顔を上げて手を叩く。


「ま、まあ。悲しい話は此処までにして…とりあえずは仲良くなろうじゃないか、今日はオリエンテーション、新しい環境でも早く馴染めるように、共同して何かをする、とか」


邑南敬一郎教官は、三人を纏める為に、何かしようと提案するのだった。

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