第一章・少女誘拐未然事件

二週間ほどが経過した。

春夏秋冬式織は黒周家に預かり、近くの公園で神力操作の鍛錬を行う。


「ん…ぐう」


春夏秋冬式織から教わった神力操作。

最初は腕まで放出する事が出来たが、しかし其処からが難しい。

何せ、これを全身から放出させるので、すぐに燃料切れになってしまう。

なので、放出よりも先に、肉体に神力を巡らせる事を重点的に行っていた。


「(根をはらす、って言ってたっけ…でも、むずかしいな…)」


春夏秋冬澱織の言葉を思い出す春夏秋冬式織。

神力の循環方法は、体内で植物の様に根を張らす事をイメージする事だ。


それを言われて実践をしてみているが、思うようにいかない。

何せ、人間が植物の根を張る事など出来ないと思っている。

潜在的な意識が、春夏秋冬式織のステップアップを邪魔していた。


「なあ、しきおり」


声が聞こえてくる。

野球ボールを持って、公衆トイレの壁を使ってキャッチボールをする黒周礼紗だ。


「はやくキャッチボールしようぜ、一人じゃつまんねぇよ」


そう言って春夏秋冬式織を遊びに誘う。

だが、春夏秋冬式織は遊ぶ気にはなれなかった。


「まだ練習してるから、またあとで」


「またー?お前さー、さっきもそれじゃんか、いい加減遊べよー」


退屈そうな表情をしている黒周礼紗はボールをミットの中に打ち付ける。


「あとで」


「はー?お前もう本当、つっまんねぇなあ、もういい」


そう春夏秋冬式織に見切りをつけて、一人で遊ぼうとすると。

黒周礼紗の前に、一人の男性がやって来た。


「野球?いいねぇ、面白そうだね、おじさんも混ぜて貰えるかな?」


にこにことした表情を浮かべて近づいて来る肥満男性。

その顔は、笑顔ではあるが、怖気の様なものを、黒周礼紗は感じ取った。


「え…いや…と、友達と遊ぶ、から」


そう言って、春夏秋冬式織の方へと戻る黒周礼紗。

彼女の後ろ姿を見ていた男性は、舌なめずりをして標的を定めていた。


夕方。

春夏秋冬式織の傍に居た黒周礼紗は不満げだった。


「はー、つまんなかった」


そう不満を春夏秋冬式織にぶつける。


「また今度遊ぼうって…オリオリがもうじき戻って来るんだ、それまでになんとか、俺は課題をなしとげたいんだよ」


春夏秋冬式織を預けた次の日に、春夏秋冬澱織は二週間程、『外』へと繰り出していた。

そして、近日中に、春夏秋冬澱織が戻って来るので、今のうちに、春夏秋冬式織は課題を終わらせようとおもっていたのだ。


「もういい、お前とはもう、遊ばないからな」


ふん、と怒っている黒周礼紗。

何時もは春夏秋冬式織の傍から離れないが、今日は彼女は早歩きで歩いている。


少し離れた先。

黒周礼紗が歩いている。

未だ、春夏秋冬式織に対して怒りを抱いているらしい。

春夏秋冬式織は、彼女の後ろ姿を眺めながら歩いている。


「はぁ」


面倒臭いな、と春夏秋冬式織は思った。

その時だった。

黒周礼紗の前で、車が停止する。


黒色のバンだ。

扉が開かれると、覆面をした大柄な男が出てくる。

