第三章・解雇

「何か、問題でもあるのか?」


何か言い辛そうにしている仁万咲来を察して、春夏秋冬式織は彼女の思案を伺う。


『…式織様、刺鹿家には、…いえ』


そして、何かを決心する様に、仁万咲来は腹中を伝える事を止めた。


『式織様、刺鹿家のご子息の方と変わって頂けますか?』


そう言われて、春夏秋冬式織は近くに居た刺鹿蝶治郎と変わる。

そして、刺鹿蝶治郎は、携帯電話を代わりに受け取ると、話を始める。


「お電話変わりました、蝶治郎です」


礼儀正しく、その様に言う。


『蝶治郎様、初めまして、仁万咲来と申します。ご存じの通りだとは思いますが、式織様は巫覡かんなぎです』


と、その様に仁万咲来は伝えると、刺鹿蝶治郎は春夏秋冬式織を一瞥する。


「はい、知ってます」


『…ご理解しているのならば良いです。刺鹿家は出雲郷家とは特に派閥が違うと言った事もありませんからね、また、ご自宅にお伺いした際には電話をご両親に変わって下さい』


そう言い終えると、刺鹿蝶治郎は春夏秋冬式織に携帯電話を渡し直す。

それを受け取った春夏秋冬式織は、仁万咲来にもしもし、と言う。


『本日の訓練は止めておきましょう、最近は訓練続きでしたからね、偶にはご学友とも親睦をお深め下さい、また、お帰りの際にお迎えに上がりますので』


と、それだけ言って、仁万咲来が連絡を切った。

そうして、春夏秋冬式織は刺鹿蝶治郎の方を見て、久しぶりの休みだと思った。


「じゃあ、遊びに行こうか」


「うん、是非とも来なよ」


そう言って、春夏秋冬式織は、刺鹿蝶治郎の家に向かう事にするのだった。


電話を終えた仁万咲来の心中は不安だった。

何も、刺鹿家が、春夏秋冬式織に害をなそうなどとは思っていない。

だが。


「(刺鹿家には、あの男が居る)」


仁万咲来は、刺鹿家の名前を聞いて先ず最初に出て来たのが、その男の顔だった。

その男は、出雲郷家にも関係している男であり、更に言ってしまえば、あの春夏秋冬澱織に因縁を持つ相手でもあった。


「(本来ならば…あの男が居る時点で、刺鹿家に向かわせるのは、メイドとしては失格…しかし)」


しかし、と。

仁万咲来は可能性に賭けていた。


「師としては、成長の為に、式織様を死中へと潜らせる必要があります、それが、あの男ならば…」


仁万咲来は、春夏秋冬式織を強くする為に、態々、危険な相手の元へと送り込む、と言う策を取った。

本来ならば、一介のメイドが其処まで出過ぎた真似をしては、自らの首に危機が迫るだろう。

だが、今回の訓練、師匠としての役割、それは他ならぬ春夏秋冬澱織からの要望だ。


強くする為に、仁万咲来を春夏秋冬式織に就かせた。

であれば…仁万咲来は、春夏秋冬式織の成長の為に、心を鬼にしなければならなかった。


刺鹿家の屋敷は、黒周家や出雲郷家とは違い、洋風な建物だった。

所謂、洋館と言う奴だろう、扉の前には、一人、男が立っていた。


「おや、坊ちゃん、お帰りで?」


「剣也さん」


刺鹿蝶治郎がその男の名前を口にした。

彼が頭を下げると、春夏秋冬式織も同じように頭を下げる。


「お友達ですか、良い事ですねぇ」


そう言いながら門を開ける男、刺鹿蝶治郎と、春夏秋冬式織がその門を潜ると、刺鹿蝶治郎は門番に向けて手を振った。

それに反応して、門番も手を振り直すと、再び、門が閉じられる。


「じゃあ、ボクの部屋に行こうか」


刺鹿蝶治郎はそう言うと、洋館の中へと入り込んでいく。

春夏秋冬式織も同じように、刺鹿蝶治郎の後ろを歩いて洋館の中へと入った。


「あぁ、そうだ。シキ、携帯電話」


「?どうしてだ」


春夏秋冬式織は、何故自分の携帯電話を出せと言われているのか、分からない状態だったが、即座に、刺鹿蝶治郎は言う。


「キミのメイドさんに、親に連絡して欲しいと言われてるんだ」


そう理由を説明すると、春夏秋冬式織は、成程と頷いた。

そして、春夏秋冬式織は携帯電話を取り出すと、それを刺鹿蝶治郎に手渡す。

それを受け取った刺鹿蝶治郎は、自らの親が居る部屋へと向かい、携帯電話を手渡した。


「お父様、お仕事中申し訳ありません」


その様に敬語で言いながら軽く一礼をする。

刺鹿家の当主は椅子に座り、書類を片付けている所だった。

息子の登場に、刺鹿家の当主は頷くと、要件を聞く。


「あの、ボクの友達のメイドさんから、連絡が欲しい、との事で」


携帯電話を差し出した所で、丁度、電話が鳴り出した。

画面を確認した刺鹿家の当主、そして連絡先を確認して通話ボタンを押す。


『どうも、出雲郷家に属する、仁万咲来と申します』


「…刺鹿家当主、刺鹿さつか猪一いのいちだ、何か用でも?」


挨拶を交わす二人。

早速、本題に入り始める仁万咲来。


『式織様を貴方の家に招くと言う意味は、ご理解出来ていますか?』


