第一章・確認作業
廊下を歩く。
古い家だが、老朽化と言うものは無い。
常に修繕をしているらしく、ワックスの塗られた廊下は鏡の様に人の姿が移る。
自分の顔が見える廊下を歩きながら、春夏秋冬式織はこの屋敷の当主が居る部屋の前に立つ。
戸を叩き、声を掛ける。
「お邪魔しています。春夏秋冬です」
「こひゅッ」
その言葉、名前を聞いた所で、蟲が息を引き取る様な呼吸の細い声が聞こえた。
「え、えぇえと、ひ、春夏秋冬、お、澱織さんッ!?」
襖の奥から慌てる声が聞こえてくる。
黒周京極は、春夏秋冬澱織が昔から苦手だった。
安心させる様に、春夏秋冬式織は自らの名前を名乗った。
「いえ、式織です。春夏秋冬澱織の息子です」
当り前な事を言う春夏秋冬式織。
胸を張って、息子である事を自慢する様に言う。
すると、安堵をする吐息が奥から聞こえて来た。
「そ、そうか…じゃあ、入りなさい」
入室の許可が出た為に、春夏秋冬式織は部屋の中に入る。
襖を開けて、部屋の中を視認すると、其処は書斎のようだった。
畳の上には、左右に本棚が天井に繋がる様に建てられていて、数々の、古い本が敷き詰められていた。
その部屋の奥では、机があった。
机の上に、多くの書類を積んでいて、背凭れの付いた座椅子に座っている、白髪交じりに顔面に皺を刻んだ、年相応に年老いた黒周京極の姿が其処にある。
「式織くん、久々だね、あの、澱織さんは?」
「親父は『天禍胎』で生活してますよ。高天原市には俺一人で来てます」
そう伝えると、目の前で安堵の表情をする反面、春夏秋冬式織に対して心配そうな表情を浮かべる。
「式織くん、一人で来たのかい?住む場所はあるのかい?」
囃し立てるように言って来る黒周京極。
春夏秋冬式織は、黒周京極の言葉に頷いた。
「はい。今はアパートで暮らしてます」
「そ、そうか…ふぅん、そうなんだね…ん、ゴホン」
咳払いを一つする黒周京極。
後ろを見て、春夏秋冬式織に、襖を閉める様に促す。
それに気が付いた春夏秋冬式織は、襖を閉ざす事にした。
「ん、ウォッホン…さて、春夏秋冬式織くん、ここで会ったのも何かの縁と思うので、一つ、訪ねたい事があるのだけど…」
妙に畏まっているので、春夏秋冬式織は、自らのシャツの襟首のボタンを留め直す。
「…ウチの娘と結婚の約束をしているそうじゃないか」
そう改まって話を進め出す黒周京極。
それは、審議の確認をしているかの様だった。
春夏秋冬式織は隠す事もなく、正面を向いたままに頷いた。
「はい。そうですけど」
さも当然の様に、そういった。
春夏秋冬式織は嘘でも冗談でも無く、真に正気にそう告げた。
だからこそ、たちが悪いのだと、黒周京極は頭を悩ませる。
これが真面目な好青年、おまけに自らの娘が結婚しても良いと思っている好条件。
更には十月機関最高階級に属する『月窮』の階級に到達している最強の男、春夏秋冬澱織の息子である、これ異常ない好待遇だ。
しかし、噂を耳にした。
それがある以上、真偽を確かめずにはいられない。
「けど、キミ、風の噂では温泉津家の娘さんとも許嫁の関係と聞くがねッ」
そう。
春夏秋冬式織は複数の女性と婚姻関係にあると言う事だ。
「はい、ツキとも結婚します」
そして動揺も狼狽もせず、春夏秋冬式織は言うのだ。
「ど、堂々と言ってくれるねぇ…ッ一応、私はキミのお義父さんになるかも知れないんだよ?!」
思わず面食らってしまう黒周京極。
流石は、春夏秋冬澱織の息子かと思ってしまう。
「しかも、それだけじゃないんだろう?他に結婚しようとしている人間が居ると聞くが…」
「昔の約束ですからね。まあ、節操は無いと思いますよ、あの頃の俺は、結婚とはどういうものかすら分からずに約束してましたし」
出生が特別な春夏秋冬式織。
これが普通の家庭ならば、まだある程度の一般知識は学べただろう。
だが、彼を拾ったのが春夏秋冬澱織。
一般知識など、幼少の頃に教え込まれる筈が無かった。
「だけど、大人になって全員とは無理とは、一度約束した以上は果たします。でなければ男として最低ですからね」
「男としてはこれ以上ない豪胆さだけど、人としては最低だと言う事は自覚して欲しいね…」
溜息交りに、黒周京極は言うのだった。
少し、表情を曇らせる春夏秋冬式織。
「…もしかして、結婚に反対とか、ですか?」
彼の悲し気な表情に、黒周京極は首を左右に振ろうとして、硬直する。
「…うーん、いや、それは…ねぇ、一夫多妻はこの業界だと珍しくも無い、キミのお父さん、澱織さんの息子さんなら他の人間も認めはするだろう」
特別な家系である事は理解している。
しかし、親となった今、娘が複数の女性と関係を持つ男に嫁がせると言うのは、聊か心配であったらしい。
「まあ、結婚する気があると言う確認だけだからね…君自体は良い子である事は分かってるつもりだし、…出自に対しては私は何も言わないよ」
黒周京極の言葉に、春夏秋冬式織は頭を深々と下げた。
「ありがとうございます」
「ただ親心としては複雑だけどね…娘を幸せにしてくれるなら、それでいいんだけど」
彼の言葉に、やはり、本気で、真面目に、春夏秋冬式織は言う。
「幸せにしますよ、これは、男の約束です」
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