そして、黒周礼紗の体に手を伸ばすと、彼女の身柄を拘束。

車の中に引き寄せると共に、大柄な男が大きな声を荒げる。


「出せッ!早く!!」


その声と共に、車の扉が閉ざされる。

車が発進すると、黒周礼紗を乗せた車が走り出す。


「…」


春夏秋冬式織はその一連の行動を呑気に眺めていた。

ただ、連れ去られる一瞬、彼女の拍子抜けした表情を思い浮かべた。

あの表情は、決して安全とは言えない、危機的状況を察する前の顔だった。

であれば、彼女は連れ去られたのだろう。

そう察した春夏秋冬式織は肉体から神力を循環させる。

肉体の筋肉系統を強化させ、黒周礼紗を乗せた車を追い出した。


「ッ」


地面を蹴る。

走り出して人間を超える速度を生み出す。

だが、彼の小さな体は、筋肉に負荷が掛かり過ぎる。

ぶちり、と音が鳴ると、春夏秋冬式織は地面に向けて顔を打つ。


「ぐッ」


アスファルトに顔面を衝突させ、額から血を流し出した春夏秋冬式織。

痛みを噛み締めながらゆっくりと顔を上げる。

皮膚が破れて、赤い体液が流れ出した。

目に入り、鼻の筋を通い、唇に血が滲む。

痛覚は敏感で、つい泣き出しそうになる。


だが、この状況で泣きだした所で何も変わらない。

額の血を拭うと共に再び神力を肉体全体に這わせる。

多くの植物の根が体中に駆け巡るイメージ。

それを持って春夏秋冬式織は走り続ける。

走る度、筋肉を動かす度、大地を踏み締める度に、体が悲痛を訴える。

それを知らぬと一蹴し、体が壊れても構わぬと言う覚悟を以て、春夏秋冬式織は追い続けた。



車は、廃工場の前で止まった。

車の中で手足を縛られて、口にガムテープをされた黒周礼紗が廃工場の中へと入っていく。

そして、工場で使われなくなった資材の中で、畳まれたブルーシートの上に黒周礼紗を投げ捨てた。


「はぁ…疲れたぁ…」


声を漏らして、男はマスクを外す。

大柄で、腹部が膨れた肥満体。

年齢は三十代前半程だろうか、もう片方は、眼鏡を掛けた短髪の男性だった。


「でもぉ…苦労は報われそうだね」


縛られた黒周礼紗の方に近づき、ブルーシートの上に座ると共に、黒周礼紗の足や、腹部に指を這わせて撫でる。


「むぐっ…」


怒りの表情を浮かべていた黒周礼紗は、男性の手から離れようとして、身じろいだ。

その行動は、男性たちからすれば無駄な行動でしかない。

些細な抵抗で、可愛らしいものだとすら思っている。


「さっさと始めようよ、ボク疲れちゃったよぉ」


肥満体の男がそう言った。

眼鏡の男は、車から持ち出したバッグの中から道具を取り出す。

それは工具だった、ブリキ製の金属の中から、鋏や、刃物と言った道具を取り出す。


「じゃあ先ずは髪と服、切っておけよ」


「待ってました、あぁ!これが楽しみでねぇ!!」


ぐふ、と牛の鳴き声の様な笑い声を漏らしながら鋏を受け取る。


「今からお洋服を破くからねぇ、ついでに髪の毛もチョキチョキしちゃいますからねぇ、でも大丈夫、それ以上はまだ何もしないからね?キミを誘拐したって言う証拠が必要なだけだからさぁ」


