第一章・そして現在
そして現在。
「先輩、お疲れ様です」「どうぞ黒周さん」「あ、ずーるーいーっ!」
周囲には取り巻きが出来ていた。
女子籠球部。
其処では引退した部員が顔を出して試合に参加していた。
その中で、女子マネージャーに渡されたタオルを受け取る銀髪の女性が居た。
耳には多くのピアスを付けて、気怠そうな目をしている女性は、タオルで汗を拭くと共に立ち上がる。
「サンキュ」
そう言って儚げに笑う彼女の顔を見るだけで、女子マネージャーは失神しそうになる。
彼女にはそれほどまでに魅力と言うものがあった。
黒周礼紗。
成長した彼女は、身長百五十センチ程でありながら、籠球部のスタメンとして活躍していた。
何せ、彼女の身体能力は一般人とは違う。
だから、超人的な能力を発揮し、籠球部に貢献して来た。
ルックスも相まってか、彼女は女性でありながら同性のファンが多い。
女子特有の、白馬に乗った王子様的概念で、黒周礼紗と同一視しているのだろう。
試合を終え、衣服に着替える黒周礼紗。
彼女の服装は学生服ではなく、常にジャージだった。
「あっつ…」
「黒周さんお疲れ様です、この後、用事でもありますか?一緒にごはんでも」
「ちょっと、抜け駆けしないで下さい、黒周先輩、一緒に帰りませんか?」
周囲の取り巻きに話し掛けられて、彼女は首を左右に振る。
「あー、悪い。先客あるんだよ、じゃあな」
それだけ言って、黒周礼紗はリュックを背負ってその場から離れる。
颯爽と逃げ出す様に走り出す彼女の後ろ姿を見た取り巻きたちは残念そうな表情をしていた。
「…え?」
ふと、取り巻きの一人が不思議そうな表情をして黒周礼紗の後ろ姿を見る。
とぼとぼと帰りの準備でもしようとしていた取り巻きの一人が、不思議そうな表情をしている彼女を見ながら聞く。
「どうしたの?」
と、そう聞くと、自らが不審がっていた事を言いだした。
「黒周先輩、今日はなんだか、
取り巻きは、彼女の心の変化を見逃さなかった。
走りながら、黒周礼紗は校門前まで行くと、速足を遅める。
「ふぅ…すぅ、はぁ…おい」
ジャージのチャックを下ろしながら、校門前で待つ男性に声を掛ける。
「おう、礼紗」
手を上げて答える一人の男性。
つい先日、転校して来たかつての友人、春夏秋冬式織だった。
「ふぅ…あっつ」
熱が籠っている彼女のジャージ。
チャックを下しただけでは熱は取れない。
体操服の襟を摘まんで動かすと冷たい空気が流れ込んで来る。
背は低い、中学生の頃から身長は止まったが、成長はし続けていた。
彼女の胸は、その小さい体には似合わない巨大な乳房が備わっている。
歩く度に上下に揺れるので、普段はサラシなど巻いて揺れを抑えている。
だが、今日の彼女はサラシなど巻いていなかった。
一緒に帰路に就く二人。
こうして共に帰るのは久方ぶりの事だった。
二人、歩きながら、息を吐く。
冷めた空気、息を吸うだけで肺が凍えてしまいそうな、氷の世界。
まだ雪は降らず、しかし、空は凍えて蒼褪めている。
本格的な夜になる前に、二人は街灯の明かりを頼りに歩き出す。
「なんだか、こうして帰るのも久しぶりだよなぁ」
昔の事を思い出す黒周礼紗。
彼女の言葉に同意する春夏秋冬式織。
「そうだな。何度か会ってるけど、中学から親父と一緒にアッチに行ってたからな」
アッチ。
この世界には、裏側の世界と言うものが存在する。
神が集うこの土地には、天から零落し、神格を失った祟りも存在した。
それらが再び、神の地へと至るまで、長らく拠点にする場所を開闢した。
それがあちら側…またの名を『
其処で、春夏秋冬式織は生まれ、春夏秋冬澱織に拾われた。
「高校卒業したら、さ」
リップクリームで潤った唇が動く。
「覚えてるか?その…」
彼女は、出来れば春夏秋冬式織が察してくれれば、と思いながら喋る。
それに対して、春夏秋冬式織も頷いた。
「ああ、風呂で合った事か」
彼女と出会い、最初の馴れ初めの事を考えていたらしい。
二人して、同じ事を考えていたとなると、これは運命のようだと、黒周礼紗の心が流行った。
「うん、そうだ、覚えてるんだよな?」
髪が前に垂れるので、髪を梳くい耳に掛ける。
複数空いたピアスの数が、彼女が昔とは違う、成長した女性である事を現した。