その言葉を聞いて、刺鹿猪一は目線を息子に向ける。

それに察し付いた刺鹿蝶治郎は頷き、その場から離れた。

一人になった所で、刺鹿猪一が話を始める。


「…子供がした事だ、それに刺鹿家は何処にも属さない、誰に肩入れしようが自由だろう」


その言葉を聞いた仁万咲来は頷き、そして、改めて言う。


『確かに、しかし、そちら側には一人、出雲郷家に関連する人物が居る、その者の素性を知らないとは言わせませんよ』


「たかが路頭に迷った巫覡かんなぎを一人、日銭を稼がせる様に仕事をくれただけだ」


喧嘩でもしようとしているのか、仁万咲来の言葉は強い。

ふぅ、と息を吐いた刺鹿猪一は椅子に凭れる。


「…分かった、そちらが目に余ると言うのであれば、あの男は切り捨ててやる、その代わり、いいな?」


ドスを効かせて、刺鹿猪一が脅す様に言った。


「私の息子が始めて連れて来た友達だ、その関係性を崩す様な真似は私が許さん」


と、電話越しに声を荒げた。


『そうですか、それでいい、そしてもう一つ、あの男を解雇する時に、お願いがあります』


「まだ何かあるのか?…其処から先は条件を付けるぞ」


勿論、と仁万咲来が頷いたと共に、刺鹿猪一にお願いを伝えるのだった。


門番前に居る男性に、刺鹿猪一が声を掛ける。

その男は先程、刺鹿蝶治郎に剣也と呼ばれた護衛人だった。

刺鹿猪一を見つけると、目を細めて、柔和な笑みを浮かべる。

しかし、刺鹿猪一にとってはつまらない表情をしており、その表情のままに剣也に言い放つ。


「悪いが、本日中に荷物を纏めてくれ、新しい仕事先は用意しておいた」


刺鹿猪一がそう言うと共に、新しい仕事先が書かれた紙を渡す。


「私の経営店の内の一つだ、給料は此処より安いが、近い内に重要なポストに就く事を約束しよう、此処よりも給料が良くなる」


それは事実上の解雇である。

それを聞いた剣也は笑みを消し去り、慌てる様な顔をし始めた。


「な、何故ですか…どうして、急に」


「分かってくれ、圧力と言うものだ。それに、暫く我慢すれば給料も休日も増える、お前にとっても悪い話じゃないだろう?」


そういう問題ではないのだろう、剣也は、首を左右に振っていた。

そして、剣也は膝を突いて訴えかける。それは神に懺悔する信者の様だった。


「嫌、です、私は、この仕事を楽しんでいるんですよ…」


表情を曇らせた状態で、剣也は言う。

それは、話している度に、段々と表情が歪んで来るのが見えた。


「時折やってくる巫覡かんなぎ崩れが強盗や逆恨みで襲撃してくるのを、合法的にぶちのめせる仕事なんて、これ以外にあり得ないのですからッ」


この男が門番としての仕事をしているのは、それが理由だった。

末路不和神霊まつろわぬかみ』を倒せぬ弱者としての烙印を押された巫覡かんなぎが、生計を立てる為に、落伍者となった理由を作った同業に復讐を誓い、狙ったりするのは、少なくはない。


そういった連中は屋敷に入った時点で処罰対象として巫覡かんなぎが活動しても良いのだ。

だから、この剣也と言う男は、裁きを下す為にこの仕事に就いている。

と、裁く為、とそういえば聞こえは良いのかも知れないが、しかし、この男にとっては、自分よりも弱い人間を甚振る、弱い者いじめと言う認識でも良いだろう。


そういった理由で、剣也が離れたくないのだ。

それは、刺鹿猪一にとっては理解している、それなりに使える人間である事は、知っているからだ。

だが、出雲郷家に目を付けられてしまった。

中庸として属している刺鹿家には後ろ盾がない、出雲郷家から責められてしまえば、刺鹿家の滅亡は免れない。


だから、この剣也を切り離す事にしたのだ、例えこの男がどれ程騒ごうとも、だ。


「悪いが、分かって欲しい…それと、一つ、お前に言う事がある」


そう言って、刺鹿猪一は近づいて、剣也の耳元で囁いた。


「お前が通した蝶治郎の友達、その子の名前は、…春夏秋冬式織だ」


その言葉を囁かれ、嘆きが止まる。

途端に、鬼の如き形相を浮かべる剣也は、歯軋りをしながらイラついていた。


「春夏秋冬…春夏秋冬、澱織の…息子…」


怒り、恨み、そうして、ゆっくりと静かになる。

刺鹿猪一の方に、涼し気な表情を浮かべた剣也は、ゆっくりと口を開いて、言う。


「ありがとうございます、拾ってくれた御恩、これは決して忘れません…更に、贈り物を下さるなど…」


贈り物。

それは先程の会話の内容から察するに。


「春夏秋冬澱織、あの息子の首を…俺に下さるなんて…」


笑う剣也。

それを傍目で見ていた刺鹿猪一は、見過ごす事にする。

春夏秋冬式織の危害を看過する…そこまでが、刺鹿猪一が結んだ条件の縛りだったからだ。

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