「んーーー!!」


そう言って、鋏を使って彼女の衣服を切ろうとする男。

当然ながら、黒周礼紗はそんな事はさせまいと暴れ出す。


「ああ!危ない、危ないよ、間違って綺麗な肌を傷つけちゃうから、動かないでね、動かないで」


宥める様に言うが、しかし、黒周礼紗は止まらない。

どうにかして、拘束が解けないか必死になって動いている時。

優しい口調をしていた肥満児の男は、黒周礼紗に向けて鋏の先端を叩き付ける。


「んッ」


だが、彼女を突き刺す事はしなかった。

彼女の下に敷かれているブルーシートに、深々と鋏が突き刺さっていた。

それでも、彼女の行動を止めるには十分過ぎる行動であり。


「あのさあ!!危ないって言ってるじゃん!!分かれよ!!ガキがよお!!」


鼻息を荒くしながら、苛立ち、怒りの表情を浮かべている肥満児の男が鋏から手を離す。


「あー、マジでイライラしてきた、先にヤっちゃっていいかなあ!?」


「金を受け取るまでは殺さないって約束だろ、落ち着けよ」


そう眼鏡の男性は宥めるが、それでも怒りは収まらない様子だ。


「大人の言う事を聞けないメスガキにはおしおきが必要だろお!?ボクを、馬鹿にしやがって、バカにしやがってえ!!」


苛立ちの表情。

肥満児の激怒する顔を見て、黒周礼紗は怯えていた。

恐怖が体中に駆け巡っている、怖さのあまり、失禁していた。


「あの黒周家ってのは、かなり金を持ってる筈だ、大金をたんまり吹っ掛けて、その金で海外へ飛ぼう、そうしたら、金で幾らでも買えるだろ、こんなガキは」


眼鏡の男性の言葉に、次第に冷静さを取り戻そうとする。


「クソ…クソ…どうせ、どうせこいつも、ボクを性犯罪者なんて思ってるんだ…」


過去に一体何があったのか、しかし、それを知る暇は、黒周礼紗には無かった。


「(こわい)」


脳裏に思い浮かぶ言葉。

心の底から、人と言うものに恐怖を覚えている。

このまま、自分がどうなるのか、もしかすれば、死ぬのかも知れない。

そう考えるだけで、黒周礼紗は涙が止まらない。


「(こわい、こわい、たすけて、とうさん、とうさん…)」


願い、救われる事だけを思う。

もう一度、あの暖かい日常へと戻りたい、そう願っていた。


「ふぅ…じゃあ、気を取り直して、服と、髪の毛、チョキチョキしましょうね」


鋏を握り直して、肥満児の男性が、黒周礼紗の衣服を切りだす。

黒周礼紗は、この時、服を切られて、髪も切られたら…自分は死んでしまうのだと、そう思っていた。

此処では、どう足掻いても、力のある大人には適わない。

自分の非力さを嘆く事は無い、まだ彼女には、何を恨めば良いのか分からない。

それが、心の傷となり、腐り出して、トラウマとなる。


「…おい、なんだガキ」


眼鏡の男が、スマホを持って撮影の準備をしていた時だった。

廃工場の扉、ではなく、窓ガラスに張り付いている子供の姿を、眼鏡の男は発見する。

血だらけだった。

擦り傷がいっぱいであり、事実、此処にくるまで、その少年は何度も事故を起こした。

速度を上げ過ぎて曲がり角を曲がり切れず、電柱に衝突した。

真正面から迫る車に跳ねられたし、自らの力の反動によって、手足の筋肉が断裂した。

しかし、それでも必死に追い続けた。


此処で逃がしてしまえば、きっと、彼女は二度と元には戻らないと思ったからだろう。


「…」


息を荒げ、窓ガラスを拳で割る。

工場の中に入る少年の姿を、黒周礼紗は見ていた。


「んんんん(しき、おりっ)」


外の明かりと共に、射し込んで来る子供の姿。

春夏秋冬式織は、彼女を助ける為に身を粉にして到着する。


「おれの友達、なに、しようとしてんだ…」


ボロボロの体になりながらも、春夏秋冬式織は前へ、前へと歩き出す。


「おい、子供が何をしてんだ…面倒臭い、手間を作りやがったな…」


息を吐くと共に、工具箱の中から血によって錆びた刃物を取り出した。

それを、春夏秋冬式織に向けた、それは決して脅そうとしていたワケではない。

彼らは誘拐犯、数多の子供を誘拐しては暴行の末に殺し臓器すらも売り捌く低俗な存在。

その血は人ではなく外道であり、地獄へと落ちる事が確定している悪である。

犯行を見られた子供を殺すと言った事に、なんら罪悪感もわかない。

従って、今此処で殺してもなんら支障も無い。


「お、おおッ!」


地面を蹴り跳躍する。

相手が春夏秋冬式織を子供と判断し油断している隙に、春夏秋冬式織の拳が男の胸を強く叩く。


胸を強打、皮膚から振動が伝わる。

肉体強化によって強くなった拳が眼鏡の男の肋骨を粉砕、衝撃によって臓器が一時痙攣し、攻撃の手が止まる。

そのまま膝を突いて呼吸をしようとする眼鏡に向けて、春夏秋冬式織は首を大きく仰け反らせる。

両手で眼鏡の男のこめかみを握り、子供の頭が眼鏡の男の顔面に減り込む。

ぐちゃり、と、鼻が裂けて血が噴出、額に眼鏡の男の血が粘液を帯びて糸を引く。

何度も何度も、相手の痛みなど知らず、ただ行動不能になるまで頭を使い続ける。


「はあ…はあ…」


痛みから逃れる為に気絶、現実からの逃避を選択した眼鏡の男。