「ああ、覚えてる」
はっきりと、春夏秋冬式織は頷く。
ちゃんと覚えている、それだけで嬉しくて笑みを浮かべるが、油断はならぬと身を引き締めて聞く。
「お前鈍感なフリしてるかも知れないからいうけど、あれだぞ、結婚の話だぞ」
別の約束の事を言っている可能性もある。
だから、逃れられない様に、自分から約束した内容の事を口にした。
「だから覚えてる」
当たり前だろと、言いかけた。
黒周礼紗は、ちゃんと覚えているのならば、と安心して息を吐く。
「そう、か、ならいい…いや、良くない」
だが。
ただ、約束を覚えているだけだ。
先程問い質した内容から察すれば。
ちゃんと、約束は果たす気があるのかを、聞く。
「あの場での約束、時効じゃないぞ、分かってるんだよな?」
「分かってるって。俺は自分のいう事を曲げない」
断言する。
これで、春夏秋冬式織が裏切らない限りは、絶対な約束だった。
「…ならいい、へへ」
歩き続けて、家に到着した。
相変わらず、大きな屋敷だった。
門の前に立つ護衛が二人の顔を見るとインカムを使い、中に立つ護衛に閂を外して門を開ける様に命令する。
そうして、重苦しい扉が開かれた。
「どうせだから、家に寄っていけよ。久しぶりだろ?」
中に入る黒周礼紗は、春夏秋冬式織を誘う。
「そうだな、京極さんにも挨拶しておかないと」
「よし、決まりだ」
そうして、二人は黒周屋敷へと入っていくのだった。
懐かしい部屋の中。
あの時とか変わらない部屋だが、少し違和感を覚えた。
もう少し、部屋は広かった気がしたが、今では少し窮屈だと思った。
成長した為だろう。大きさが変わり、視点もまた違っている。
それ故に、郷愁の想いに違和感が混じっているのだ。
周囲を見回す。
女性らしい、と言うよりかは、男性らしい部屋に近かった。
壁には、ポスターが張られている。かつて、野球少年だった黒周礼紗が懸賞で当てたサイン入りの野球選手のポスターだ。
色褪せて新鮮さが無くなっているが、昔訪れた時と同じ位置にポスターは張られている。
変わった事があるとすれば、タンスが一つ、増えていたくらいのものだろうか。
後は本棚、こちらは依然と変わらぬ位置にある、しかし、その中身は更新されていて、最近の漫画が挿し込まれていた。
「懐かしいな」
鞄を下ろして、春夏秋冬式織は膝を折る。
この部屋に泊まり、一夜を共にした。
同じベッドの中で、二人の子供が寝転んで、喋って、眠った事を春夏秋冬式織は思い出す。
ベッドに手を伸ばし、そして触れる。
「おい、勝手に触るな」
そう言って、顔を赤らめる黒周礼紗。
ジャージを脱いで、そしてタンスから衣服を取り出す。
春夏秋冬式織に見られない様に、タンスから自らの下着も共に抜き出し、衣服で覆い隠す。
「ちょっとシャワー浴びてくる…漫画とか読んで、時間でも潰しといてくれ」
本棚の方に指差して、漫画本を進めてくる。
四つん這いの状態で動きながら、春夏秋冬式織は本棚へと向かう。
「あー…いや、先に京極さんに挨拶、しておくよ」
腰を上げて立ち上がる。
そうか、と頷く黒周礼紗。
「じゃあ一旦な、…あと、飯は食ってくか?」
振り向き、春夏秋冬式織に今後の予定を聞いた。
春夏秋冬式織は、彼女の言葉に甘える事にした。
「あぁ…頂く事にするよ、家に帰っても、一人だしな」
一人。
春夏秋冬式織はこちらに戻って来て、一人暮らしを始めている。
アパートの一室。しかし、そのアパートには春夏秋冬式織しか住んでいない。
春夏秋冬澱織が色々と手を回したらしく、彼の為に住処を与えたらしい。
だが、当の父親である春夏秋冬澱織はこの世には居ない。
だから、一人で生活をしている。
ある程度の自由な生活を、満喫している様子だった。
「そうか…じゃあ、親父の部屋、分かるな?」
「あぁ、出ていく前と同じ場所だったら分かる」
二人、部屋から出る。
そして、ふと思いつく様に、黒周礼紗が部屋に戻り、付きっ放しの電灯を消した。
「じゃあ、また後で」
「ああ」
広い廊下。
二人は一旦分かれて、春夏秋冬式織は黒周京極の部屋へと向かうのだった。
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