春夏秋冬式織は荒く呼吸をしながらもう片方の敵を見据える。


「うごあッ」


春夏秋冬式織が戦っている最中、既に相手は行動に移していた。

春夏秋冬式織の行動が止まった瞬間を狙って、接近すると共に無防備な腹部を思い切り爪先で蹴ったのだ。


「う、ぐぐッ」


腹部を抑えながら、春夏秋冬式織は痛みに悶える。


「だ、だから、ガキは嫌いなんだよ、ボクの言う事聞かないからあッ!ああああっ!!」


叫び、春夏秋冬式織に近づく。

その手には鋏が握り締められている。


「んぐううっ!!(しきおりい!)」


涙を流しながら将来を誓い合った春夏秋冬式織の心配をする。

ゆっくりと、肥満体系の男が近づいて来ると、春夏秋冬式織を睨みつける。


「はあ、はあ…ボクに逆らうからだ、ガキが、大人を舐めるな、舐めるなぁああ!!」


倒れ込む春夏秋冬式織に向けて鋏の先端を向ける。

春夏秋冬式織は唾液を口から漏らしながら顔を上げる。

敵を見据えて拳を構える、その拳を上に向けて、肥満体系の男に向けて伸ばす。

届く筈が無い、その一撃、拳は空を叩く。

その隙に敵は自らの体を何十回も切り裂き、腸を引き出す筈だった。


だが、そうはならなかった。

春夏秋冬式織の前に現れる二人の男。

白髪が混じる黒髪の白虎。

その獰猛さは獣以上の龍を連想させる、春夏秋冬式織に父親が立つ。


「おう、大人一人倒せたか、上等だぜ、流石俺の息子だ」


そう不敵な笑みを浮かべる春夏秋冬澱織。

顔を見上げて、永遠の憧憬が其処に立っている。

其処に居るだけで全身の力が抜け、春夏秋冬式織は息を吐く。


「…あぁ、良かった」


春夏秋冬式織は項垂れる。

自らの子供を抱き上げる春夏秋冬澱織。

肥満体系の男は動けない、春夏秋冬澱織の睥睨一つで、蛇に睨まれた蛙の様に不動。


「ぎう、ひっ、こ、このッ」


視線を切る。

背後へと向けて走り、黒周礼紗の元へ向かう。

彼女を人質にしようとしたのだろう。


だがそうはならない。

この部屋にはもう一人、男が居た。

愛する娘を抱き締めながら、スーツ姿にチョビ髭をした男。

服を切り裂かれた我が子を、尿で衣服が濡れようと構わず強く抱き締める。


「私の礼紗…遅くなってしまった、すまない、すまない…」


父親に抱かれて余程安心したのだろう、黒周礼紗は意識を失っていた。


「ひ、な、なんだお前ぇええ!!」


「黙れ」


黒周京極は、肥満体系の男に指を向ける。

親指と中指を合わせ押し当てている様は、銃口を向け引き金に指を添えている様にも見えた。


「私の大切な娘、礼紗、全財産を引き換えにしても惜しくはない、大切な私の子供を…よくも恐ろしい目に合わせてくれたな…外道めが、此処で死ね」


指を擦る。

ぱちん、と音が鳴る。

神力が放出すると、次の瞬間。


「ひゅ」


肥満体系の男はスリムになった。

プレス機で潰された様に、肥満体系の男の両隣に掌を模した岩石が出現すると共に、手を叩く様に、圧し潰した。


鴨島流かもしまりゅう妖霊操法ようれいそうほう術儀じゅつぎ磐人がんめん』…エゲつねえ殺し方しやがるなぁ、オイ」


ケラケラと笑いながら、春夏秋冬式織の目を手で隠す春夏秋冬澱織。

一応はこれで終わったのだと、春夏秋冬式織も安堵をすると、そのまま意識を失った。


次に気が付いた時、春夏秋冬式織は体中包帯を巻いていた。

黒周家の屋敷に戻されていて、春夏秋冬式織は治療を終えた後だったらしい。

体を動かすだけでも痛みがある。

だが、彼の手には、何か柔らかいものが握られていた。

目を開ける、そして、その手で掴んでいるものを確認すると。


其処には、黒周礼紗が手を握っていた。

ずっと、春夏秋冬式織の傍に居たのだろう。

彼女は、春夏秋冬式織の布団の前で横になって眠っている。


「ごめん…ごめん、しきおり…おれ、おれのせいで…」


反省しながら、涙を流している黒周礼紗。

顔を上げて、強く手を握り締めると、ゆっくりと、黒周礼紗が目を覚ます。


「あ…しき、織…良かった、ああ、良かった、ぁあああ…」


春夏秋冬式織が目覚めたのを確認して、体を起こす黒周礼紗は泣き出した。

ゆっくりと口を開いて、春夏秋冬式織は言う。


「お前、は、大丈夫か?」


怪我はしてないか、黒周礼紗に聞く。

彼女は首を左右に振って、怪我は無い事を告げた。


「式織、ごめん、オレのせいで、こんな怪我をして…」


涙を手で拭いながら、銀色の髪を揺らす。

蒼い瞳が涙で歪んでいて、春夏秋冬式織は、そんな彼女の泣く姿は見たくないと思った。

だから、強く彼女の手を握り締めて、言う。


「大丈夫だ、俺が守ってやる、だから泣くなよ」


「…じゃあ、オレも、式織を守る…式織が、こんな姿にならないように、オレも強くなる…だから、さ、死なないでよ、式織…」


自分の弱さを嘆き、大切な人間を活かす事を決意する黒周礼紗。

今回の一件で、黒周礼紗と春夏秋冬式織の距離は更に短くなった。










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